第8話 オアシス:フルール・ピット
猛暑にも耐えられる特殊な布で体を覆い、砂漠を進むこと1日。残り1日で街というところで蜃気楼の中にオアシスをみつけた。砂漠に突如現れた木々と泉。風呂に入るのは何日ぶりだろうか...今までの疲れや汚れを落とす。彼女はというと、妾は良い。と、少し離れた木陰で休んでいた。彼女の手荷物は見たところ小さな肩掛け鞄のみ。そもそもこんな砂漠に来るような服装では無い。日中は麦わら帽子を被っており、デートついでに砂漠にやってきたと言った方がまだ信じられる。時刻は夕方。今日はここで野宿をすることとなった。
その夜、辺りは一変。一面が霧に囲まれた。
周りの草木をかき集めた簡易的な寝床に、平たい石の椅子。焚き火はしてはならぬと言うことで月明かりのみである。
「動くでは無いぞ。死にたくなければな。」
このオアシスは、大きな環境生物一部であり霧で前後が見えなくなったところを匂いで導き、穴に落として捕食する習性があるらしい。自ら捕食活動をすることはなく少しづつ移動しているらしい。名前は、「フルール・ピット」という一応生き物らしい。
「なに、数時間すれば霧は晴れる。じっと待っておれば問題ない。そうじゃな、まずは保留にしておった自己紹介でもしようかの。」
「自分は話せることは概ねお伝えした通りです。彼方 遥。名前の呼び方はなんでも構いません。」
「それでは遥。次は妾のことを少しばかり話させてもらうぞ。名前は、アリス。アリス-リンドウじゃ。以上じゃ。」
「もう少し無いですか?」
「秘密主義者じゃ。」
知られて後ろめたいことなど無かったため、事の経緯など細かいことまで話してしまったことを若干後悔した。
「ひとつ大事なことを確認させてもらうが、この地の食べ物や飲み物を口にしたのはいつじゃ? 」
どうやら本当に自己紹介終わりらしい。
「落ちてから3日目に見つけたサボテンみたいなものを焼いて食べたり、水分をろかして飲んだりしたくらいですね。」
「なればよい。くれぐれも、手持ちの食べ物だけで一週間以上すごさないことじゃ。まぁ、そもそも無くなってしまった様じゃから心配する必要は無いがな。細かい説明は省くが、この地のものを体内に入れなければ、環境に順応できずに倒れることになる。実際、暑さの割に耐えられておったので、念の為の確認じゃ。」
「さて、ここからは引き続き楽しいお話をしたい所ではあるが、まずは現状整理からしようかの。何か聞きたいことはあるか?1つ前置きしておくが、知識とは命じゃ。時に知識とは命よりも重くなることも稀ではない。この世界で生活する上での最も重要視されるルールのひとつとして覚えておくことじゃ。」
まぁ、今回はサービスじゃがと話を続ける。
「それを踏まえて、質問は3つまでとする。それ以上は相応の対価と交換じゃ。」
「聞きたいことは山ほどありますが…」
「時間はあるゆっくりと考えるが良い。」
ここはどこか?あなたはだれか?どうやったら帰られるか?すぐに思いつく質問ははあるが3つと言われるとそれで良いのか、答えがまとまらない。そもそもここは自分の知っている世界なのか?まるてSF映画の世界に紛れ込んでしまったのではないなと言われても納得してしまいそうである。そして、彼女は恐らく自身の現状をある程度理解しているが故に質問という形式で、知識を共有しようとしているのだろう。
1つ目の質問は決めている。最初に質問した内容だか明確な回答は得られてない問題。
「…まずここはどこでしょうか?私の知る限りでは砂漠にこんな場所?生き物?がいるなんて聞いたことも無く…ここが地球であるならば地理を教えていただきたい。」
「うむ…よかろう。ここは、地球である。それは間違いない。しかし、ここは日本でもなければ恐らくお主の知っている地域は存在しない。同じ名前があったとしても、全く同じものでは無いじゃろう。日本という国はな、とうの昔に消えておる。地殻変動による島国の消滅、人類同士の闘争の果てにこの世界にはまともな国という概念は無くなっておる。そうじゃの…お主の言葉を借りるならば都市と呼ばれる単位でのまとまりが砂漠を挟んで点在して国となっていると、言えば伝わるであろうか」
「いや、そんなはずは…未来にでも来たって言うのですか?」
「それは2つ目の質問と捉えて良いか?」
ハッとして口を噤む。
「いえ、続けてください」
とは言え、意味がわからなかった。確かに知らない生物、気候、ここが地球に似た異世界であることは薄々理解している。しかしながら、その事実を納得するための根拠、納得にはどうしても至らなかった。
「前置きはここまでとして、ここはどこかと言ったな。砂漠であることは出会い頭に伝えた通りじゃが、そんなことを聞きたいのでは無いことは承知しておるし、それで回答だとは思っておらぬので安心せい。ただし、あくまで最低限の説明であることは肝に銘じておくように。」
説明は、ここは力の国「アルクトゥルス」近郊の砂漠でありどの都市にも属していない。砂漠化の影響で、無法地帯の砂漠が世界を侵食しているとの事であった。都市と都市(正確には国と国)の間は長い砂漠地帯で分断されており、場所によっては移動だけでも数日かかるほどらしい。どこにも所属していない(管理する意味が無い)というのが現状の深刻さを表している。我々が現在向かっている場所は住居のある隣国。知識の国「スピカ」。周辺国の中では一番大きくかつ、様々な情報化集約されている法治国家らしい。
「前置きの方がお主の求めている質問の回答には近かったかもしれんな。今回話せる内容は以上じゃ。求めている答えになったかの?」
「はい。理解が追いついていませんが、おおよそイメージは掴めました。」
「よい。では次の質問じゃ。」
「それでは、ここが未来の世界であったとしてひとつ納得できない事があります。未来にしては会話が"違和感程度"で出来ることです。世界地図が変わるほどの時代を経てなお、同じ視点・類似言語で会話出来る理由が知りたいです。」
「なるほど。いいのか、その質問で。知ったところでお主の知識欲以外は満たせないと思うぞ。」
確かに、質問すべきことはいくらでもある。小手先の利よりもこの世の理を理解することが今後の動向に大きく影響すると考えた結果の質問であるため、質問は変えない。
「はい。問題ないです。知的好奇心が勝ちました。」
意図はぼかす。
「この質問に答えるにはまずこの周辺の歴史を理解する必要があるが、こればかりは時間があっても説明しきれぬ。一言で言うならば、旧日本とでも呼ぼうか。この地域は元々紛争地帯で様々な文化は人為的、そして砂漠化の自然現象により壊滅した。砂漠化がここまで深刻になり始めたのはここ数百年の間じゃ。そして、砂漠化が深刻化する直前。当時唯一の中立国である知識の国「スピカ」。その国王は周辺地域に知識統制令と、「教本」を強制した。どうやったかまでは省略するが、その教本の知識レベルがまさにお主のいた時代からの遺物を元に作られておるのじゃよ。ゆえに、教本における知識は共通のものとなり、教本に無い情報は厳しく統制されることとなったわけじゃ。遺物というのは空から降ってくるお主の船みたいなものの総称じゃな。」
コホンと咳払いをひとつしたのち、話を続ける。
「この教本というのが厄介で、あらゆる情報が記載されておる。この内容だけで普段生活する分には十分すぎるほどじゃ。しかしながら、この教本には欠点がある。それは、歴史が全て省かれておるということじゃ。"なぜ"が抜けておるが故に、ものの理が説明されておらぬ。もちろん職を持つことで必要な知識が国から提供されるが、情報の意図的な漏洩は極刑を免れぬのが知識の国の掟じゃ。教本の知識は分かる。じゃが、それ以上のことは分からないし詮索しない、されないように子供は教育を施される。そして大人になり情報統制は日常へと変わってしまったという訳じゃな。歴史は繰り返すものじゃし、記録が無ければ防ぎようもない。教本は初版から今に至るまで一切改版されておらぬ。つまり、教育内容や私生活においてここ数年、数百年停滞しておるんじゃよ。そして、国もそれを止められぬ。知識が価値を持ったが故に簡単に情報を公開するということは身銭を切るのも同義。国王は初代以降法を変えないし変えようともせぬ。ゆえに、妾は国からの要請で歴史や遺物の解析などを任されておる。おっと、これは個人情報じゃった。」
2つの質問を終え、おおよその状況は把握した。しかしながら、言葉だけでは理解できないことや、納得できないことだらけであることには変わりない。まずは世界を知ることが必要だと確信する。
「これからお主の取れる選択肢は無数にある。そのうち幾つかは妾の方で提示することも出来るが、それでは面白くない。」
この世界について分からないことが多い以上、ひとりでどうにかなる話ではない。そして、今話をしている彼女の傍にいればこの世界を理解できることもハッキリと認識している。無数の選択肢と言いつつ、取れる選択肢は消去法で限られていた。
目標はまださだまっておらず、この世界で生きていく選択肢として、唯一出会ったこの人物に縋る他今は無かった。
「三つ目の質問は保留でいいですか?」
「ほぅ、まぁよかろう。答えられる範囲であれば目的地に着くまでにひとつ答えてやろう。」
その後、軽い雑談の後簡易的なキャンプで横になった。ここは砂漠であるにもかかわらず涼しく寝入るのに時間はかからなかった。
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朝、目が覚めるとそこは森の中だった。
泉の木陰のはずが、鬱蒼と木々が生い茂る森の中である。
「しまったのぅ…」
彼女の様子を伺うに、不測の事態というやつのようだ。すると、目の前の木々の先に、揺らめく影がひとつ。ぬらりと立ち上がった。