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第7話 兄は考える葦である


 次の日。

 アルと2人で朝食を取っていると、執事が食堂に入ってきた。


「アルフィー様、本日の午前中より家庭教師の先生がお見えになります」


「本当ですか? ありがとうございます。ギョームさん」


 迷わず執事の名前を呼んだアルを見て俺はぎょっとした。


(執事の名前を知っているのか?)


 すると今度は、執事が俺の方を向いた。


「レオナルド様。本日の午後は剣の先生がいらっしゃいます」


 俺は大きな溜息をついた。剣は苦手ではないが得意ではない。

一般的には毎日素振りをする必要があるらしいが、俺は週に3回、授業と剣の先生がみえた時に剣に触るくらいだった。


(憂鬱だが、全くやらないわけにもいかない。剣が出来ないと学園の成績に影響する)


 父は『身体を鍛えるため』と、『いざとなったら己や大切な者を守るために剣を習得しろ』と剣に関してはかなり熱心だ。だが以前の俺はあまり好きではなくてやる気がなかった。

 しかし、剣の先生のおかげで俺は学園でもそこそこの腕前で成績はよかった。


「ああ。午後だな」


 執事に確認をするように返事をすると、アルが『興味があります』という瞳をこちらに向けてきた。


「兄さんは剣も習っているのですか?」


(興味があるのか……待てよ? アルも習えば、俺の負担が減るかもしれない)


「アルも俺と共に先生に剣の指導を受けるか?」


「はい!! ぜひ!!」


 俺は執事の方を見て言った。


「……だそうだ。《《ギョーム》》、頼む」


 執事のギョームは一瞬驚いた顔をした後に穏やかに笑いながら言った。


「では、そのように手配を」


 ギョームは礼をすると素早く食堂から姿を消した。


 おそらく、遅かれ早かれアルフィーも剣を習わされていたはずだ。

 以前は『アルフィーと共に剣を習うは嫌だ』と俺が拒否をしたため、アルフィーは剣を習わなかった。

 だが、もし俺が嫌がらなければ、あの父のことだ。絶対にアルフィーにも剣を習わせただろう。

 正直なところ剣の先生の圧はかなり凄い。

 その圧を分散できるアルという存在に俺は希望を持っていたのだった。



+++



「……アルフィー様は素晴らしいですね」


 剣の先生は手放しでアルを褒めた。先生は、男爵家の次男で『自分は家を継がないため絶対に騎士になる』、と決めて努力して騎士になった人だ。


 さらに騎士にもランクがあって高位ランクや中位ランクの人は、任務とは別に貴族の子息の家庭教師などを請け負っていたりもする。

 家庭教師などを請け負うことは、『次世代の騎士を育てる』という意味合いもあり騎士の間では名誉なことであるらしい。


 ちなみに先生は高位ランクだ。普段は王宮の財務部などの警備を請け負っているらしい。財務部は王族の警備の次にできる人材を派遣する部署だ。


 そんな高位ランクの先生なので、月謝だってかなりの物だ。父の並々ならぬ剣への執念を感じて溜息が出てくる。


 だが優秀な先生のおかげで、あまり剣の練習をしなくても剣の授業ではそこそこの成績を修めることができていた。

 先生は苦労して騎士になった人なのでとても厳しいが、練習せずとも俺の剣の腕をそこそこにしてくれたのだ。

 きっと真面な生徒ならば剣術大会の代表にも選ばれたかもしれない。


 俺はというと不真面目な生徒だったので、もちろん剣術大会の代表に選ばれたことはないし、先生に褒められたことなど1度もなかった。

 そんな厳しい先生がアルを手放しで褒めた。


(俺は褒められたことなどほとんどないけど……)


「ありがとうございます!!」


 アルが素直にお礼をいうと、先生が笑顔を見せた。


「アルフィー様は毎日、俺の言った訓練をしてくれそうですね」


「はい!! がんばります!!」


(これを……毎日……やはり巻き戻ってもこれはつらいな……)


 やる気の満ち溢れるアルを横目に、俺はすでにへとへとになっていた。

 ただ違うことは……いつもの稽古は先生の小言を聞きながら終わる。

 『わかりましたか? レオナルド様』とうるさいくらいに念を押しながら帰る先生が、その日は機嫌よく帰っていった。


(俺も……やるか……)


 以前は全く真面目に剣を訓練をしなかった。

 でも今回は頑張ってみようと思った。

 目の前には先程言われたことを忘れないうちにもう一度確認するように身体を動かすアルの姿が見えた。


(アル……凄いな)


 俺は思わず努力するアルの姿に目を細めたのだった。



+++



 それからのアルは本当に頑張っていた。

 午前中は剣の稽古をして、午後からは文字や計算を覚えるために懸命に努力していた。


 俺はというと学園が社交シーズンで3ヵ月ほど休みなので、時々学園の勉強をしたり、アルに本を読んだり、アルと一緒に剣の素振りをしたり、いつも以上に充実した休みを過ごした。


「兄さん、侍女のアンリが『少し休憩にしませんか?』って顔をしていますよ?」


「ああ、では休憩にするか」


 俺は読んでいた本を閉じると、伸びをしながらアルを見た。アルは侍女に向かって手を上げていたところだった。


 俺とアルは時折、2人でお茶休憩をとるようになった。家に来たばかりの時、オドオドしていたのが嘘のように最近のアルは堂々としていた。


(もうすっかり、立ち振る舞いは貴族だな)


「随分と言葉遣いもよくなった。頑張っているのだな」


「ありがとうございます」


 俺が褒めるとアルはいつも幸せそうに笑う。


(子供の笑顔というのは……いいものだな……)


 俺は見た目は10歳の子供だが、気分はすっかりと孫を愛でる祖父の気分だ。

 8歳のあどけない笑顔に癒されているうちに侍女たちがテキパキとお茶の準備を終えていた。


 アルはお茶の用意されたテーブルの前のソファーに座ると楽しそうに話を始めた。俺は話があまり得意ではないので、アルの話を聞くのは楽しかった。


「兄さん聞いて下さい。庭師のムトが庭園の隅で植物の交配実験をしていたそうなのですが、今回、面白い花が咲いたそうですよ? 一度、一緒に見に行きませんか?」


「は? 交配? 庭師はそんなことをしていたのか?」


(……そんなこと初めて聞いたな)


「ふふふ。はい。元々は、昨年結婚した侍女長のエリーの気を引きたくて始めたことだったらしいですが、エリーに振られた今はムトの生き甲斐になってるそうですよ。

あ!! これは内緒でした。僕が言ったことはムトに黙っていて下さいね」


(ムト? エリー?)


 俺は思わず首を傾げた。


「アル。もしかして、侍女や庭師の名前を覚えているのか?」


「え、ええ。毎日顔を合わせますし……この屋敷に出入りしている商人や御用聞きの方の名前もわかりますよ?」


 俺は驚いて思わずアルの顔をじっと見つめた。


「アルがここに来てからまだ2ヵ月と少しではないのか?」


「そう…ですね。ですが、人の名前を覚えるのは得意なので」


(名前を覚えることが得意?!)


 俺は以前、人の名前を覚えるのが苦手なことが原因で大きな交渉を失敗したこともある。


(もし……あの席にアルが同席していたら、結果は変わったのだろうか?)


 俺は失敗した過去を思い出していた。

 

(忘れもしない。カラバン侯爵令嬢の名前がどうしてもわからずに、俺は全てを失った。今度は絶対に彼女の名前を覚えよう)


 そう決意して、侍女たちの名前を呼びながら楽しそうに話すアルを見て頼もしく思えた。


(アルの話術は強力な武器になる……)


 思わずじっと見つめるとアルが顔を輝かせた。


「私は兄さんのお役に立てますか?」


 反抗期も来ていない少年の瞳はとてもキラキラとして眩しく思えた。俺は思わずアルの頭に手を置いた。


「ああ、アル。これから学園でしっかりと学び、将来、俺を助けてくれるだろうか?」


「もちろんです!!」


 気分はもはやアルの兄ではなく、父のような心境だった。


(俺がこれほど素直な息子であったのなら、父に領地経営について多くのことを聞けたものを……)


 俺はそんな考えを振り払うように立ち上がった。


「アル、その面白い花とやらを見に行くか?」


「は、はい!! ぜひ!!」


 アルも嬉しそうに席を立った。そうして、庭の隅に行くことにした。




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