第18話:純白の死装束、あるいは再会のワルツ
約束の満月の夜。 王宮は、異様な静けさと、張り詰めた緊張感に包まれていた。
正門の前。 月明かりの下、一人の女性が静かに歩を進める。 純白のドレスに身を包んだステラだ。 その姿は、夜の闇に浮かぶ一輪の白百合のように儚く、そして美しかった。
「……よく戻ってきてくれましたね、ステラ」
大広間の扉が開かれると、そこにはシルヴァリオが待っていた。 彼は玉座からゆっくりと立ち上がり、両手を広げて彼女を迎える。 その表情は、愛する恋人の帰還を喜ぶ男そのものだ。 彼女が裏切り、逃亡し、自分の計画を狂わせたことなど、記憶から消去してしまったかのように。
「貴方が呼んだのでしょう? ……国中の人々を人質に取って」 ステラは感情を押し殺し、淡々と言った。
「人聞きが悪い。私はただ、貴女に『正しい場所』へ戻ってきてほしかっただけですよ」
シルヴァリオが滑るように近づき、ステラの手を取る。 その指先は氷のように冷たかった。 彼はステラの手の甲に口付けを落とすと、満足げに目を細めた。
「やはり、貴女には白が似合う。……さあ、参りましょう。儀式の準備は整っています」
***
連れて行かれたのは、王宮の最上階にある「天空の祭壇」だった。 かつて地下にあった「核」は、シルヴァリオの手によってここへ移送されていた。 だが、その状態は以前よりも悪化している。 ドス黒く脈打つ核は、無数のチューブでシルヴァリオ自身の身体と接続され、彼の魔力をガソリンにして無理やり稼働していた。
(……なんて姿)
ステラは息を呑んだ。 シルヴァリオの顔色は、蝋人形のように白い。 彼は自らの生命力を削りながら、この崩壊寸前のシステムを一人で支えていたのだ。 その狂気じみた献身と執念に、ステラは恐怖と共に、哀れみを感じずにはいられなかった。
「美しいでしょう? これが、私と貴女、そしてこの国が一つになるための祭壇です」
シルヴァリオは恍惚とした表情で、ステラを祭壇の中央へと誘う。
「さあ、ここに横たわってください。貴女の魂を核に捧げれば、全ての淀みは浄化され、永遠の平和が約束される」
「……私が消滅しても、貴方は平気なの?」
ステラの問いに、彼は優しく微笑んだ。
「心配いりません。貴女の肉体は、美しい標本として永久に保存します。魂が消えても、貴女はずっと私のそばにいるのです」
対話など成立しない。 この男の愛は、最初から一方通行の「所有」でしかなかったのだ。
ステラは静かに目を閉じ、覚悟を決めたように祭壇へ身を横たえた。
「……いい子だ」
シルヴァリオが杖を掲げる。 儀式の詠唱が始まろうとした、その瞬間。
ドオォォォォォォォォンッ!!
王宮の正門付近で、天地を揺るがす爆発音が轟いた。 警報が鳴り響き、窓の外が紅蓮の炎に照らされる。
「なっ……!?」 シルヴァリオが詠唱を中断し、窓の外を睨む。
「よう、シルヴァリオ! 招待状がないから、勝手に入らせてもらったぜぇッ!」
魔術による拡声で、あの大音量の笑い声が王都中に響き渡った。 正門を粉砕して突入してきたのは、レオンハルト率いる精鋭部隊だ。 彼自身も先頭に立ち、燃え盛る大剣を振り回して、近衛兵たちを次々となぎ倒していく。
「レオンハルト……ッ! あの野蛮人が、懲りもせず……!」
シルヴァリオの顔が憎悪に歪む。 王宮の防衛システムが作動し、ゴーレムたちが起動するが、レオンハルトの勢いは止まらない。 彼はまさに「嵐」となって、全ての注意を引きつけていた。
「雑魚どもが! 俺の女を取り返しに来たんだよ! 道を開けろォォッ!」
シルヴァリオは舌打ちをし、祭壇の防衛結界を強化しようとした。
「浅はかな陽動だ。私がここを動くとでも思ったか?」
そう。シルヴァリオは動かない。 彼が核から離れれば、世界が終わるからだ。 レオンハルトがどれだけ暴れようと、彼はここで儀式を完遂することを優先する。
――だが、それこそが狙いだった。
「……動かなくていいわ。貴方がそこにいてくれるのが、こちらの計画通りなのだから」
祭壇に横たわっていたはずのステラが、カッと目を見開いた。 彼女の身体から、まばゆい光が溢れ出す。
「なっ、貴女、まさか……!?」
シルヴァリオが気づいた時には、もう遅かった。 ステラの背後――祭壇の影から、音もなく現れた「影」が、シルヴァリオの魔力供給チューブを、一閃のもとに斬り裂いたのだ。
ザンッ!!
「がぁッ……!?」
魔力の逆流に襲われ、シルヴァリオが膝をつく。 その背後に立っていたのは、蒼き剣を構えたアレクシスだった。
「チェックメイトだ、シルヴァリオ。……その玉座から降りてもらおう」
シルヴァリオが顔を上げる。 正面には、祭壇から起き上がり、毅然と彼を見下ろすステラ。 背後には、彼の生命線を断ち切ったアレクシス。 そして窓の外からは、レオンハルトの咆哮が近づいてくる。
「……は、はは……。謀ったな……。私の愛を、踏みにじったな……!」
追い詰められた魔王が、ゆらりと立ち上がる。 その背中から、どす黒い翼のように、暴走した魔力が噴出した。
「許さない……許さないぞ、ステラァァァッ!!」
もはや理性ある宰相の姿はない。 愛と憎悪に狂った男の、最後の暴走が始まる。
「来るぞ! ステラ嬢、結界を!」
「はい!」
ステラは両手を掲げた。 ここからは力比べではない。 狂った王の心を鎮め、世界をあるべき姿に戻すための、最後の「解錠」だ。




