第39話 高位貴族の駆け引き
エリザベス様とキャリー様は悠然とアレク殿下とリアム様とノア様の元へ歩いて行く。
正直、俺はさっきから生きた心地がしない。
(私は、杖。エリザベス様とキャリー様を支える杖)
そう心の中で繰り返さなければ、足が動かなくなるほど緊張していた。
心を殺して、歩いていた時だった。
令嬢たちの間から、俺を睨みつけている人物を見つけた。
(あ!! さっきの!!)
目が合うと、絶対零度の視線を向けられる。
怖すぎる。
逃げたい!!
心の中で逃げたいと思った時だった。
エリザベス様は、ただでさえ目立つのに大きな声で口を開いた。
「ああ、あなたたちこちらにいらしたのね。レオナルド様のお洋服はアレクサンダー殿下に貸して頂き、事なきを得ましたわ。何かおっしゃることがありませんこと?」
俺に飲み物をかけた3人の令嬢たちは青い顔をしてた。
そして、他の令嬢はそそくさと波のようにその場から一歩引いた。
俺に飲み物をかけた令嬢と一緒にいた取り巻きの令嬢が震えながら言った。
「アレクサンダー殿下のお召し物をお借りした……」
その時だった。
ノア様の声が響いた。
「レオナルド、僕がプレゼントした服……どうしたのですか??」
ノア様の言葉を聞いたもう一人の取り巻きの令嬢が青い顔で言った。
「クラン様からのプレゼント……」
そして、俺に飲み物をかけた令嬢から取り巻き令嬢の二人が、一歩距離を取った。
俺に飲み物をかけた令嬢が唇を噛みながら言った。
「その方が御自分で飲み物をこぼされたのですわ!!」
令嬢の言葉の後に、リアム様が口を開いた。
「おかしいですね。レオは我々と一緒に乾杯するという約束をしていました。飲み物は全員揃うまで持っているはずがない」
リアム様にまで睨まれて、令嬢が口を閉じた。
そんな令嬢を見てエリザベス様が口を開いた。
「この国のお嬢様は、謝罪もできませんのね」
そう言った時だった。他の令嬢が扇で口元を隠し、一斉に俺に飲み物をかけた令嬢に冷たい視線をなげかけた。
当然だ、自分たちの品位まで疑問視されたのだ。
何よりも誇りを重視する貴族社会で、これほど屈辱的なことはない。
「なんて暴言!! 酷いわ!!」
令嬢が大きな声を上げた時、令嬢の前に颯爽と一人の男性が歩いて行った。
(あれは……ラキーテ公爵!? 蜜の花関係だと思ったがまさか、さっきの令嬢はラキーテ公爵令嬢……!?)
俺はラキーテ公爵の登場に足が震えるほど恐怖を感じた。
公爵家を怒らせてしまえば、ただでは済まない!!
(俺……どうなるんだ!?)
震えながらラキーテ公爵を見ていると、公爵はアレク殿下に向かって頭を下げた。
「殿下、折角の祝の席で娘が大変失礼を、謝罪が後日改めてお伺いいたします。本日は失礼いたします」
そして、令嬢を見ると「行くぞ」と高圧的に言った。
「はい」
そして俺を見ながら言った。
「君にも後日改めて……」
そして令嬢と公爵は会場から出て行ったのだった。
俺は唖然として二人の背中を見ていたのだった。
(一体……何が……起きたのだ?)
俺は今、自分に、一体何が起こっているのか全くわからなかった。
俺は、伯爵家の人間。しかも学生。
そんな俺に、ラキーテ公爵からの直接の言葉。
ノア様のお父上が声をかけて下さった時も驚いたが、あの時はノア様の友人としてあの場にいた。
リアム様のお父上と言葉を交わしたこともあるが、それは交渉という理由があった。
アレク殿下のお母上に声をかけられたが、あれは息子の誕生パーティーに来た友人だという理由がある。
だが……ラキーテ公爵は……
俺に飲み物をかけた令嬢のお父上だということはわかる。
だが、公爵令嬢が伯爵子息に飲み物をかけたところで、周囲には気にもされない。むしろ恐れ多くて誰も声を上げない。
そのくらい公爵家という地位は絶対的だ。
だからこそ、ラキーテ公爵の娘さんも例えアレク殿下のお誕生パーティーだったとしても、退場させるために俺に飲み物をかけたのだろう。
本来ならあの姿で、アレク殿下の御前にはいけない。
ところが、予想外にエリザベス様が助け船を出してくれたので、あの令嬢もさぞ驚いたことだろう。
俺がここまでのことを考えていると、エリザベス様が声を上げた。
「それでは、レオナルド、キャリー行きますわよ」
「は、はい」
俺が返事をするとキャリー様も「かしこまりました」と言って悠然と歩き出した。
先ほどとは違い、同じくらいの年齢の令息からの視線だけではなく、ありとあらゆる年齢の男女からの視線が突き刺さる。
――あの者は何者だ? 一体、ラキーテ公爵と何があったのだろうか?
皆の視線はそう語っていた。
俺たちはそんな視線を抜けて、再び先ほどの場所よりも少し先の人気のほとんどない場所まで来ると、エリザベス様が庭園内に用意されているテーブルに座った。
どうやらエリザベス様は始めからここで過ごす予定だったようだ。
執事や、侍女がエリザベス様を待っていた。
「レオ、キャリー座って。ここで誕生パーティーが終わるまでくつろぎましょう」
キャリー様が溜息を付いて椅子に座ったので、俺も二人の後に座った。
そして、椅子に座るとキャリー様が口を開いた。
「そうですわね。どうせ、今戻ったところで、針のむしろですものね」
キャリー様の言葉を聞きエリザベス様が口を開いた。
「そうね……今頃、パーティーは大荒れね。茶葉の件、ラキーテ公爵の関係者から随分と横やりが入っていたらしいけれど……これで完全に封じたわね。娘としてはレオを牽制したかったのでしょうけど……場所が悪かったわね」
エリザベス様の言葉を聞いてキャリー様が声を上げた。
「場所というよりも、相手が悪かったですね。あ~~でも、あれほど私が『これ以上レオ様を巻き込まないで!!』ってお願いしたのに!! レオ様が目立って、どこかの令嬢の目に留まったらどうするのですか!!」
エリザベス様は優雅にお茶を飲みながら言った。
「あら、ではあなたはレオがあんな小娘に飲み物をかけられたまま黙っていられるの?? ああいう子はつけあがるともっとエスカレートするわよ?」
キャリー様は真顔で言った。
「そうは言っていませんわ。ここはアレク殿下のお誕生パーティー。こんなところで騒ぎを起こすのはあり得ませんので、後日報復しようかと思っていました」
(えええ!? 後日報復!?)
俺は慌てて『やめて下さい』と声をあげようとしたら、エリザベス様の方が先に口を開いた。
「そんなことをするよりも、ここで動いた方がラキーテ公爵への牽制にもなるでしょう? まぁ、少々生温い仕返しになってしまったけれど……」
あれで生温い!?
俺が驚いていると、キャリー様が執事に手を上げながら言った。
「はぁ、でもレオ様がご無事なら私はなんでもいいです。あの、私にもすっきりとした感じの飲みものを……レオ様はいかがされますか?」
俺は挙動不審になりながら答えた。
「キャリー様と同じ物を……」
こうして、俺はアレク殿下の誕生パーティーが終わるまで二人とここで過ごしたのだった。




