死神がおる
「うーい!」
「セーフや!」
「なはははは!」
とある夜、三人の酔いどれ男たちが、じゃれ合いながら電車に飛び乗った。
ドアの近くに立ち、そのまま大声で談笑を続ける。酒の熱がまだまだ冷めず、顔は真っ赤に火照り、笑い皺が深く刻まれている。肩を叩き合いながら、無駄に楽しげな笑い声を響かせていた。
だがやがて、その中のひとりがふと黙り、奥の座席をじっと見つめ始めた。その異変に気づいたもうひとりが、訝しげに眉をひそめた。
「なあ」
「ん?」
「さっきから、だまーって向こう見てどうしたんや」
「い、いやあ……なんでもないで……」
「なんもないことないやろ」
「その、座ろかな思て……足、パンパンやし……はは……」
「嘘つけや。……お前、あれ見てたんやろ?」
「えっ……まさか、お前にも見えんのか……?」
「ああ。スケスケやん。あれ、ほんまもんやろか……?」
「二人とも見えてるっちゅうことは、せやろな……」
「なー、あんま見んとこや」
「え、お前も見えとるんか?」
「ああ、まあなー」
「なあ、あれって……死神やんな?」
三人は視線を揃えて電車の見つめた。誰も座っていないはずの座席に、黒いローブをまとった何かが腰かけていた。
「……それ以外に考えられへんやろ。黒いローブにごっつい鎌、骨の手。絵に描いたような死神やん。初めて見たわ」
「そう何回も見てたまるかい。おお、こっわ……」
「そんなんより、スパイシーチキン屋の店主が、めっちゃマイルドな男やった話、聞きたない?」
「どうでもええわ。しょーもなさそうやし、オチほぼ言うてもうてるやないか」
「他の乗客には見えてへんみたいやな……」
「ちゅーことは……この三人のうち誰かが、もうすぐ死ぬってことやないか……?」
「そうなる……か? それか、この電車ごとドカンと事故るとか……」
「あかんやん! はよ降りな!」
「落ち着けって。キチガイに見られるで。とりあえず隣の車両に移ろか」
「いやや。もしついてきたら、怖いやん確定やん」
「それはそうやけど……」
「いや、もう確定しとるやろ」
「あん? なんでや」
「死期が近いやつのそばにおる人間にも、死神は見える言うやん。おれも何回か見たことあんねん」
「なんべんも見たことあるやつ、おったわ」
「てことはやっぱ、この三人のうちの誰かに憑いとるんか……」
「じゃあ、お前やな」
「はあ?」
「真っ先に気づいたのお前やん。ナムアミダブツナムアミダブツオトナシクジゴクヘイキナハレ」
「唱えんなや。そもそもこの三人とは限らんやろ。黙っとるだけで、他にも見えとるやつおるかもしれん」
「いや、この三人の誰かに憑いとることは間違いないと思うで」
「なんで言い切れるんや」
「だって、居酒屋出たあたりから、ずっとついてきとったし」
「いや、お前が真っ先に見えとったんかい」
「なんでそのとき言わんかったんや」
「せっかくの楽しい空気ぶち壊したない思て」
「ええ奴かおまえ」
「責められんやん」
「ほんでな、マイルド男の話やけど」
「だから聞かんて。なんで勝算あると思ったんや」
「にしても、誰に憑いとるんや……」
「なあ、金貸してくれへん?」
「急になんや! 真面目に考えろや。死ぬかもしれへんのやぞ!」
「いや、借りたほうが死んでも、貸したほうが死んでも返さんでええから得やん」
「めっちゃ現実的な考え、こわ」
「お前には死んでも貸さんわ」
「ほな、マイルドチキンの話なんやけど」
「だから聞かへんて。なに譲歩したみたいな顔してんねん。心理テクニックか?」
「チキンの味変わっとるし……。いや、んなことより、そろそろ次の駅着くで。どないする?」
「とりあえず降りるしかないやろ。この車両が事故る可能性もあるしな」
「せやな……せやけど、もしあいつも一緒に降りてきたら……」
「ほな逆に金いるか?」
「だから、お前――うわ、どないしたんや、その札束」
「スロットや。ほら、二人とも受け取りや」
「いや、借りんわ」
「せや。お前から金借りて何がどないなんねん」
「お前らがジジイになってくたばる頃に返してもらうわ。それまで絶対に死なさへん。お前らの人生、おれが買うたる。死神なんかに渡さん。『これは売約済みや』言うてな!」
「お前……やっぱええやつなんかもしれんな」
「よっしゃ! 売ったるわ!」
「ほな、おおきに!」
電車が駅に到着すると、三人は雪崩のようにホームへ飛び降りた。
一斉に振り返ると、死神はゆっくりと立ち上がり、ドアのほうへと近づいてきていた。
そして――ドアが閉まった。
死神を車内に残したまま、電車は音を立てて闇の中へ走り去っていった。
「……ははは、はははは!」
三人は堰を切ったように笑い出した。
「なんや、びびらせよって。名残惜しそうに運ばれとったわ」
「ドナドナドナ~♪ 死神ちゃん、さいならあ!」
「いやあ、よかったなあ。ところで、マイルド屋の話やけど」
「それはもうええ」「それはもうええ」
三人は次の電車に乗り込み、やがてそれぞれの駅で降りていった。顔に満足感を滲ませながら。
ひとり、揺れる車内に残った男はぽつりと呟いた。
「いやあ、あのクソ死神、邪魔しに来よってほんま焦ったわ。けど、どさくさに紛れて契約できたしな。ひひひ、楽しみやで、あの二人の魂」
にやりと笑う男。窓に映ったその顔は、口が耳の端まで裂け、額から二本の角が突き出ていた。




