第6話 邂逅
ゆったりと地面に向かって降下しながら辺りを見渡すと、砂漠・砂漠・砂漠。木々は愚か、遮蔽物すら存在しなかった。チラホラ建物の残骸があるようにと見えるが砂色一色である。唯一遠くに建物のような、単なる木の重なりのように何かがある事は見て取れたため、位置を忘れまいと降下し、地面に着地。
猛暑の中、何とか墜落した機体へと辿り着き、半分砂にめり込んだ入口を見つけた。何とか入口を開けると、夏場のパチンコ屋の前で感じる様な冷気が体を包んだ。
万が一船機体不時着した場合に1週間は遭難しても問題ないように食料の備蓄と、サバイバル道具一式が船に積まれており、幸いな事に全て無事な状態で残っていた。また、船の電力も残っているようで外の猛暑を防ぐ事は可能なようだ。期待の内部損傷も無いようであった。
「オーヴェル。外の気温と船の電気残量は?」
「はーい♡外の気温は45度!残りの電力は、照明と冷房のみで連続稼働は36時間だょ!」
「45度!?電力についてもどうにかならないのか…」
「太陽光発電が可能だから、電力に問題は無いよ♪ちなみにこの指輪も太陽光発電だょ!」
(なるほど、衣食住はとりあえず確保か...。しかし、この猛暑の中、1時間も歩けば倒れるぞ?)
「外を出歩くための装備はないのか?」
「うーん...。残念ながら猛暑は想定外だよぉT^T。救助を待つか、周囲を散策するしか無さそうだね。」
電子機器の電波は繋がらず圏外となっていた。まぁ、外国ならば仕方ない。外国の語学が達者ではないため、例え人がいても日本語と英語以外の言語圏だと一発アウトである。また、金も金品も無いため例えばここがエジプト砂漠であれば帰る手段すら無い。まぁ、機体に発信器がついているだろうし何とかなるのでは無いかと思うところもあった。しかし、ここに人がいつ来るかについては予想がつかない。食料問題を解決しなければ先はないことは明らかである。
兎にも角にも衣食住の確保が出来たため、今度は周囲の探索を行うことにした。見渡す限りの砂漠。サボテンに似たような植物がチラホラと生えていた。そもそも、普通の砂漠にサボテンは生えてるのか?そんなことを考えながら少しづつ周囲を見て回った。
結論、最初に見つけた遠くの森?建物?以外にはまともなものが無い事がわかった。救助を待とうにも通信手段がない。ただ口を開けていても餌を放り込んでくれる人などいないため、食料を食い潰す前に移動するしか無いような状況である。しかしながらこの猛暑。目的地まで徒歩で移動すれば救助持たずに倒れるだろう。ということもあり、この死の道を率先して歩むことは憚られた。
「なぁ、艦外用の防熱対策方法は無いのか?」
「そうだねー。防寒対策はバッチリだけど、暑さはどうにもならないね(><)。ひとつあるとすれば、この船を浮かせて目的地近くまで持っていくことかな...。電力全てを使い切っちゃう事になるけど。」
「背に腹はかえられないか。それにこの脱出艦、自力でまだ動けたのか...。もっと早く言ってくれれば良かったものを」
「この船を動かす電力がやっと溜まったんだょ。善は急げ!動かすよ!私を元の指輪ホルダーに置いてね。」
暫くすると、最低限稼働していたシステムが一斉に起き上がり懐かしいエンジン音と共に上昇した。そして、ゆっくりと低空飛行を始め目的地へと移動を始めた。
着陸から5日目。
目的地からはまだ離れているが、人工物を見つけた。そこにあったものは大量の太陽光発電装置と無人の塔のみであった。人工物を見つけた当初は一縷の希望を持っていたが、人を探しても見当たらず、お手上げ状態となってしまった。
残されたのは僅かな食料。特に問題なのは水不足である。海での遭難を想定してろ過装置があるものの、ここは砂漠。飲めるものも食べるものも存在しない。いつ来るとも分からない人を待って飢え死にするか、残り日数で貯めた電力でラストフライトを行うかの2択を迫られることとなった。
ちなみに、水分に関してはとっくに底をついていたのだが、サボテンのような植物から水分を抽出して難を逃れていた。(AI診断的には葉に毒素はないそうだ。)
着陸から7日目。
ovelからひとつの提案が挙がった。
「電力の問題でフライトは十分に出来ないょ。最終手段で、残った電力を使って狼煙を挙げることが出来るよ!もし近くに人がいれば気づいてくれるかも?」
「そういう話はギリギリではなく早めに言ってくれ...。ただ待つのも闇雲に動くのもどちらも変わらないなら、藁にでも縋る気持ちで...狼煙を頼む。」
「りょうかーい♡力になれなくてゴメンねT-T。暫くはスリープモードになるから、もし困ったことがあればいつでも私を呼んでね♡」
「気にするな」
少なく言葉を交わし、程なくして船から煙が大量に挙げられた。いくら冷房が効いてようが、食べ物が無ければ人は死ぬ。移動しようにも暑さで倒れる。落下地点に居続けた方が良いのか今となっては分からない。最後の食料は先程食べ終えた。元々少ない食料を1週間に引き伸ばしていたため、既に空腹である。
.........。
...。
砂漠の植物は加熱すると水のように無くなる不思議な性質を持っており、食べることは叶わなかった。かと言って水として飲める分も少なく食事とはかけ離れたものである。
さらに一日経過する。
昨日上げた狼煙という僅かな期待も2回目の夜がふける事で雲散霧消しつつある。人工物はあるが、人の気配は全くない。生き物の気配すらないのだから不気味そのものである。
電力が尽きるまで煙を炊き続けるように指示したものの、誰も見てないのでは無いか?という疑念は拭いきれない。ここ数日は夜間に探索を行い、明るくなると船に引きこもっていたが、この日だけは散策する気力もなく、船の傍で仰向けで寝転んだ。正直空腹と孤独感で今にも意識を失いそうである。このまま寝たら心地は良さそうだが、目覚める自身がなかった。生きることを諦めた訳では無い。しかし、形の無い絶望が手招きしている感覚が脳裏に度々よぎっていた。
嫌な考えを遮るように空を仰ぐ。
すると、今までの考えが吹き飛ぶような光景が眼前に拡がっていた。
星降る夜。
その言葉がまさに絵に描いたように、現実に、眼前に拡がっている。
都会からほんの少し離れた高台からでも、こんな光景は一生かけても見れなかっただろう。黄金に輝く星々が線を描くように降り注ぎ、姿を現しては消えて行く。時と場所が違えば思わず涙を流していたかもしれない。それほどに、全ての意識が空の光景に切り取られてしまった。
これだけ星が流れているのだから、1つくらいは願い事を叶えてくれるだろうか。
空腹を紛らわせるように想像する。
もし生まれ変わってもこの記憶が残るのなら、自分は何をしたいのだろうか。
薄れていく景色の中、自問自答する。
自分は今まで何をしてこれたのだろうか。
今までに手から零れてきた数々の幸せを、これから見つけるかもしれない幸せを、ひと握りでも守れるようになりたい。
力無く握った拳では何ひとつ成し遂げることは出来ないが、心だけは諦めずに前だけを向こうとそう決めている。
(さぁ、明日は何をしようか。)
街灯どころか、周囲には光を放つものは何ひとつとして存在しない。冷たい風が頬を撫でる。激しく移り変わる空模様とは裏腹に、恐怖を感じるほどの静寂。乾いた空気に声は掠れ、身体は起き上がることを拒んでいる。
(今日はこのまま寝てしまおうか。日が昇る前に目をさませば、何とかこのままでも乗り切れるだろう。)
この幻想的で悪夢のような現実は、醒めることは無い。しかし、朦朧とする意識の中では現実と夢との境界線は曖昧なものになってしまう。次に目が醒めると暖かい布団の中で、止め損ねた目覚まし時計が景気よく朝を知らせてくれているかもしれない。砂煙の僅かな音を子守唄に次第に"本当"の夢の世界へと堕ちてゆく。
宇宙に旅立ち、トラブルに巻き込まれ、砂漠でのサバイバルを余儀なくされるなんてきっと生まれ変わっても体験できないことだろう。ある意味では珍しい体験が出来たことはちっぽけな人生としては悪くないんじゃ無いだろうか。
夜なのにカラッとした暑さ。
薄れていく意識。
時折吹く少し冷たい風。
砂を踏む足音。
ゆっくりと目を閉じた。
(待て、足音?)
消えかけていた意識を何とか呼び戻し、音の主を探した。
すると、目の前には1人の女性が立っていた。
「やぁ。やっと見つけたぞ。」
月の光に反射して、凛と輝く銀髪に白いワンピース。逆光かつメガネに隠れて表情は見て取れなかったが、少し高揚し上振った声で彼女はそう呟いた。