第16話 長い旅の終わりと始まり。
扉をくぐると、少し大きめなログハウスのような建物が現れた。
外と街の狭間。門の中ではあるが、森の中の隠れ家的な様相でほぼ木々に囲まれている。調和の取れた木々は、十分手入れされている。見たことがない花々が植えられており、周囲は木々の揺れる音しか聞こえない。
「到着じゃ」
一本道の廊下とは一変。
雰囲気は和やかなものへと変貌した。
玄関には帰宅を分かったいたかのように1人のメイドが頭を垂れていた。Theメイド服。クラシックでスカート丈が長い。身長はアリスと同じか高いくらい。白いカチューシャに白黒のメイド服。髪は黒髪。ショートで少しツリ目である。眉毛は細く整えられており、色白。全体的に顔も体型もお姉様タイプというのだろうか。詳しくないがそんなイメージである。年齢はそこまで高くもないが同い年よりは少し上辺りな印象である。
「どうじゃ?」
「特に問題はございません。」
「あやつは遥。砂漠で拾ってきた。今日からここに住んでもらうぞ。」
やや眉をひそめつつも、諦めの声色で「承知いたしました」と一言伝え去っていった。
「メイドがいる家だったとは...初めて見たな。」
「まぁ、昔からじゃよ。妾が消えた100年間ずっとの。強かで欲深く、しかし忠誠心は人一倍。そういうものらじゃ。まぁ、普通に接してもらって構わんよ。あの態度は趣味でやってるようなものだしの。」
そうこうしている間に家に入る直前、表札が目に入る。「有栖」。
ん?
今のいままで、彼女の名前はアリス-リンドウという英名だとばかり思っていた。身内からリィと呼ばれていたし、鼬娘達からはアリス様と呼ばれていたのでアリスは苗字だとは思っていたが、まさか和名だとは思いもよらなかった。つまり、彼女の名前は「有栖 リンドウ」いや、和名だとすると「有栖 竜胆」ということなのか?
「すまん、今更だが有栖 竜胆とはこういう字か?」
「なんじゃ、その通りじゃが。何を今さ…。あぁ、そういえば口頭で言っただけじゃったの。てっきり夢で知っているものかと…。」
「だからどうということは無いのだが、てっきり名前はアルファベット表記なのかと勝手に想像していた。申し訳ない。」
「いや、この名前はこの辺りでも珍しいからのぉ。気にせんでも良い。」
「なるほど、有栖 竜胆。この方がしっくりくるな。いい名前だと思う。本当に。」
そうかと、短く呟いて竜胆、は部屋の奥に進んで行った。
頭の中で勝手に英国令嬢のようなイメージを持っていたが、名前が変わると印象も変わるというか、日本のお嬢様に急にイメージチェンジした。名前とは不思議なものである。なんとなく頭の中ではアリスだったが、和名の苗字だと、急によそよそしく感じる。本人にも言われた通り、竜胆でもなく、リィと脳内回想させてもらう事にする。
話を戻して、部屋に1歩踏み入れた。
整理整頓が行き着いた内装。きらびやかな装飾こそ無いが、適度に本や、なにかの模型・花瓶などが整理整頓されていた。
気張らなくていい、過ごしやすい空間をあえて作っているような印象。しかし、このソファーや机は実は高価なものなのでは?というのが第一印象である。
後で聞いた話だが、家のあれこれはメイドたちの趣味によるもので、リィの部屋以外はほとんど手入れやレイアウトは任せているらしい。
さて、お茶でも出そうかの。
そういうと、先程のメイドが紅茶とお菓子を持ってきて和やかなティータイムが始まった。見た事がないチョコレートのような中身がトロッとしている果実のようなものが1番美味しく感じた。原料はとある果物らしいが、名前は書いたことが無かった。紅茶はストレート。らしいが、ほのかな甘みとレモンのような酸味。お菓子とよく合う。舌鼓を打っていると、玄関をノックする音が聞こえた。
「すみません。竜胆様。避役です。」
「おお、よく来たのぉ。」
「すみません。その、大切なお話が...」
そう言って顔を上げる。彼女と目が合った。
大きな丸メガネ。黒味の強い茶髪のお下げ。両サイドの肩から胸の辺りまで伸びており、結ってなければ相当長い髪かもしれない。頭にはどこか見覚えのある白髪で、赤メガネのデフォルメされたキャラクターのような髪飾りが引っ付いていた。服装は地雷系というかフリフリのリボンの着いたスカートに上着。色は茶色めで、フリルの装飾に対してパッと見の印象は地味である。しかし、よく見ると細かいところの色や服の形に拘りも感じる。彼女にとっての精一杯のおめかし姿なのかもしれない。あと、彼女もマロ眉である。ここまでメイドを除けば、化け物か、マッドサイエンティスト達かマロ眉系女子にしか出会っていない気がする。あと、アリスよりは身長が低く若干年下に見える。
彼女とは面識などないはずだが、目が会った瞬間に、まるでありえないものを見るかのように彼女の表情が強ばる。
「あの...、あの方はどなたでしょうか?」
一瞬強ばる顔を元に戻し、丁寧に問いかける。
「あぁ、砂漠で拾った」
「なるほど...すみません、今日はこれを渡しに来ただけですので、これでお邪魔します。」
例のものです。と添えて足場に去って行った。
「いつもは何かと居座郎とするのじゃが、今日はお主がおったからかの?大事な話はこの事じゃろうが。」
とアリスは紙袋をかかげる。どう見ても様子がおかしかったが、こういう人の機微に疎いのかもしれない。そう、それはまるで幽霊でも見たような反応だった。しかし、客人が居ることもあるだろうに、あの反応。どうも腑に落ちなかった。
兎も角じゃ。とアリスは場を仕切り直す。
「部屋は後で案内する。共同生活となるが細かいルールは困った時につくるとしよう。3食はなるべく一緒にここで食べること。外出は慣れるまでは妾と同伴じゃ。子供の扱いのようですまぬが、これもお主を守るためだと思ってくれ。」
続ける。
「風呂場などは共用じゃがメイドたちは離れに住んでそっちを使っておる。お主と妾はこの家のものを使うこと。離れは男禁制らしいからのぉ。覗くんじゃないぞ?」
少しニヤニヤしながらつついてきた。当の本人の方が覗きをしそうな雰囲気である。
「もうひとつ、大事な話じゃ。忘れておるかもしれんが秘書業務について話しておこう。こう見えてというか、知っておるとは思うがメイド達は別に雇用してはおらぬ。勝手に住み着いて勝手に家賃を払っておる家主は一応妾なんじゃがの…。」
「なにもここは企業という訳でもなければ雇用契約もない。ゆえに、自由な職場という訳じゃな。やって貰いたい仕事は色々とあるが、そうじゃな。」
思案しているように演技してるが多分元々決めたいたことだろう。あえて間を置いて続ける。
「近いうちにとある事情で旅に出る必要がある。まずはそのための準備をして欲しい。最低限、この世界の常識を知ること。そう、この教本をまずは数日かけて読んで欲しい。その間は特に仕事は依頼せぬ。まぁ、読み終わる頃には旅が始まっておるかもしれんがな。」
「了解だ。なにかしなくてもいいのか?」
「妾も身の回りの事はメイド達に任せておるというか、勝手に仕事が終わっておるでの。勉強もまた仕事ということじゃな。金銭面について気になるのであれば、お主の乗っていた船の積荷を運ぶと言ったがあれらは先に見つけた者が所有して良い決まりとなっておる。その第一人者はお主じゃ。それを国に収めるか闇に流すか、それも好きにできるが、どうする。」
「もともと自分のものではないからな。好きにしてくれ。」
「そうか。では、一通りは国へ受け渡しつつ中の積荷を一部拝借させてもらおうかの。それで一時的な金銭面は十分じゃ。」
「その、ありs、リィさん。」
「リィでよい。メイド達の前でもの。」
「リィ、元々秘書という話だったが、リィ自身はどう言った仕事をしているんだ?」
「一言で言うと、相談役じゃな。国から色々な厄介事の手伝いをさせられておる。というのは表向きで、本質的なところは未来で起こる厄災の予防。その裏方と言ったところかの。もちろん、未来のことなど決まったことはない。しかし、過去の情報から推測できることも多い。まずは直近の自国問題。次は近隣諸国を含めたとある問題の対処が必要になる。その先は、まぁ先の話すぎるからの。一旦はその2つが主なやるべきことじゃな。仕事というよりは自分のためにやっておることじゃが。」
「とりあえずは数日、ここで教本を理解することじゃ。お主の理解度も気になるしの。」
ここにいる間は家族じゃ。衣食住最低限は保証されておる。まぁひとまず何か必要なものがあればメイドに伝えると良い。しかし、金が無いわけではないのじゃが、今度なにか拾った時は自分で面倒見るようにさっきのメイドに灸を据えられておるからの...まぁまずは自由に過ごして構わん。」
「あと、部屋は2階じゃ。後で案内するから、まずはここで待っておれ。教本はこれじゃ。」
「ちょっと席を外すでの。また、後で戻る。」
そういうと、自室に戻って行った。
さて、部屋を物色するのも気が引けるため、まずは教本を手に取った。分厚い教本かと思いきや、辞書の半分程度である。
本に手を触れる。
すると、頭の中にこの本の読み方が入ってきた。
なるほど、本自体の内容は公式や結果。ものの名前や事象の説明などほぼ結論。こういうものであるという話だけがまとまっている。そして、それに至るまでの最低限のプロセスはページを捲る事に頭に入ってくる。勉強のなかで必要なプロセスの理解と記憶が自動化されており、応用や原理というところが大きく省略されている。
例えばだが、薬品AとBを組み合わせるとどうなるのかは書いてあっても、それが何故かは記載されていない。また、どういう組み合わせは良くないのかも例示してあるが原理までは明かされていない。ただし日常的に利用する範囲での例示が豊富で確かに生きるには困らない最低限が網羅されているようには見えた。とてつもなく効率的かつ現実的な教本である。たしかにこれがあればこの世界の知識レベルは最低限どころか高水準に保たれる。しかも、興味のある分野は仕事をすることで代価として知識が得られる仕組みはある意味理にかなっている。今まで本を読み漁っていた苦労というものがこの本には存在しない。
数ページダイジェストで確認した限り、この教本で理解できないことはなかった。というよりも、勝手に頭が理解した。なまじ、物事の原理も部分的には理解している分、情報の吸収速度もその比ではない。理解はできたが、マナの使い方など感覚で語られている部分について、いわゆるこの世界の住人特有の話については理解はできても実生活になにか使えるというわけでは無さそうであった。
「どんな感じじゃ。」
「あぁこの分には2、3日あれば読破できそうだ。というか、勝手に頭に入ってくるから読んでいるという感覚がないな。」
暗〇パンである。
「なるほど、そうなるのじゃな。」
なにやら問診的な紙に書き込んでいる。
「すまぬ、一応記録じゃ。形としての記録を残すことは将来の何よりの遺産となる。とくにお主のような例は稀じゃからの。その昔も同じようにお主のような来訪者が来たようじゃが、あまり記録がなくての。その時期は今のように教本もない時代じゃったらしい。」
逆に言うと、同じ境遇の人は今はいないということでもあった。
「であれば、3日後。少し街でも行こうかの。それまではまずここでの生活に慣れて貰おう。」
そうして、有栖 竜胆及びメイド数名(まだ1人しか出会っていないが)との生活が始まった。
メイド長とのやり取りなどはまた別の機会にでもさせてもらおう。
やっと少し気持ちを落ち着かせることができる日々がはじまった。
はずであった。




