第9話 死神のオシゴト
揺らめく影は、こちらを目掛けて飛ぶように近づいてくる。近づくにつれ、その輪郭も露となった。全身を覆う破れた布をフードのように被ったその生き物は、大鎌を携えている。見るからに命を狩り取ろうと言わんばかりの風貌。死神を絵に描いたような見た目である。
瞬く間に近づいたそれは、無機質に鎌を振り下ろす。為す術なく体も動かない。いや頭に体がついてこなかった。
振り下ろされる刃は目前まで迫る。
あと数センチ。漆黒に煌めく鎌は手が届く距離に迫る。
「目を閉じるな!前を見るのじゃ!」
声に後押しされるように、1歩後ろに飛び退く。
かろうじて避けるが、体勢を崩し膝を着く。
死神は振り下ろした勢いをそのままに宙に浮くように鎌を体ごと一回転させ鎌を再び振り下ろす。
咄嗟に腕を前に出したが意味は無い。
しかし、ほんの数秒の沈黙。鎌は遥に到達しなかった。振り下ろされた鎌は眼前で停止している。
挙げた腕を下ろすと、鎌は漆黒の鱗のような塊に動きを止められていた。
咄嗟に飛び退く。
右に視線を逸らすと腕と足へ漆黒の鱗を纏ったアリスが、鎌をつかんで死神を睨みつけていた。
「な、これは…!?」
「話はあとじゃ!後ろに、こんな所で殺させはせぬ!」
更に数歩後ろに退く。と、同時に鎌を持ったそれををアリスは前方へと投げ飛ばした。
「なぜこんな所に”死神”がおる?」
何も言わず、死神と呼ばれたそれは再び突進してくる。
少し後ろに離れると、彼女は腕や足だけでなく、龍のようなしっぽに角まで生えていた。振り下ろされる鎌を素手で防ぎ、捕まえては投げる。しっぽや腕で殴る蹴るの応酬。
数分程度の攻防ではあったが、体感では非常に長い時間に感じた。情けないことに為す術もなくただ無力に眺めることしか出来ない。間に踏みいろうにも動きが常人には見えないため、思考は停止していた。
力は互角。むしろアリスの方が優勢にも見える。
自分はこのままで良いのか?止まった思考をかき消すように敵を観察する。
目的が仮に自分であれば、きっとあの刃物で自分の首を取ればアリスは助かるだろう。そうは思っても体は依然動かなかった。結果、ただ目の前の戦いの行く末を眺めるしかできなかった。
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強い。なんとかいなすことはできても決定打を与えられず、うまくやり込めても耐久力も凄まじくリカバリが早い。消耗戦になればこの有利な状況もひっくり返る可能性は十分にある。アリスは一筋の汗を垂らす。
敵の斬撃は特殊な鎌の形状を熟知したもので威力だけでなく技も熟練のものであった。
なにより斬撃の一瞬、足元をすくわれる感覚があり攻撃も防御も思うようにいかない。見えない何かに死角から攻撃されているようにも思うが明確な殺意を感じない。
相手の目的は何か。私では無いことは明らかである。しかし、みすみす彼をここで見捨てることもできない。優勢であるが、それは私を本気で敵とみなしていないためであることは戦闘スタイルからも読み取れる。
体に切り傷はあるが出血はない。むしろ血が出てもおかしくないものでも血が出ていない。出血は無いが切り傷だけが蓄積されている。身体の強化がなければ切り傷では済まなかったであろうが、逆に言えば身体強化によって傷自体は大したことがないのが現状である。
戦い続けること数分、相手の勢いは留まることは無かった。
言葉なくも激しく往来する斬撃を受け流しては反撃を繰り返す。
「待つのじゃ。こやつは戦うすべを持っておらん。なぜ襲う?言葉が通じるならば答えよ。」
少し考えるような間を置いて、再び突進を再開した。今までにない速度と殺気に防御体勢をとる目前まで迫ったところで、視界から姿が消える。
「上か!?」
空を見上げると太陽に目が眩む
咄嗟に防御の体制をとるが、しかし、さっきほどまでの殺気は感じられない。そして、ハッと気づき後ろを振り返る。
目に入った光景は、彼方の腕か体と分離した瞬間であった。




