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第4話 自分に言い訳


「覚悟か……」


 俺はすでに18歳まで生きた。

 本来なら今すぐ父に話を聞きに行くのがいいに決まっている。

 だが、臆病な俺は自分に『まだ母が死んだばかりだ』『もう少し様子を見た方がいい』と言い訳して一向に父の部屋に行くことはしなかった。


(一度気持ちを整理しよう……ああ、書庫がいいな……)


 俺は静かな場所を探して書庫に行くことにした。

 サロンから書庫への移動は裏庭を抜ける方が早いため裏庭に向かった。

 裏口付近を歩いていると貴族御用達の商人の馬車が見えた。


「また今日も商人を呼んだのか……」


 継母は、最近毎日のように商人を家に呼んでドレスや装飾品を買い漁っていた。


(一体、どれだけ買えばいいのだ……伯爵夫人になった途端にこれか、浅ましいな……)


 俺は足早にその場を通り過ぎ、書庫へと急いだ。


+++


 書庫に向かう途中の渡り廊下で弟のアルフィーを見つけた。

 彼は何をするのでもなく、ぼんやりと空を眺めていた。


(……何をしているのだ?)


 この年頃の男の子が何もせずにぼんやりとするのは珍しいことのように思えた。

 不審に思い弟を見ていると、彼と目が合った。すると弟は期待のこもった視線を向けながらこちらに走ってきた。


「レオナルド様、どこに行くの?」


 あまりにも丁寧さに欠ける彼の言葉に眉をひそめた。


(俺に敬語使う必要はないということか!?)


 弟の不敬な言葉使いに少し苛立ち、軽くあしらうように言った。


「書庫だ」


「しょこ?」


 彼は書庫がわからないのか不思議そうな顔でこちらを見ていた。


(『書庫』という言葉を知らないのか?)


 今の自分にとって8歳の子供というのは全く未知の存在だ。以前も弟とは接していたはずだが、10歳として会うのと26年歳まで生きたという記憶を持って接するのでは全く勝手が違う。

 そして、御者の言葉を思い出す。


 ――アルフィー様は……立ち振る舞いや言葉遣いが……幼いように……思えます。


(幼いか……そうかもしれないな……)


 俺は少し考えながら言った。


「……本がある場所だ」


 弟は瞳を輝かせながら言った。


「本? レオナルド様……一緒に行ってもいい?」


 断ってもよかったが、学園が始まれば課題などで書庫を使うこともある。

 書庫の鍵を持っているのは、父と俺だけなので侍女に案内を押し付けることもできない。


(わざわざ案内するのも手間だ。この機会に案内しておくか……)


 無表情に答えた。


「黙って邪魔をしないと誓えるのなら連れて行ってもいい」


「レオナルド様の邪魔はしない!! 僕も連れて行って!」


 気が付けば大きな溜息をついていた。


「好きにしろ」


「うん」


 弟は嬉しそうに俺の後をついてきた。


 書庫に着くと適当な本を手に取り、いつも本を読むテーブルに座った。

 しばらくすると弟も大きめの本を抱えて来たが、それを気にすることもなく本に没頭した。






「ふぅ~」


 かなり内容の濃い領経営の本を読み終えて息を吐いた。

 集中していたのか、いつの間にか辺りは暗くなっていた。


(家にこんな本があったのか……1度目の人生で読んでおけばよかったな……)


 ふと、隣を見ると「スースー」という規則的な寝息が聞こえて隣を見ると弟のアルフィーが眠っていた。


「寝ていたのか……」


 よく考えれば、幼い子がこんな時間まで本をおとなしく読めるわけもない。

 俺は、すやすやと気持ちよさそうに眠るアルフィーに声をかけた。


「起きろ」


「ん……う、うん……」



 全く起きる様子がないので仕方なく、彼の肩を揺さぶった。

 このままでは、書庫の鍵を閉められない。本は貴重品だ。だから書庫には必ず鍵をかける必要があるのだ。


「起きろ」


「ん……あっ……レオナルド様?」


 ようやく弟が眠そうな目を擦りながら目を開けてこちらを見た。


「ようやく起きたか……何を読んでいたのだ?」


 弟の読んでいた本を覗き込んだ。確か、自分がこのくらいの時には冒険の話ばかり読んでいたように思う。

 本を見ると地図の書かれた本だった。


(地図?? こんな幼い子がもう地図を見て学びを深めるのか?)


 随分と大人びた本を読んでいて驚いてしまった。


「ふふふ。僕……字が読めないから、でもこの本は絵がたくさんあった!!」


 弟は嬉しそうに笑った。


「……は?」


 それを聞いて思わず固まってしまった。どうやら、勉学のために地図の本を読んでいたわけではないらしい。それどころかもっと事態は深刻だった。


(8歳の貴族の子が字が読めないだと!? ちょっと待て……アルフィーが領ではなく王都に来たということは、学園に通うのだろう??)


 平民の子供なら読めなくても仕方がないかもしれない。だが弟の母の家は一応、男爵の家の出身だったはずだ。

 貴族の子供は6歳から読み書きを始め、7歳には読み書きと計算は習得しているのが一般的だ。文字を教えるのは家庭によって、親だったり、家庭教師だったり、執事だったりする。

  父も彼に教育をさせるようにと、それなりの金額を渡していたのを自分で父の後を引き継いだ時に帳簿を見て知った。


(父から教育費を支払われていたはずなのに……文字の読み書きでさえ習わなかったのか?)


 そして、弟がこの屋敷に来た時の様子を思い出した。

 継母は着飾っていたのに、彼にはどこかで探してきたかのような身体に合っていない服装だった。それに弟はこの年の子供にしては痩せこけていた。

 

 きっと継母は自分を飾り立てることばかりに気を取られ、自身の息子の衣食さえ充分に与えていなかったのだということが予想できた。


(あの女……教育費を使い込んでいたのか……)


 俺は弟の肩を掴んだ。


「ど、どうしたの? レオナルド様」


「字が読めないのなら、字も書けないのか?」


「う、うん」


「数字は読めるのか? 計算はできるのか?」


「数字は少しだけ読める。計算はできない」


(少しだけ読めるって、結局読めるのか、読めないのか? まぁ、読めないのだろうな)


 そう思って俺はこれまでの弟の言動を思い出した。


「もしかして、お前が俺に敬語を使わないのは、使わないのではなく、使えないのか?」


「敬語??」


 弟は不思議そうな顔でポカンと俺の顔を見ていた。その様子に思わずこめかみを押さえた。


「なんだ……俺をバカにしていたわけではないのか?」


「バカにするだなんて!! あ、もしかしてこのしゃべり方のせいでイヤな思いをさせてたの?」


 そして俺は御者の言っていた言葉の意味の真意を知る。


 幼いんじゃない――教育を受けていないのだ……


 俺は立ち上がってアルフィーを見ながら言った。


「ついて来い」


「ふぇ? あ、うん!」


 彼は寝起きで驚いたということもあり、あまり口が動いていなかった。

 だが俺は気にせず弟の手を引いて父の執務室に向かった。






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