第3話 月面旅行という名の
月に到着した。
厳密に言うと月にある開発ステーションに宇宙船が連結し、通路を渡って談話室のような場所に立っている。
まだ月の土を踏んだわけでも無ければ、本格的な無重力体験をした訳でもない。宇宙船もステーションも重力装置が働いているため、多少体の不安定さはあるものの、普段の生活とあまり変わらない宇宙生活を送っていた。想像していた水が浮くみたいなこともお目にかかれていない。技術の進歩に伴い宇宙に日常が侵食してしまった勿体なさを感じる。
事前説明されていたカリキュラムは3つ。
・月面散歩!月に足跡を残そう!
・月の資源採掘見学!新たなエネルギー資源とは?
・月面生活!宇宙での日常を体験!
降り立ってすぐだが、ここからはダイジェストでこの1週間の出来事を紹介しよう。
■月面散歩!月に足跡を残そう!
月に到着するなり、人手が不足していると開発ステーション周辺の補強作業の手伝いに駆り出され、月に足跡をつけるどころかそこら中が足跡だらけになるほど働かされた。
物品の運搬、補強工事、ステーション内部の掃除と雑用兼作業員をまるまる3日も続けることになった。
体力にはそれなりに自信があったものの、長旅の疲れもあってなのか、気を使わなくてもいい生活のお陰なのか、連日倒れるように眠ることとなった。
問題はタダ働きさせられたことくらいだ。
■月の資源採掘見学!新たなエネルギー資源とは?
資源の採掘作業にまで駆り出された。
実際にエネルギーとなるものは月面の砂に付着したヘリウムなんとかという物質らしい。てっきり穴でも掘るものかと思っていたが、実際は月面を専用車両で走り回って砂をかき集めるらしい。
運転自体はAIが行うが、たまに小さな岩や溝にハマってしまうらしく、手動運転を人がする必要があるそうだ。で、月には道路交通法なんてものはないからと無免許の人間がエネルギー収集車を運転して資源の採取に明け暮れることとなった。
右も左も分からない。宇宙服が故障すれば息ができない。一歩間違えたら死と隣合わせの世界にも慣れてしまうもので、作業3日目にはマニュアルを見ずに簡単な操縦まで出来てしまうのだから人の適応力とは凄まじい。
6日間のイベントという名のお手伝いさん作業も終わりを迎え、いよいよ月面最終日を迎えた。
問題はタダ働きさせられたことくらい。
■月面生活!宇宙の日常を体験!
月面生活最終日。ここまで来るとどんな事務作業を任せられるのかと思ったら1日自由行動が許可された。
クルーが慌ただしくしている所をみるに、面倒を見る暇もないということだろうか。初日に別れた船員の「ヒノキ」と「ツツジ」も見かけたが、声をかける間もなくどこかへと姿を消してしまった。
作業の合間にステーションを探検し尽くしてしまい、立ち入り可能なステーション内施設は途端に狭く感じた。1人手持ち無沙汰に月面を眺めることに従事している。
ダイジェスト回想終わり。
どこかに行きたかった自分は「月」にいる。思っていた形とは違えど、日常と違う時間は有意義で余計な悩みは無かった。
これから地球に帰って、またいつもの生活に戻ることになるが、何か変わることは出来ただろうか。元の生活と言っても、何もかも今までとは違う環境に身を置くことには変わりない。またここに来ることもあるだろう。慌ただしくも短い1週間は瞬く間に過ぎ去り、見慣れた手狭な天井に別れを告げて眠りについた。
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"...三・二・ー"
開発ステーションからシャトルへと乗り込み、出発のカウントダウンと共に地球への帰路へとついた。昨晩と同じ感想で申し訳ないが、なんともあっという間の1週間である。得たもの以上に喪失感があることは良いことなのだろうか。
月を離れ、宇宙船が安定したところでヒノキが話しかけてきた。
「おう、月面生活はどうどった?あんま話す暇がなかったが楽しいもんだっただろぅ?」
「そうですね。思うところはあれど、来れてよかったと心から思いますよ。そちらの調査はどうだったんです?探査機が消える?ようなものは」
「あぁ...。結論から言うと解明は出来なかった。月付近の物質の通過記録ってのが残っているんだが、ある特定の場所を通過すると、ぷっつり途絶えてんだ。そう、まるでどこかに瞬間移動しちまったみたいにな。こんな地球に近い場所で転移が起こるなんてことは考えられねぇが、記録として残っているもんはどうにもならねぇ。まぁ、何も分からないことと、発生している現象は突き止めることができたから来たことは無駄ではなかったとしてぇがな。あ、これは秘密な。」
「不思議な事もあるものですね」
「ところで、お前、地球に帰ったら何をするんだ?経歴を見せてもらったが、楽な生活はして無かったみてぇじゃねぇか。あと、それはそれとして、今回の事を訴えたりはしないでくれよ。」
「一応住み込みで働かせて貰えるみたいです。また宇宙に来たいと本心で思っていますし、今回のことをどうこうなんてしないですよ。実際に月で仕事をしてみて、意外と自分の性に合ってる気もしました。タダ働きはどうかと思いますが…でも、それ以上の経験が出来たので文句は無いです。」
「そうか、ならまた会うこともありそうだな。まぁなんだ。せっかくの縁だから、俺の連絡先を教えておくよ。困り事とかあれば、言ってくれ。実のところお前さんの仕事っぷりはモニタ越しに見ててな。お前さんは、回り回って評価されるタイプだと俺は思ってるよ。」
「ありがとうございます。その時は宜しくお願いしますね。」
そこから少し雑談をした後に、ヒノキはツツジに声をかけた。
「おい、ツツジ。お前も黙ってないでこっちに…」
と言いかけると同時に、声を1度も聞いたことが無かった20代後半辺りにも見える好青年風な副艦長ツツジが、想像していたよりも少し高い声でヒノキを呼んだ。爽やかボイスと言った方が良かっただろうか。
「艦長!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!何かがこっちに向かって飛んできます。」