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第1話:三つの求愛、あるいは宣戦布告

「目眩がする」という私の言葉は、決して嘘ではなかった。 けれど、それは体の不調というよりは、この異常な状況に対する拒絶反応に近い。


「それは大変だ。すぐに医務室へ……いや、私の私室が良いだろう。最高の医師を呼んでおく」


 シルヴァリオが心配そうに眉を寄せ、私の腰に手を回して支えようとする。その動作はあまりに自然で、そして抜け目がない。 どさくさに紛れて、このまま私を他の貴族や、厄介な男たちから隔離するつもりだ。


「待ちたまえよ、シルヴァリオ」


 その白い手を、無骨で大きな手がガシリと掴んだ。 レオンハルトだ。彼はシルヴァリオの腕を掴み上げると、挑発的な笑みを浮かべて私の前に立ち塞がった。


「気分が悪いなら、ここよりも海風に当たったほうがいい。俺の領地の別邸がすぐ近くにある。そこなら静かだし、景色も最高だ。どうだ? 俺と一緒に来ないか?」


「なっ……! レオンハルト、貴様!」


「俺はあんたに聞いてない。俺が口説いているのは、この別嬪(べっぴん)さんだ」


 レオンハルトはシルヴァリオの殺気などどこ吹く風で、私にウインクをしてみせた。 この男、空気が読めないのではない。あえて読んでいないのだ。 高貴な儀式の場を、まるで酒場のナンパのような空気に塗り替えてしまう。それが彼の「強さ」であり、シルヴァリオが最も嫌う「無作法」だった。


「……下がりなさい、野蛮人バルバロイ。彼女に触れるな」


 シルヴァリオの声から温度が消えた。 広間の空気が凍りつく。周囲の貴族たちが青ざめて後ずさる中、二人の男の間で火花が散る。


 その一触即発の空気の中に、鋭い金属音が響いた。 鞘走る音ではない。硬質な靴音が、あまりに鋭く床を叩いた音だ。


「――御前である。控えられよ」


 凛とした、しかし氷のように冷徹な声。 いつの間にか、私と二人の男の間に、アレクシスが割って入っていた。 彼は私に背を向け、シルヴァリオとレオンハルトの双方を牽制するように立っている。


「召喚されたばかりの『聖女』様を、貴公らの権力闘争の道具にするつもりか。……見苦しい」


「おや、アレクシス。落ちぶれた元王族が、私に意見するつもりですか?」


「騎士としての責務を果たしているだけだ。彼女は疲れていると言った。まずは休息を与えるのが筋だろう」


 アレクシスはシルヴァリオの嫌味を無視し、肩越しに私を一瞥した。 その藍色の瞳は、私を心配しているようにも、品定めしているようにも見える。


(この人もまた、私を「聖女」としてではなく、何か別の意図で見ている……)


 三人の男が、私を中心にして対峙する。 シルヴァリオの「独占欲」。 レオンハルトの「所有欲」。 アレクシスの「使命感」。


 どれもが重く、息苦しい。 彼らは誰も、私の意志など聞いていない。 私が黙っていれば、このまま彼らの力関係で私の行き先が決まってしまうだろう。


(……ふざけないで)


 頭の中に沸き上がったのは、恐怖ではなく怒りだった。 私は現代人だ。そして、この世界のことわりを知る「鍵」だ。 人形のように扱われるつもりはない。


 私は、ぐっと奥歯を噛み締めると、あえてふわりと優雅に微笑んだ。 そして、シルヴァリオが回していた手を、そっと、しかし明確な拒絶の意志を込めて外し、一歩後ろへ下がった。


「――皆様」


 よく通る声で私が呼びかけると、三人の視線が一斉に私に集まった。


「お気遣い、痛み入りますわ。ですが……」


 私はシルヴァリオを見つめ、次にレオンハルトへ、最後にアレクシスへと視線を流した。


「私は物ではありませんの。私の処遇を、殿方だけで決められるのは心外ですわ」


 広間がしんと静まり返った。 召喚されたばかりの、右も左も分からないはずの小娘が、国の実力者たちに「NO」を突きつけたのだ。


「今日はシルヴァリオ様の『ご招待』ですので、彼の用意されたお部屋をお借りします。……ですが、レオンハルト様の海の領地のお話も、アレクシス様の騎士としての誠意も、大変興味深く伺いました」


 私はスカートの裾を摘み、完璧な膝礼(カーテシー)を披露した。 これは、「今はシルヴァリオに従うが、彼に心酔したわけではない」という、他の二人への牽制であり、誘い水でもあった。


「夜が明けましたら、改めて皆様とお話させていただきたく存じます。……それまでは、どうか一人の人として、静かな夜をお許しくださいませ」


 顔を上げると、三者三様の表情がそこにあった。


 レオンハルトは「へぇ」と楽しげに目を丸くし、 アレクシスはわずかに目を見開いて驚きを露わにし、 そしてシルヴァリオは――。


 優雅な笑みを崩さないまま、しかしその赤い瞳の奥で、ぞっとするような暗い炎を揺らめかせていた。


「……承知いたしました、我が聖女よ。貴女の望むままに」


 シルヴァリオが恭しく頭を下げる。 それは服従のポーズではない。 逃げ出そうとする小鳥を、より強固な檻に閉じ込めるための、一時的な譲歩に過ぎなかった。

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