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死神がおる

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/10/19

「うーい!」

「セーフや!」

「なはははは!」


 とある夜、三人の酔いどれ男たちが、じゃれ合いながら電車に飛び乗った。

 ドアの近くに立ち、そのまま大声で談笑を続ける。酒の熱がまだまだ冷めず、顔は真っ赤に火照り、笑い皺が深く刻まれている。肩を叩き合いながら、無駄に楽しげな笑い声を響かせていた。 

 だがやがて、その中のひとりがふと黙り、奥の座席をじっと見つめ始めた。その異変に気づいたもうひとりが、訝しげに眉をひそめた。


「なあ」

「ん?」


「さっきから、だまーって向こう見てどうしたんや」

「い、いやあ……なんでもないで……」


「なんもないことないやろ」

「その、座ろかな思て……足、パンパンやし……はは……」


「嘘つけや。……お前、あれ見てたんやろ?」

「えっ……まさか、お前にも見えんのか……?」


「ああ。スケスケやん。あれ、ほんまもんやろか……?」

「二人とも見えてるっちゅうことは、せやろな……」

「なー、あんま見んとこや」


「え、お前も見えとるんか?」

「ああ、まあなー」

「なあ、あれって……死神やんな?」


 三人は視線を揃えて電車の見つめた。誰も座っていないはずの座席に、黒いローブをまとった何かが腰かけていた。


「……それ以外に考えられへんやろ。黒いローブにごっつい鎌、骨の手。絵に描いたような死神やん。初めて見たわ」

「そう何回も見てたまるかい。おお、こっわ……」

「そんなんより、スパイシーチキン屋の店主が、めっちゃマイルドな男やった話、聞きたない?」


「どうでもええわ。しょーもなさそうやし、オチほぼ言うてもうてるやないか」

「他の乗客には見えてへんみたいやな……」


「ちゅーことは……この三人のうち誰かが、もうすぐ死ぬってことやないか……?」

「そうなる……か? それか、この電車ごとドカンと事故るとか……」


「あかんやん! はよ降りな!」

「落ち着けって。キチガイに見られるで。とりあえず隣の車両に移ろか」


「いやや。もしついてきたら、怖いやん確定やん」

「それはそうやけど……」

「いや、もう確定しとるやろ」


「あん? なんでや」

「死期が近いやつのそばにおる人間にも、死神は見える言うやん。おれも何回か見たことあんねん」


「なんべんも見たことあるやつ、おったわ」

「てことはやっぱ、この三人のうちの誰かに憑いとるんか……」


「じゃあ、お前やな」

「はあ?」


「真っ先に気づいたのお前やん。ナムアミダブツナムアミダブツオトナシクジゴクヘイキナハレ」

「唱えんなや。そもそもこの三人とは限らんやろ。黙っとるだけで、他にも見えとるやつおるかもしれん」

「いや、この三人の誰かに憑いとることは間違いないと思うで」


「なんで言い切れるんや」

「だって、居酒屋出たあたりから、ずっとついてきとったし」


「いや、お前が真っ先に見えとったんかい」

「なんでそのとき言わんかったんや」

「せっかくの楽しい空気ぶち壊したない思て」


「ええ奴かおまえ」

「責められんやん」

「ほんでな、マイルド男の話やけど」


「だから聞かんて。なんで勝算あると思ったんや」

「にしても、誰に憑いとるんや……」

「なあ、金貸してくれへん?」


「急になんや! 真面目に考えろや。死ぬかもしれへんのやぞ!」

「いや、借りたほうが死んでも、貸したほうが死んでも返さんでええから得やん」


「めっちゃ現実的な考え、こわ」

「お前には死んでも貸さんわ」

「ほな、マイルドチキンの話なんやけど」


「だから聞かへんて。なに譲歩したみたいな顔してんねん。心理テクニックか?」

「チキンの味変わっとるし……。いや、んなことより、そろそろ次の駅着くで。どないする?」


「とりあえず降りるしかないやろ。この車両が事故る可能性もあるしな」

「せやな……せやけど、もしあいつも一緒に降りてきたら……」

「ほな逆に金いるか?」


「だから、お前――うわ、どないしたんや、その札束」

「スロットや。ほら、二人とも受け取りや」


「いや、借りんわ」

「せや。お前から金借りて何がどないなんねん」

「お前らがジジイになってくたばる頃に返してもらうわ。それまで絶対に死なさへん。お前らの人生、おれが買うたる。死神なんかに渡さん。『これは売約済みや』言うてな!」


「お前……やっぱええやつなんかもしれんな」

「よっしゃ! 売ったるわ!」

「ほな、おおきに!」


 電車が駅に到着すると、三人は雪崩のようにホームへ飛び降りた。

 一斉に振り返ると、死神はゆっくりと立ち上がり、ドアのほうへと近づいてきていた。

 そして――ドアが閉まった。

 死神を車内に残したまま、電車は音を立てて闇の中へ走り去っていった。


「……ははは、はははは!」


 三人は堰を切ったように笑い出した。


「なんや、びびらせよって。名残惜しそうに運ばれとったわ」

「ドナドナドナ~♪ 死神ちゃん、さいならあ!」

「いやあ、よかったなあ。ところで、マイルド屋の話やけど」


「それはもうええ」「それはもうええ」


 三人は次の電車に乗り込み、やがてそれぞれの駅で降りていった。顔に満足感を滲ませながら。

 ひとり、揺れる車内に残った男はぽつりと呟いた。


「いやあ、あのクソ死神、邪魔しに来よってほんま焦ったわ。けど、どさくさに紛れて契約できたしな。ひひひ、楽しみやで、あの二人の魂」


 にやりと笑う男。窓に映ったその顔は、口が耳の端まで裂け、額から二本の角が突き出ていた。

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