第1話 善人と呼ばれた魔王
――目を覚ましたら、玉座に座っていた。
黒曜石の床、赤い絨毯、無駄に高い天井。左右にずらりと並ぶ角付きの従者たち。
そして、鏡の中には――漆黒の鎧をまとい、紅い瞳を光らせる自分の姿。
「……おいおい、どう見ても魔王じゃねぇか」
会社員だった俺・ユウトは、気づけば“異世界の魔王”になっていた。
デスクの書類地獄から解放されたと思ったら、今度は魔界のトップとか、業務内容がブラックすぎる。
目の前では、銀髪の女魔族が跪いていた。
「陛下、昨夜の戦火により南方の村が焼け落ちました。いかがいたしましょうか」
「え、ええと……再建を急がせて、被害者の救済を最優先で」
思わず日本人の感覚で答えた。
だが次の瞬間、玉座の間がどよめいた。
「さすがは我らが魔王様……!」
「人間の村など見捨てるのが常なのに……慈悲深い!」
「陛下の御心はまさに聖人のごとく!」
え、ちょっと待って。なんで褒められてる?
俺、ただの常識的対応しただけなんだけど。
「……まあ、いいか。人を助けるのは悪いことじゃないし」
そう思っていた俺は、この世界の“常識”をまだ知らなかった。
翌日。
復興支援のために、俺は兵を派遣した。道路整備の指示書を出し、物資を配る算段もつけた。
日本の会社で散々PDCA回してきた俺にとって、段取りは得意分野だ。
だが、その報告が王都に届くと――人間側がざわめいた。
「魔王が……我らを救済した……?」
「偽りだ、きっと罠に違いない!」
「しかし村人たちは実際に救われたと……」
王国は混乱した。
一方、魔界では――俺が“神に愛された魔王”として祭り上げられ始めていた。
◇ ◇ ◇
「陛下、井戸を掘る許可をいただけますか?」
「いいぞ。衛生環境を改善しよう」
「な、なんと……民の健康をも気遣われるとは……!」
いやいや、普通だろ。衛生は基本だ。
なんでいちいち感動されてるのか、理解できない。
さらに、夜。書斎にいた俺のもとへ、参謀の老魔族がやってきた。
「陛下。民の間で“慈愛の魔王”と呼ばれております」
「やめてくれ、その称号……俺、悪役だよな?」
「いいえ、今や人間ですら陛下を恐れぬどころか、崇拝し始めております。『聖魔王ユウト』と」
どこのRPGだよ、その二つ名。
「……いや、俺は世界征服とか興味ないし」
「お優しい……やはり陛下は聖人であらせられる!」
話が通じない。
なんでこの世界、まともな悪がいないんだ。
◇ ◇ ◇
三日後。王国から使者が来た。
勇者パーティの一行。白銀の鎧を着た青年――勇者カイルを筆頭に、神官、弓手、魔導士の四人組だ。
「魔王ユウト。我らは貴様を討伐する使命を負っている!」
「……はいはい、そう来ると思ってた」
ようやく“まともな展開”が来たと思ったのも束の間、彼の次の言葉が予想外だった。
「だが、討つべき悪とは何か……我々は迷っている」
「え?」
「貴様が村を救い、橋を直し、孤児を養っていると聞いた。
それが真実なら、貴様は我々より正しいのかもしれぬ」
「……いや、俺はただ、インフラ整えてるだけで……」
「インフラ……? それは“平和を築く術”か」
カイルは真剣な目で俺を見つめた。
そして剣を下ろす。
「今日のところは引こう。貴様を斬る資格が、我々にはない」
使者たちは静かに去っていった。
玉座の間に残ったのは、ぽかんとした魔族たちと、現実を受け止めきれない俺。
「……なんでこうなるんだ」
「陛下、勇者を改心させるとは、さすがです!」
「神に背かせるほどの威光……まさに救世主!」
「ちがう! 俺は悪をやりたいのに!」
叫んでも、誰も信じてくれない。
俺が罵倒しても、「深い意味のあるお言葉」と解釈される始末だ。
◇ ◇ ◇
夜。
バルコニーに出て、冷たい風に当たる。
闇夜に沈む魔界の街並みは、整備された灯りで穏やかに輝いていた。
街路樹、整然とした家並み、笑顔で語らう魔族たち。
――おかしい。悪の支配って、もっと殺伐としてるはずだ。
「……俺、魔王として、間違ってるのか?」
呟いた声が、夜に吸い込まれる。
その背後で、参謀の老魔族が静かに頭を下げた。
「陛下。間違っているのは世界のほうです。
陛下こそが、“真に正しい悪”を体現しておられるのです」
「なにその矛盾した日本語」
だが――心のどこかで、俺はもう気づいていた。
誰かが“悪”を引き受けなければ、世界は平和に回らない。
善が溢れすぎれば、争いは生まれる。
ならば、自分がその歪みを引き受けよう。
“聖人魔王”という皮肉な称号を背負ってでも。
「……まあ、いい。どうせやるなら、世界一まともな“悪”をやってやる」
夜風が吹いた。
遠くで鐘が鳴る。
その音は、魔王の城を包みながら、静かに世界へと広がっていった。




