第14話 女神と死神
なにはともあれ、砂漠に落ちてから1週間。
何とか生き延びて、今度は病院で3日。
隣の元々訪問予定の知識の国「スピカ」へ出発した。移動にも3日ほどかかるらしい。
これが今までと、これから見えている行動予定である。
病院療養3日目出発の日。例の死神少女が再びやってきた。昨日は余裕がなかったがよく見ると黒みがかった茶髪で次女はツインテール、三女は両肩にお下げのように長い髪をまとめている。アリスといい、マロ眉ばかりなのはそういう土地柄なのだろうか。小動物みがある。件の問題児である次女は、相変わらずところなさげで、うろたえつつも「こんなに弱っちぃとはおもわないだろ!」と文句を言いつながら相変わらず3女に怒られてしょげていた。簡単な問診の後、3女と、無理や3女に頭を押さえつけられて形だけ頭を下げて次女はそそくさと退室していった。
そして、あっという間に出発時間。目覚めてから謝り倒しの3女、ツンケンして目を合わせない次女。やっと姿を現した興味無さそうに欠伸をする長女の見送りのもと砂漠の国を出発した。
「あのぉ、一言だけ言付かっています。右側を道なりにまっすぐ。だそうです...。私達も立ち入り禁止されていてよくわからないのですがぁ...。」
入国ルート自体特殊なようで、見つからない裏ルートを迂回しつつの帰路となった。鬱蒼と生い茂る木々をぬけ、突如現れた大穴は何者も寄せつけないような威圧感と、中から物々しい鳴き声がコダマしている。いわゆる巨大な洞窟というやつだ。
「さて、行こうかの」
「えぇ」
洞窟の中は酷く静かで先程の物音どころか威圧感さえもがなりを潜めたいた。
「ここはかつての有力貴族の他国への移動用通路だったそうじゃ。しかし、長い年月が経ち手付かずのこの洞窟は人々に忘れ去られた。土地自体が力の国の長の管理下にあるということもあるが、複雑に入り組んでおり、独自に進化した生物もおるようで好き好んで出入りするような場所では無いらしい。」
洞窟に声が反響する。
「知識の国への抜け道があること自体、一部にしか知られておらぬようじゃな。」
洞窟内は所々に空らの木漏れ日により薄ら暗い。全く何も見えないという訳ではないが、場所によってはほぼ視界が黒で塗りつぶされる。
「この洞窟は歩いて1日で抜けられるはずじゃ。出口には仮説の小屋があるらしい。手入れもされておらぬらしいから建物があるかも怪しいところじゃがな。」
「その後は長い湖を1日かけて移動し、知識の国の境界に入る。あとはいくつかの廃村を抜けて目的じゃ」
洞窟をひたすらに進む。足元は意外にも整備されたままで平坦な道が続いていた。半日歩いたところで、この順調な道は大きな洞窟湖に阻まれた。
「どうやらここからはひと工夫必要なようじゃのぅ」
うなるアリスを横目に湖の水面を見るとなにか大きな影が浮かび上がった。
「今、なにかいたように見えたが、生き物か?」
「あぁ、あれは話に聞いておる。が、サイズが想像の倍はあるのぉ」
「元は、遙か南からってきた水生の肉食動物数匹で、他国からの侵入を防ぐ為にこの洞窟に放たれたそうじゃ。性格は獰猛。奴に近いたが最期という訳じゃな。洞窟内には他にも未知の生物がおるとは聞いておったが、出会わないに越したことは無かったのじゃがのぉ」
小高くなった岩場に登り湖面を見渡す。
先程は分からなかったが、水面を揺らす陰は一つや二つではない。しかも、左右どこにも道がなくこの水没した道意外に目視できる通路はなかった。
「このままでは…」
しばしの沈黙。
「ここは待つことが正解じゃな」
なにやら深く思慮に入っていた彼女は口を開いた。
「まぁ見ておれ」
水面に時折あらわれる巨大生物を横目に、洞窟ランチをとることにした。目の前に広げられた食事の見かけはサンドイッチのようだが、中身は芋や豆がメインのコロッケのようなもので、穀物サンドといえば良いだろうか。味は以外にも醤油に近く口馴染みがよい。根菜と肉のない肉じゃがコロッケサンドがイメージに近い。病室ではお粥のような米と豆のスープのみであったため、ここに来ての揚げ物には感動を覚える。しかも、宇宙でも堕ちてからもまともな食事など取ってはいなかった。アリスとの移動時は現地のサボテンのような物を食べるか、偶然見つけたスティック状の固形非常食をもそもそと食べるのみで温かみからは程遠かった。ということもあり、質素な見た目と食材でつくられたこのサンドイッチである意味現実に気持ちが引き戻されるようであった。こんなところで呑気に食レポしてる場合ではないが、それを差し置く程に絶品であったということがつまり言いたいわけである。
「さて、そろそろかの」
食事を終え、約1時間。休憩を取りつつ荷物整理を行ったところでアリスはそう呟いた。
先程の岩場に登ると、湖の中央に1本、線のような道ができていた。
「ここは海はないがどうやら満ち干きが存在するようじゃな。恐らくは人工物じゃろう。どの頻度で満ち干きするかは分からぬ故急ぐぞ。」
「いや、この道本当にあっているのか?」
どう待てもここしか道は無いが本当に大丈夫なのか、違和感のような
「まぁなんとかなるじゃろう」
開けた道へ1歩足を踏み出す。
「待った!!!」
とっさな彼女の手を引いて後ろに大きく後退する。
と同時に湖の中から先程から背中だけ見えていた生き物が、激しい水しぶきと共に飛び出してきた。
一本道を飛び越えるように、先程アリスのいた場所の近くを、飛び跳ねた巨体が通り過ぎる。そして、空を切って再び水中へと姿を隠した。全体を見てはっきりと認識した。あれはまるでモササウルスである。巨大なワニのような口と牙。魚のようなヒレと細く長いシッポ。明らかに魚類のそれとは違う。
「こっちは、ダミーだ!」
「すまぬ...。」
周囲を見渡し、出発前に言われた右側の岩場を辿ってゆく。
すると、湖の入江の右奥にぽっかりと口を開けたトンネルが見つかった。先程までは存在しなかった人一人通れる程の大きさである。
珍しくというか、はじめて彼女があからさまに落ち込んでいる様子で、そこからは口数も少なく前に進んで徒歩で1時間。もう少しで洞窟を出られるかと言うところで、アリスが口を開いた。
「あのじゃな。さっきの、」
「あぁ、気にしなくても。道なりに右側と言われたことに引っ掛かりを覚えただけで偶然気づいただけだから。自分も先に歩いていて気づけなかったら同じ状況に…」
「それでもじゃ」
話を遮る。
「お主も”見た”と思うのじゃが、妾の力についてじゃ。そう。ここなら人がおらぬでな。先程助けてもらった礼とでも思ってもらえば良い。まぁ先天的なものではなく後天的に獲得した力についてじゃが。」
「まず、先程待てば良いといったであろう?あれは、過去の記録から様々な情報を索引したからわかったのじゃ。知識の牢獄。ここで得た知識は頭の中に残っておる。しかしじゃな。人の記憶できる情報には限りがある。つまり、普通は忘れていくのじゃ。まぁ、記憶できる情報というよりも思い出せる総量と言った方がいいのかもしれんが。それを解決するために、記憶には深いところで忘れるものを管理し、より浅い所ではその深い情報を思い出すための鍵となる情報を覚えておく訳じゃ。そうすれば、どんな記憶でもある程度の時間をつかえば、記憶の奥底から知識をとりだすことがてきる。そして、この洞窟について過去に読んだことのある文献では、中央の道を通って出口にたどり着いたという物があった。もちろん、それだけを鵜呑みには普段はせぬが、今回はその...。右側の通路の存在は全く得られなんだ。ゆえに、思い込みと、お主を先導蹴ねばという気持ちが先行してしもうた。ほんとうにすまぬ...。」
ここまでおしゃべりするような性格ではなかったつもりなのじゃがつい長話になってしまうな、と脱力気味に語った。きっとそれは、彼女の境遇を知るものがおらず、知識を秘匿するという法が彼女の本質をしばりつけていたのだろう。
「なるほど、その、気にしてないですよ。出発前に右側を道なりにと言っていた言葉が気になっていただけで、」
「敬語が出ておる」
「あぁ、これは癖みたいなもので...。(コホン)。あの一本道はてっきり通行人を騙す罠だと思っていたんだが、それは話を聞いて訂正したい。きっと、当時は本当に通れたのかもしれない。しかし、水中の生物があまりに巨大になりすぎてしまったのではないだろうか。そして、水の水位もその当時よりも高くなった結果、今はあの道は通れない状態になっていた。そして、それを鼬たちの雇い主は知っており、今回言伝で親切にもその事を教えてくれたのだと。そう思っている。」
「ふぅむ。そうじゃな。妾も過去は知りえても、今のことは知らぬことも多い。技術の進歩ということにおいてまだ途上の国ばかりじゃから、100年前と今とで変わらぬ事の方が多いくらいなんじゃが、今回は迂闊であった。ちょっとばかし見栄を張りすぎたようじゃ。その、妾は自分で言うのもなんじゃが物知りじゃ。しかし、それを上手く利用するということにおいては凡人のそれと変わらぬ。むしろ、大量の知識を得た代償として機転が効かぬところがある。今回のような命の危険を避けるためにも、この先の旅のためにも。そのことは同じくここで伝えておく。その、すまぬがここからはお主の助けも出来れば借りたい。」
「わかりました。あ、いや、わかった。単純な力だけであれば叶わない気もするが、二人でなら気づけることも多いだろう。その、無意識に頼ってしまっていた自分もいた。本当に感謝している。きっとまだこれから頼ることの方が多いとは思うが、こちらこそよろしく頼む。」
「死神には殺されかけ、自分自身が洞窟の主に食われかけ、護るといいつつ不甲斐ないばかりじゃ。」
「いや、元々死にかけていたんだぞ。自分にとっては、あなたは女神みたいなものさ。」
「そ、そうか…」
ふふっと笑ったあと、彼女はふっきれたように歩きだした。
しばらくの沈黙。
「決めた。さぁ、行くぞ。出口はもうそこじゃ」
指さす先、うっすらとあかりが見える。恐らくは時間的には夕方。
轟々と響く獣の声を背に1歩1歩、明かりへ突き進んだ。




