第1話 星を見上げる少年
夜空を眺めるのが好きだ。
どこに居ても変わらずそこにある、身近な別世界。暗闇の中に輝く星々は都会の煌めきよりも美しく純粋で、昼間の陽の光よりも優しく寂しい。星について語るほどのエピソードを持ち合わせている訳でも無いが、何となく近所の高台に登って夜空を眺めるのが日課となっていた。
小さい頃、誰かに教えてもらったオリオン座に北斗七星。あとは理科の教科書に載っていた夏の大三角。何もなしに分かるのはその程度の星々だけである。
「………」
親戚の家々をタライ回しにされる生活はいつからだっただろうか。
両親は宇宙飛行士で少し名の知れた技術者でもあった。そんな彼らは何度目かのフライトで、いつも通り仲良く旅立ち宇宙空間での作業中に消息を絶った。残された自分はというと、親の残した遺産と共に親戚を転々とする暮らしを続けていた。「子供が出来たから」、「仕事で引っ越すから」、「経済的な事情で」理由は様々だが厄介払いするための口実が半分、やむなしな理由が半分であることは子供ながらに理解していた。普通の家庭において自分自身の存在そのものがイレギュラーであり扱いに困るのは至極真っ当である。引き取り先を考えてくれるだけでも皆優しい家族達だったと思う。
今住まわせて貰っているのは母方の姉の家で、自分と同い年の女の子とその親である彼女、そして旦那さんの3人家族+自分という形になっている。家業の飲食店の従業員を探していたらしく、住み込みで働かせて貰っている。有難いことに一部屋と朝晩の食事まで出してもらい、家族の一員のように扱って貰えている。
現状、住み込みのバイトで手に入る収益で最低限の生活は送れている。しかしながら明日どうなるかが分からない以上、学生の本分である勉強とは別に一人で生きていく為の術を身につける必要があった。様々な書籍やフィールドワーク、それらに足りない資金は別のアルバイトをこなす日々を繰り返している。
「宇宙に行けば何か変わるんだろうか」
前置きが少し長く自虐的になったような気もするが、ポツリとそう呟いたのはバイト帰りの午後0時。都心から少し離れ、遠くに夜景を一望できて星空も眺められる人気のないお気に入りの物見台で空を眺めている。木々のざわめきと、季節ごとに変わる生き物の鳴き声に耳を傾け、自身の五感に集中する。それだけの行為が自分にとってひとつのリフレッシュ手段となっていた。
また話は逸れるが、その昔、当時の保護者の勧めで通っていた習い事の教師に言われたことを思い出す。転校や生活環境の変化の疲れのためか、ボーッとしていると声をかけられた。
「なにを考えていた?」
「すみません、何も…」
怒られると思い肩を竦めると、教師は表情を和らげ肩を叩いた。
「ボーッとすることはいい事だ。大人になると出来なくなるし、何も考えない時間というのは気持ちの整理ができる。頑張れよ。」
唐突で、何気ない一言だったが、この言葉は今でも何故かよく覚えている。今でもこうして空を眺めているのはこの影響であることは間違いない。ちなみに、後で調べたところ、単にボーッとするだけでは逆に疲労が蓄積するようで、マインドフルネスのことをこの教師は言いたかったのかもしれないと今では思うようにしている(そこまで深く考えていなかったのかもしれないが…)。
そんな、たわいもない事を思い出しながら今日一日の終わりを感じていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は2080年。地球温暖化に伴いとうとう昼間は人がまともに生活できる気温を超えた。ここ日本でも昼間は冷却機器がなくてはならない存在となっていた。
生活に利用するインフラが冷却のために随所に大量なエネルギーを必要とするようになった結果、地球のエネルギー資源も枯渇の一途を辿る状況となる。
地球のエネルギー資源枯渇の対策として世界各国は月に存在する資源に目をつけ、多額の投資の元、宇宙開発が活発化していった。宇宙開発は無人探索機を基本としていたが、副産物的に人を乗せた有人飛行の技術も確立され、国の公共事業として月面旅行といった娯楽文化の立ち上げが計画されつつあった。
その最中、訓練を受けていない一般人を含めた、月面ツアー第1弾が宇宙開発の最先端にあった日本で秘密裏に行われることが決定した。