第11話:太陽の鉄槌、あるいは理不尽な救世主
「さあ、ステラ。良い子だから」
シルヴァリオの手が伸びてくる。 私は身動きが取れない。アレクシスは壁際で動かない。 圧倒的な魔力差と、突きつけられた絶望的な真実(核の崩壊)に、私の心は折れかけていた。
(……ああ、やっぱり。この人の手のひらからは逃げられないの?)
彼の指先が私の頬に触れようとした、その瞬間だった。
ズズズズズ……ッ!
地鳴り? いや、違う。天井だ。 遥か頭上の岩盤が、何者かの意志によって悲鳴を上げている。
シルヴァリオが訝しげに上を見上げた。
「……何だ?」
その問いへの答えは、言葉ではなく、圧倒的な「破壊」だった。
ドッゴオオオオオオオオン!!
地下空間の天井が、爆発したかのように崩落した。 巨大な瓦礫と共に、土煙が舞い上がる。 シルヴァリオの「最強の結界」も、物理的な岩盤崩落までは想定していなかったのか、あるいはその衝撃の「質」が異常だったのか。
「なっ……!?」
シルヴァリオが初めて、余裕をかなぐり捨ててバックステップで回避した。 彼の立っていた場所に、巨大な岩塊が落下し、粉々に砕け散る。
そして、もうもうと立ち込める土煙の中から、一人の男が降り立った。 膝を曲げ、着地の衝撃を殺すこともなく、堂々と。
「よお。楽しそうなことやってんじゃねえか、お前ら」
瓦礫の山の上に立ち、大剣を肩に担いだその男。 レオンハルトだ。 彼は不敵な笑みを浮かべ、まるで友人の家に遊びに来たような軽さで言った。
「王宮の地下から妙な『臭い』がすると思えば……随分と湿気た場所でデート中だな、シルヴァリオ?」
「貴様……レオンハルトォォ!!」
シルヴァリオが叫ぶ。その美しい顔が、怒りで歪んでいた。
「ここがどこか分かっているのか!? 国の最重要機密区画だぞ! そこを天井ごとブチ抜く馬鹿がどこにいる!」
「ハッ、機密だなんだとコソコソ隠すからカビが生えるんだよ」
レオンハルトは鼻で笑うと、大剣をブンと一振りした。 その風圧だけで煙が晴れる。
「それによう、俺の目当ての女がいねえと思ったら、こんな所で縛り上げられてるじゃねえか」
彼の赤い瞳が、私を拘束する銀の茨を捉えた瞬間、その色が一段階濃く、鋭くなった。
「……趣味の悪いボンテージだな。俺の好みじゃねえ」
「レ、レオンハルト様……!」
「待ってな、すぐ外してやる」
彼は大剣を構え、躊躇なく私に向かって踏み込んだ。
「やめろ! その茨は魔力を吸収する! 物理攻撃など――」
シルヴァリオの警告など耳に入らないらしい。 レオンハルトの大剣が、紅蓮の闘気を纏って唸りを上げる。
「魔力だ? 理屈だ? うるせえよ!」
「燃え尽きろ!!」
ガギンッ!!
轟音と共に、熱波が弾けた。 彼の大剣に纏わせたのは、魔術による炎ではない。彼自身の魂が燃やす「闘気」だ。 理屈の外にあるその熱量は、魔術的な吸収能力の限界を瞬時に超えた。
パリーンッ!
銀の茨が、ガラス細工のように砕け散った。 拘束を解かれた私は、崩れ落ちる――ところを、逞しい腕に抱き止められた。
「……っと。大丈夫か、ステラ」
見上げると、ニカッと笑う太陽があった。
「随分と顔色が悪いぜ。やっぱり、こんな陰気な男より俺にしとけって言ったろ?」
「……ふふ、本当に。めちゃくちゃですね、貴方は」
涙が出るほど呆れて、そして救われた。 彼の胸板からは、温かい体温と、安心する汗の匂いがした。
「おい、そこの真面目くんも生きてるか?」
レオンハルトは、私を抱えたまま、壁際で倒れているアレクシスに声をかけた。 アレクシスは剣を杖にして、ふらりと立ち上がった。 口元から血を流しているが、その瞳は死んでいない。
「……レオンハルト。貴公の破壊活動に感謝する日が来るとはな」
「勘違いすんな。ついでだ、ついで」
三人の男が、再び対峙する。 ただし今度は、状況が違う。 完璧だったシルヴァリオの支配空間に、巨大な風穴(物理的な穴)が開けられたのだ。
天井の穴からは、美しい夜空が見える。 そこから差し込む月光が、地下の闇を照らし出していた。
「……許さん」
低く、地を這うような声が響いた。 シルヴァリオだ。 彼は自分の髪を掻き上げ、乱れた呼吸を整えている。その瞳からは、先程までの「余裕」が消え失せ、純粋な殺意が渦巻いていた。
「私の庭を荒らし、私のステラに触れ……よくも、ここまでコケにしてくれたな」
彼を中心に、空間が歪むほどの魔力が膨れ上がっていく。 本気だ。 国一番の魔術師が、理性を捨てて暴れようとしている。
「おいおい、キレたぜあの優男」 レオンハルトが楽しげに口笛を吹く。
「アレクシス、立てるか? ここからが正念場だぞ」 「愚問だ。……ステラ嬢を頼む。前衛は私が務める」
アレクシスが剣を構え、レオンハルトが私を背に庇うように大剣を構える。 そして、激昂したシルヴァリオが、両手に銀色の閃光を収束させる。
崩落した地下祭壇。 三つ巴の戦いが、今、幕を開ける。




