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きっかけ 私を思う、故に何を思うか

お久しぶりです、書いては消し、書いては消しの繰り返しですがなんとなく自分の現在を見つめなおすためにも、今一度投稿をしてみます。

 こんな思想を抱いたきっかけは、なんだっただろうか。

 いったい私は、いつからこの思想の完成に歩みを進めただろう。

 私が思うに、傍から内情を知れば傲慢かつ度し難き愚行の一歩であり、馬鹿が思い至った結論であり、そしてどこまでも無意味かつ無価値に、なんとか用意した回答権であった。

 例えばの話だ、僕がこれを実行する以前、前提の満足感を、あるいは果たせないことへの充足感を得られていたら、この結論には辿りつくことはなく、こんな思想へと変貌することもなかったのだろうか。

 否、それはあり得ない。

 なぜならば、この結論を、この思想に至らないということは、つまりそれは私ではないし、私は全てを包括し“これ”へと辿り着き、それを心の底から蔑視し否定する。


 では、“これ”とはなんだ。なぜ“これ”がこの思想と結論へと僕をいざなうのか。

 答えは用意できる容易に、今すぐ記憶を失いこの地点からのよーいの合図を待たず、記憶以外が欠落しても、僕は容易に行きつく結果の過程と結論を用意できる。

 “これ”とは公平とか平等、本来では相容れないそれを、最終的に包括する行為。

 それが“これ”の正体、けれどそこにたどり着くことはできない、理由はその権利を有するのが誰でもない私だから。

 私は不平等であるが故に、平等であり。

 私は不公平に賛同するからこそ、公平を歓迎する。

 私は差別主義者で、区別主義者だ。私は理想論者で、現実主義者だ。私は虚言吐きで、正直者だ。私は不誠実であり、誠実だ。そして私は、世界というものをとても信頼している、それでいてとても結局のところ、世界に猜疑(さいぎ)の目を向ける。

 ただ私は誰よりも異常で、誰よりも正常だった。


 だからこそ、相反する行動を起こそうと思った。

 いつか、勝手に世界がそうなると信じているが、世界はそうならないと信じてもいる。

 けれど、どちらかを起こさなければ思想の完成はせず、結論の証明もできない。

 だから、私は不平等に世界にいったん干渉を始める、だからこそ私は私なりに不公平を以て世界のバランスを、私の我儘のために私が公正に乱す。

 私の我儘は、きっと公平で不公平だが、不平等に平等になる結末を迎えるはずだから。


読了していただき、ありがとうございました。

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