第4話 夜空での出来事
「なんだと?レーダにはもっと早くに反応しなかったのか?」
「反応しなかったというよりも、突然現れたというか。とにかくこのままでは20分後に衝突します。」
「船の軌道は変えられんのか?宇宙ゴミとの衝突対策に緊急回避の機能があったろう?」
「もう試してます。が、こっちに向かっているものはひとつでは無いんですよ。進路予測が難しく、回避体制には入ってますが安全とは言いきれません。もう少し接近したら本体をモニタに出せます。.........来た。映します。」
そう言ってツツジはモニタを指さした。
「なんだぁ?」
「これは...探査機?」
「そうみてぇだが、こりゃ驚いた。消失したはずの探査機じゃねぇか。しかも10年も前の型だぞ。俺がまだペーペーの頃に整備してたからよーく覚えてる。なんでこのタイミングで、こんな所に?」
「それは分かりません。月の周りをずっと周回でもしてたのでしょうか?」
「そんなことあるかよ。第一、ならなんでこっちに向かって来てるんだ!?正体は分かったが、無人探査機の方が接近スピードがはえぇ。念の為、脱出艦の利用も頭に入れて対処するぞ。」
「了解です。」
「おい、お前さんは脱出艦の中で待機しといてくれ。万が一にでも衝突しちまったら即死だからよ。脱出艦は本艦より頑丈に出来てるし、1週間は酸素と食料があるからなんとかなるさ。俺らはギリギリまで、この船を守る。大事な資料やら資源が積んであるからな。」
間髪入れずに声を張り上げる。
「ツツジ!念の為、脱出艦に詰めるだけ荷物を格納しておけ。自動で地球に帰るようにも設定をホットスタンバイにしておくように。」
「このタイミングで無茶言いますね。分かりました。善処しますよ。操縦はマニュアルに切り替えます。艦長、操縦は任せましたよ。」
「分かってるよ。さぁ、急げぇ!」
緊急時の対処方法は流石プロという手際で各自行動に移った。なんだかんだとしているうちに、ツツジに案内されて脱出艦へ避難を完了させた。
「安心してください。ここにいればとりあえずは安全です。合図するまではベルトをしておいて下さいね。基本はAIがサポートしてくれます。AIは月面作業者のバイタルから次のとるべき行動をアシストする目的で作られているので、健康管理面の機能が多いですし、開発者の趣味でちょっと変な所もありますがきっと役立つはずです。」
「分かりました。ツツジさんもお気をつけて。」
「えぇ...。また後で。」
そう言ってツツジは別の脱出艦へ荷物の積み込み作業へ移った。
脱出艦の内装は、1人用の操縦席とその後ろに寝っ転がれるスペース、簡易トイレの個室が着いているだけの間取りであった。元は月面作業用の機械を改造したようで、最低限の大きさと最大限の強度を追求した結果、一人乗りになっているようだ。
(AIと言ってたが、これか?)
目の前に操縦用のコントローラーと、ボタンが並んでいる中に電源ボタンのようなものがあり「open up」とラベルが貼られていた。
ボタンを押すと、どこか懐かしいパソコンの起動音とともに目の前のモニタに妖精のような見た目の女の子が表示された。
「こんにちは。私はAIのovel。貴方の地球までの帰還をサポートするょ♪基本的には音声で会話できるけど、上手く行かない時は手元のキーボードで文章を入れてね。今は待機モードなので、システムは最低限の機能のみ稼働してるょ♪」
(なんだこれ?)
ツツジの言っていた開発者の趣味とはこのことだろう。アニメのような、リアルに近い合成音声のような声で再生された声と、それに合わせて身振り手振りをしている。現代においてAI自体はポピュラーであり、音声認識と解析、音声出力する機能は世間一般的にも浸透するレベルになっている。自身をAI学習させてAIとは気づかせずに電話の受け答えを任せたりするなんてことも可能である。AIそのものについてというよりも、このAIのビジュアルの緊急感の無さに面食らっていた。"緊急時"にしか動作しないはずのシステムにしては少々遊びがすぎる気もするが、思考はは無線の声にかき消された。
ヒノキから無線が入る。
「各位、いい報告と悪い報告がある。まずは悪い方からだ。本艦はこのままでは接近する探査機と衝突を間逃れない。物資の積載量の問題で、軌道が変えられる範囲が狭く、”かする”程度は避けられん。操縦室と脱出艦、物資のある倉庫を切り離せば何とかなるかもしれんので、今から切り離し作業に移る。切り離し後は個々に地球に向かうので心配は無用だ。脱出艦の方はAIがサポートしてくれる。ツツジ、お前も脱出艦で待機しろ。俺は切り離し作業しなきゃならんから本艦に残る!
次にいい報告だ!接近する探査機は、まだ生きてる!太陽系周辺の記録を取っていたもので、地球に戻れば今回の調査の結論が出せるかもしれない。リモートアクセスでなんとか制御出来ないか試みる。こんだけ年数が経ってまだシステムが生きてるのは驚きだぜ。」
「了解です。……艦長どうかご無事で。」
「おう、来るぞ!!」
「彼方さん、残念ながらお互いの通信は機体が繋がってないと出来ません。脱出艦側は機体が切り離されて時間経過で個々に射出されます。私との通信もあと数分で途絶えます。次会うのは地球になりますね。」
心配させまいと掛けられた声は少し震え気味で、それを押し殺している姿が容易に想像ついた。
「はい。こっちは大丈夫ですよ。不測の事態は何事にも付き物ですからね。ではまた地球で。」
数分後、予告通り脱出艦は個々に射出され、文字通り一人孤独な世界へと放り出される形となった。
目下には離れていく月。機体と少し離れた所にバラバラと分裂した機体があり、その隙間を縫うように探査機が通過するのが見て取れた。
本艦もなんとか帰路に着いたようで、目視できる範囲では九死に一生助かったという風に見える。
「これより地球への帰還ルートを決定するょ♪」
気の抜けたアナウンスが流れ、緊張の糸が解れる。なんとか落ち着いたようで、首筋を一筋の汗が落ちてゆく。その粒が流れ落ちた直後、
━━ 目の前に、突然、新たな探査機が姿を現した。