第12話:崩落する王権、奪われる星
「消えろ、羽虫ども」
シルヴァリオが右手を振るう。 それだけで、大気が鎌のように薙ぎ払われた。 詠唱も魔法陣もない。純粋な魔力の暴力。
「っと、危ねえな!」 レオンハルトが大剣を盾にして防ぐが、その巨体が数メートル後ろへ押し戻される。
「チッ、冗談みてえな出力だな。人間かよコイツ!」
「隙を作る! レオンハルト、右だ!」 アレクシスが影のように走り、シルヴァリオの死角から剣を突き出す。 しかし、その剣先はシルヴァリオの皮膚に触れる直前、見えない障壁に阻まれた。
「遅い」 シルヴァリオはアレクシスを見ることすらせず、指先一つで彼を弾き飛ばした。
強い。 国一番の魔術師という肩書きは伊達ではない。 彼は激昂しているが、その魔術制御は精密で、少しの乱れもない。 二人がかりの猛攻を、片手で虫を払うようにあしらっている。
「ステラ、こっちだ!」 レオンハルトが私の手を引き、瓦礫の陰へと走らせる。
「あの優男、マジで化け物だぞ。正面からやり合ったら城ごと消し飛びかねねえ」
その時だった。
ドクン!!
戦いの衝撃に呼応するように、祭壇の「心臓」が激しく脈打った。 先程までとは違う。 不協和音のような悲鳴が頭の中に響き渡る。
「……きゃっ!?」 私は頭を押さえてうずくまった。 「鍵」である私には分かる。限界だ。 シルヴァリオとレオンハルトの強大な魔力がぶつかり合ったショックで、腐りかけていた核がついに臨界点を超えたのだ。
ギギギ……パリンッ!
シルヴァリオを縛り付けていた最後の「銀の茨」の一部が弾け飛んだ。 制御を失った核から、ドス黒い魔力の濁流が溢れ出し、地下空間を満たし始める。
「なっ……!?」
これにはシルヴァリオも顔色を変えた。
「馬鹿な……崩壊だと!? まだ代わりのシステムが完成していないというのに!」
彼は私たちへの攻撃を止め、慌てて祭壇へ魔力を注ぎ込もうとする。
「鎮まれ! 私の許可なく壊れることは許さん!」
だが、一度決壊したダムを指先で止められないように、溢れ出した濁流は止まらない。 黒い霧がシルヴァリオの体にまとわりつき、彼の肌を焼く。
「くっ……おのれ……!」
「今だ!!」
レオンハルトが叫んだ。 シルヴァリオが核の抑制に手一杯になっている今しかない。
「アレクシス、ステラを頼む! 俺が出口をこじ開ける!」
「承知した!」
アレクシスが私を抱きかかえる(いわゆるお姫様抱っこだ)。
「ステラ嬢、しっかり捕まっていてくれ!」
「待って! あのままじゃ暴走して王都が……!」 私はシルヴァリオの方を振り返った。 憎い敵だ。けれど、このまま核が爆発すれば、地上の罪なき人々も巻き添えになる。
「心配いらん!」 走りながらアレクシスが叫ぶ。
「シルヴァリオは死なん! 奴のプライドにかけて、王都を道連れにはしないはずだ。今は逃げることだけを考えろ!」
「オラァァァァッ!!」
レオンハルトが、先程開けた天井の穴に向かって、特大の斬撃を放つ。 炎の竜巻が発生し、崩れかけていた瓦礫を吹き飛ばして「道」を作った。
「逃がすか……ッ!」
黒い霧の中で、シルヴァリオが血走った目でこちらを睨んだ。 彼は片手で核を押さえ込みながら、もう片方の手を私たちに向けた。
「ステラァァァッ!!」
彼の絶叫と共に、銀色の魔力の手が伸びてくる。 それは私の足首を掴もうと迫り――。
「させねえよ、バーカ!」
レオンハルトが空中で身を翻し、その魔力の手を大剣で叩き斬った。
「あばよ、宰相閣下! この子の笑顔は、俺がもらっていくぜ!」
私たちは炎の風に乗って、地下から地上へと飛び出した。 眼下に広がるのは、夜の王宮。 そして、私たちが飛び出した直後、地下塔全体が内側から崩落し、轟音と共に瓦礫の山へと変わっていった。
砂煙の舞う中、私たちは王宮の屋根を蹴って闇夜へと消える。
最後に見たのは、崩れゆく塔の中で、核の暴走を止めるために独り立ち尽くす、シルヴァリオの姿だった。 彼は追ってこなかった。いや、追えなかったのだ。 自分の作り上げたシステムの後始末のために。
だが、その目が語っていたことだけは、はっきりと分かった。
『逃さない』 『地の果てまで追いかけて、必ず、また鎖に繋いでやる』
それは、これまでの余裕ある「飼い主」の目ではなかった。 獲物を奪われた獣の、執着と憎悪に満ちた「狂気」の瞳だった。
私はアレクシスの腕の中で、震えながらその視線から目を背けた。 こうして、私の王宮での籠の鳥生活は終わりを告げた。
次に待つのは、自由の風が吹く海。 あるいは、新たな恋と戦いの戦場。




