第70話
校内を少し歩けば意識せずとも祭りの空気というのを存分に感じることができる。出し物の呼び込みをする声、宣伝でチラシを配る生徒、食べ歩きしながら談笑に興じるカップルに、変な着ぐるみと看板持って徘徊する────
「いやおるやんけ」
「いますね」
もう準備段階から見慣れたシーツお化けことメジェド。実行委員の一員であるそいつは、今日も今日とてその装いでいた。薄々予想はしていたが、ずっとあの格好が許可されていたのは(僕たちが許可した覚えは一切ないのだが)、文化祭準備期間というのもあったんだろう。
「なにあれ怖」
「ママーお化けー」
「しっ!見ちゃいけません」
……避けられてる。まあ、なんか圧感じるからなあれ。目力強いし、動き方が等速直線運動だし、喋らないし。
知り合いの姿を見て固まる僕と三橋。そんな僕たちの姿を発見し、メジェドは看板を持ちながら近づいてきた。
「お、お疲れ」
片手を挙げながらとりあえず挨拶すると、コクッと小さく頷くメジェド。そしてそのまま看板をズイっとこちらにつきだしてきた。
「な、なに?」
「読め、ということでは」
三橋の言葉に首肯するメジェド。だから喋ろよ、日本人だろ。言葉通じる間柄でしょ僕達。
「えーっと、2-C、コンカフェ営業中……え、客引き?」
そう尋ねるとコクコクと頷くメジェド。そっか、客引きか。クリスマスシーズンに着ぐるみサンタとか熊さんがケーキの宣伝してるみたいな感じね。なるほどなるほど。人選ミスでは。
「人選ミスでは」
おい三橋、僕が思っていても言わなかったことを。ほら見ろ!メジェド落ち込んでるじゃん、あーあ。……いや、表情変わらんかったわこいつ。
「確かこれ、エジプト神話だろ。コンセプトってそれか?」
そう尋ねるとメジェドはフルフルと首を横に振る。じゃあ何なのか、と思うが相変わらず本人の口からは語られない。そのため補足してくれたのは三橋の方。パラパラと手元のバインダーに挟んだ資料をめくりながら教えてくれる。
「いえ。メイドだったり、アニメや漫画のキャラだったり。ごちゃ混ぜのようです」
「コンセプトどこいったの?」
定まってないじゃん。コンセプトカフェで申請すんなよ。あれって何かテーマ決めてやるやつでしょ。自由過ぎんだろ。ただでさえ浮くであろうこいつ、さらに浮くじゃん。せめてエジプト神話で統一しろよ。
「ここから遠くありませんし、行きますか?直に確認するのも良いと思います」
今から行くという文言に反応し、メジェドはその場でフルフルと震えた後、僕たちを先導するように動き始める。で、その後ろを僕と三橋が並んで歩くのだが……
「三橋」
「はい」
「なんで直列?今の僕達RPGのパーティみたいになってるけど。しかもリーダーのインパクトのせいで周囲の目線が」
なぜかメジェドを先頭に3人縦に並んでいる。メジェドはともかく三橋は僕と横に並んでくれていいだろうに。そう思って尋ねるも、三橋は淀みない口調で答える。
「人が多いと横に並んで歩くのは迷惑ですから。私自身、通学路で横に並んで歩く生徒を見かけると消したくなるもので」
時折物騒な言葉とか思考が見え隠れするんだよなあ、この子。
人だかりでの横並び歩行絶対アンチの三橋を説得できるはずもなく、僕は周囲の視線に耐えながらも2-Cの教室へとたどり着いた。見ると、教室の外に順番待ちの列ができており結構繁盛していることが伺える。
「あ、ゆずちゃん~」
入り口付近にいた受付っぽい2-Cの生徒が声をかけ、メジェドとかわいらしく両手でハイタッチする。うんうん、微笑まし……ん?
「ちょ、ちょっと待て。ゆずってこいつの名前か?」
咄嗟にそう尋ねると受付の女子生徒はきょとんとしながら言う。
「うん、ゆずちゃん。君、その腕章つけてるってことは実行委員でしょ?委員のメンバーの名前くらい覚えてなよ~」
「え、あ、はい。すいません」
同僚の名前を知らないという確かに失礼な状況に謝罪の言葉しか出てこない。が、しかし。弁明の余地も多少はあるだろう。あのインパクトだぞ?テレビに出ているお笑い芸人で、名前は分からないけど「ほら、○○の人」とネタを言うだけで通じることだって珍しくあるまい。
「三橋も知らなかったよな?」
同意を求めて隣に話題を振るが、求めていたものとは違う答えが返ってきた。
「いえ、知ってますよ?伊集院柚さん。格式あるお家柄のご令嬢です」
「かっこいい苗字持ってんなオイ」
いいとこのお嬢様ががあんなことやってんの?大丈夫?幼少期からやりたいこともやらせてもらえず、習い事などの英才教育を強制されて抑圧された欲望が変な形で発散されてるとかじゃない?小さい頃に親から禁止されたものは成人してから凄い興味を持ち始めるって聞いたことあるけど。……ほな違うか。僕たちまだ成人してないし。え、じゃあ素?
「呆けてないで仕事しますよ、世良町君」
三橋は受付の生徒に改めて実行委員の監査で来た旨を告げる。監査と言っても税務署の取り立てのように大事をするわけでは当然なく、軽く店内をチェックするだけ。予定にないことをしていないか、過剰に客を受け入れて安全性に問題をきたしていないかなどを確認すれば、10分、15分程度ですぐ終わる。
受付の生徒にどうぞ、と中へ案内され僕たちは戸を開けた。
「いらっしゃいませ!」
ふむ、茶色のチェック柄を基調としフリルをふんだんにあしらったメイド服。どこで調達したのかは分からないが、既に順番待ちの列ができていたのも納得である。國代も高評価するだろう。
待った。今のは語弊がある。服が可愛いだけでは人はこんなに来ない。片手はスカートを押さえるように、もう片方で店内を示すように。その手の角度が何とも洗練されたように美しい。にこやかな笑みと元気な声は店内に一歩足を踏み入れた者もニッコリさせる良さがある。そんな店員の対応こそ客を引き付けている要因だろう。
「な、ななななな!?」
僕たちの対応をしてくれているその人物は今、顔を紅くしてしまっているが。
「こんにちは日暮さん」
「お疲れ、椛」
「なんで2人とも私の勤務時間に来るの!?」
両腕を振りながら抗議する椛に僕たちは返す。
「偶然です」
「偶然だ」
「本当かなぁ!?」
本当だ。メジェ───伊集院に会わなければ多分2-Cには午後に来ていたと思う。
「うぅ、なんだか恥ずかしい」
「恥ずかしがる必要ありません。仕事に従事する姿、大変立派です」
紅潮した顔を押さえる椛に三橋が告げる。フォローのつもりだろう、僕も続くか。
「ああ。それに良く似合ってる」
「ほ、ほんと?」
恐る恐るといった風に顔を上げる椛に改めて言う。
「うん。可愛いよ」
「そ、そっか。えへへ」
あ、かわッ!制服関係ねえなこれ。仮に椛がメジェド着てても可愛かっただろ。
照れくさそうに笑う椛に見惚れていると、背後からぬっと影が差す。その影の形が明かに人ではないのだが、それゆえに相手が誰かすぐに分かった。こんな楕円っぽい形の影を作る動く者はこの辺りに多分1つしかない。
振り返れば案の定、無言の圧。
「あー、椛。多分大丈夫だと思うんだがチェックだけやらせてもらって良いか?」
メジェドとお見合いしつつ、背後の椛に声をかける。
「うん!案内するね」
先行する椛。それに追従する三橋。そして……後ろ歩きの僕。一応言い訳をさせてくれ。これは何も祭りの空気に当てられてムーンウォークをしたくなったとかではないのだ。こいつ、メジェドに背を見せないためには、じりじりと後ろ足で距離を取る他ない。確か設定?元ネタ?は目からビーム出すと彼女が言ってた気がするのでちょっと怖いのである。熊かよ、おめーは。
「あの、世良町君」
「どうした三橋」
三橋に追いついた辺りで声をかけられる。
「今気づいたのですが、伊集院さん。2-C所属ではないです」
「は?」
あれ、言われてみれば実行委員は各クラス2人。椛は榎本と同じクラス。で、伊集院も実行委員だから、この2人とは必然的に違うクラス……え?じゃあ何してんの?自分のクラスでもないとこの客引きしてたの?受付の子もなんでさも当然のように対応してたの?それに、あのメジェド衣装もコンカフェ用じゃないってこと?
え、は?なになになに。怖いんだけど。どういうこと?何1つ分からんが。
……なんか、深く考えない方が良い気がした。




