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遠く離れた未来の果てで、  作者: 豆狸
知識の国編 1章 邂逅
3/13

第2話 星を見下ろす少年

"月にいってみませんか?"

"今なら抽選5名を宇宙旅行へご招待!"

"応募は こちら から。"


SNSのプロモーションで流れてきたいかにも怪しい広告のリンクを偶然クリックしてしまった。


開いたページには簡単な概要と電話番号だけ記載された簡素なもので、無駄な広告もない珍しいものだった。

特に目を引いた内容として、長期間の催しとなるため現地で作業支援してもらえる方には住み込みでの事前教育。場合によってはそのまま就職先の斡旋までするという至れり尽くせりな内容であった。職歴不問、卒業見込みの学生可。応募条件も満たしている。電話番号をネットで検索したところ、よく知っている場所を示していた。


「宇宙航空技術開発機構…JATA…」


宇宙開発の先端を走る会社が本当にこの企画を行っているのだろうか?諸事情でこの会社については少し知識がある。真偽のほどは別口でまた確認すればいいと思いつつ興味本位で通話をかけた。


……


(やっぱり偽情報か?)


...ガチャ 「はい、こちらJATA受付です。」


「あ、あのネット広告で月に行ってみませんかという広告を見たのですがこの電話であってます?」


遠くで「あの広告で電話かけて来る人いるんだな」と聞こえた気がした。


「えっ…あ、あってますよ!希望者ですか!?」


「はい...。」


「えっと、お名前をよろしいですか?」


「彼方です。彼方、遥。」


「彼方…さんですね。選考が明日までなのですが、急で申し訳ないのですがこちらに来ることは出来ますか?」


「明日...ですか。わかりました。」


「では...


ーーーーーーーーーーーーーーー


半信半疑にかけた電話は「JATA」へと繋がり、驚くほどスムーズにツアー兼住み込みバイトの手続きへと進んだ。どうやら全て本物らしい。久々にやってきたJATAはあいも変わらず忙しそうに右往左往する人が多い。例の意味深な広告も低予算が故の産物なんだとか。翌日の訪問はすんなり終わり、諸々の書類手続きや契約を進めていると、気がつけば出発前日の夜になっていた。


学校は特別に卒業証明を貰え、住まわせてもらっていた家族にも事情を説明し理解をして貰えた。住み込みで働くつもりなので、これからは自立して生活するつもりだ。財布事情に関して言えば1人で生きるには最低限確保出来ている。むしろ、学生の身分に分不相応な額を持っていると言っても過言では無い。


今は出発前日の23時頃。

今まで拠点を転々としてきた身としてもこの新天地へ赴く前日というのは慣れることはない。若干の緊張に冴えた頭で、ここでの暮らしを一通りの振り返りを終えたところである。この天井を見るのも最後かとぼんやり考えているうちに、この家での最後の夜は瞼とともに幕を閉じた。


翌日、2年ほど住まわせてもらっていた母姉家族には、涙ながらに見送りをして貰えた。本当にこの家族には感謝しかない。学生の自分が返せるものなど無いのは分かっているが、感謝の手紙とバイトで貯めた今までの食費相当のお金を気持ちほど置いていった。直接渡されると嫌がるだろうからと、自分の部屋の机にまとめて置く形にしている。こっそりと凛花(娘)さんには伝えていて、猛反発は食らったがなんとか納得してもらった形である。後で怒られるかもしれないが、きっと要領のいい彼女のことなので何とかするのだろう。申し訳ないとは思うが…。


その娘である凛花さんはと言うと、口数が多い方では無かったが、最近やっと打ち解けられてきた気がしている。

彼女からは餞別にと少し高めなナイフや、ドライバーにもなる多機能ツールを貰った。普段からものづくりやらをコソコソしていたことを知っていたのだろうが、この男心をくすぐるチョイスには思わず惚れてしまいそうである。

茶髪で少し癖毛なのかボリュームのあるミディアムに、黒緑色の伊達眼鏡で緩めな服を愛用している彼女であるが、彼氏がいるかは定かではない。目が悪い訳では無いが人との距離を置くために眼鏡でガードしているのだとか。

あと、一応断っておくがひとつ屋根の下で生活していた訳ではなく、職場の2階に住まわせてもらっていて、彼女らの家は近所にある。仕事の前後でたわいもない話をしたり、たまに彼女の愚痴みたいなものを聞く程度。距離感としては仲のいい女友達と言ったところである。こんな変な男が、住む場所は違えど、身近住み着いていたら困ることも多かったのではないかと今では思う。そんな素振りはなかったので杞憂であればと切に願うばかりだ。


母姉宅の前にタクシーが到着した。

人生で下げたことがないような角度でお辞儀をしつつ、アメリカンなおじさん、おばさんの抱擁に温かさと戸惑いを覚えつつも別れの儀は幕を閉じる。

凛花さんは別れ際には無表情で時折微笑見かけてくれていたが、内心は読み取れなかった。出発したタクシーが見えなった途端に泣き崩れたという事実は未来永劫知る由もないことである。


ーーーーーーーーーーーーーーー


JATAに到着してからはあっという間に時間が過ぎた。

住み込みバイトが本格的に始まるのは、地球への帰還後ということで、フライトに関する勉強と月面で行われている作業についての説明を受けて過ごした。何故かやけに詳しく。


ここに来た当初は参加者と思わしき人が何人かいたものの、諸事情があるとかで人が減ってゆき、最終参加者は自分一人となっていた。途中で適正検査や簡単な試験があり、そこで振るいに落とされたのか、はたまた別の事情があるのかは、またまた知る由もなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


あれこれ疑問に思うことはあれど、ほかの選択肢が思いつかないまま、フライト当日をむかえた。

コックピットへと入り込むと、船員は3名。ベテラン風な操縦士の「ヒノキ」さんと、その補佐「ツツジ」さん、そして自分。木のいい匂いがしそうだが、男3人。フレグランスな香りは一切無かった。船内は想像していた宇宙船と言うよりは潜水艦のような内装だった。まぁ、潜水艦に乗ったことも無いのであくまでイメージである。


"...三・二・ー"


席に座って数分。テレビでよく見たカウントダウンの末、轟音と共に空を飛び越え宇宙へと進んだ。技術の進歩とは凄いもので、音は激しいものの船内の揺れは少なくむしろ快適な程落ち着いていた。飛行機の離着陸と大差ないと言えば伝わるだろうか。


大気圏を過ぎた辺りで「ヒノキ」が席を立ち、こちらに歩いてきた。


「もうベルトは外していいぞ。それよりほら、外を見てみな。この景色を直接見ることができるのは俺たちだけの特権だぞ。」


ベルトを外し、窓の外を眺めると巨大な惑星が眼下にあった。


地球は青かったとはよく言ったもので、まさに青い星。逃げ出したかった居場所でも、外から見るとこうも美しいものかと思わざるを得なかった。


「それにしても、よくこの旅に参加したな。他の奴らは挑戦する事を知らない。まぁ、安全と危険を天秤にかけりゃぁ参加する方が変人なのかもしれんがなぁ」


「それはどういう意味で…?」


「なんだ?説明担当から聞かなかったのか?宇宙の旅が安全なんてことはねぇよ。この旅だって一部の人に公開された求人で、更に参加者の経歴やらを元に情報漏洩や色々な意味で影響が少ない人間を選出したと聞いていたが。しかも、最近は色々と問題が続いていてよぉ。それを聞いちまった参加者は、みんないなくなっちまった。」


「聞いてないどころか、確認したのにそんなこと一言も話がなかったですよ…。100%安全だとは思ってないですが、情報共有が無いという事実が1番驚きです…。」


「なるほどぉ。会社的には1人でも渡航実績が欲しかったというオチかもしれねぇなぁ。まぁ、お前さん横のつながりが無い一人参加だったということもあるだろぅが。どおりで大気圏抜けるまでは緊張してるから声掛けないようになんて命令が出たわけだ。無事帰ることができれば良し。帰って来れなくても問題は無いってこったな。俺たち乗組員は遺書を書かされてるが、お前も書いておくか?」


「笑えない冗談ですね...。」


「まぁ、そんなに心配すんな。宇宙はこれで三度目だが、こうしてピンピンしてんだ。それに、この船には脱出艦も備わってる。一人乗りが三台で途中下車したいやつは勝手に地球へ連れて帰ってくれるらしいぞ。使ったこたぁねぇがな。何にしても来ちまったからには腹ァ括るこったな。」


強面に無精髭を生やし、いかにも職人気質な見た目の彼は、自慢のあごひげを撫でながらガハガハ笑いつつそう言い放った。某魔法の世界の森の番人を連想させる彼からは、憎めない何かを感じる。「ツツリッドさん」である。そんな小ボケは心にしまっておいて話を続ける。


「覚悟なら最初から出来てますよ。胡散臭い話だとは思っていたので何かしら問題は起こることは想定済みです。まさかこんなにも早くに訪れるとは考えていませんでしたが。」


「なら話は早えぇ。…次の話、本題に移ろうか」


にこやかに受け答えしていた"ヒノキ"は表情を怪訝なものに一変させ、重く話を始めた。


「結論から言おう。この月への旅行にはもう1つ目的がある。それは、無人探査機消失問題の調査だ。ここ数ヶ月の間、月付近で無人探査機の制御が出来なくなり消息を断つ問題が多発していてな。月の資源だけでなく、中にはほかの惑星の資源を積んだものや採集に向かうものが含まれていたんだ。そんで、なんとか回収を試みたいんだが国は不確実かつ目処が立たないものには投資を控えるような動きをしてるもんだから、宇宙旅行と銘打って投資費用を回収しつつ調査をしようとしてるって訳だ。」


一呼吸置き、咳払いをひとつ。


「あ、最後のは言わなくていいんだった。まぁ忘れてくれ。月のステーションには何人かクルーがいるから、お前さんは楽しく月面観光をしてもらえばいい。ただ、月近辺の調査に1週間ほどかかる予定だ。申し訳ないが、2泊3日の旅行は機器トラブルによって1週間に延長だということで宜しく頼むよ。」


最終的にトラブルの原因はツアーと同時進行で行われたエネルギー資源採掘用の機器の故障。再稼働に時間を要したことに起因し、その後、機器の問題はなく安全も確保されていた。という事でと、付け加えて操縦席へと戻った。


(ほぼ一方的に話して去っていったな...)


そんなことを考えつつ、少年は眼下の青い惑星が小さくなっていくのを眺めていた。

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