第69話
適材適所、昨日の夜に三橋はそう言っていた。勉強が得意な人もいれば、運動が得意な人もいる。絵が描くのが上手い人がいれば、歌が上手い人も。パソコンに強い人がいれば、歴史や雑学などの知識が豊富な人がいる。ごく稀に天から二物どころかそれ以上与えられたとしか思えないような産物もいるが、それでも身1つで出来ることには限りがある。人はみな、それぞれ補い合ってここまで文化を発展させてきた。
「───文化の神髄は継承だ。我々は過去の素晴らしき伝統を引き継ぐとともに、そこにさらなる磨きをかけて後世に残す!それを成すのは諸君の好奇心であり、探究心。そして今この瞬間から輝く未来へ向ける情熱と渇望!美しき音楽、心躍る文芸。計算された光景……きっと我々は今日という日、そして続く明日に様々な感情を抱え、そして溢れさせることだろう。それらをどうか恥じることなく、存分に表し、共有してほしい!忘れることなかれ。涙は脳から生まれるのではない、心から生まれるのだ」
そんなことを、壇上で両手を広げ熱いスピーチを行う文化祭実行委員長を見て考える。中二病をこじらせた委員長だが、その豊富な語彙力とちょっとくどい言い回しは開会のあいさつとして結構ハマっており、実際本人も思うままに語れて気持ちいいのだろう。めっちゃくちゃ生き生きしてる。文化祭の準備期間含めて過去一顔が輝いてて、なんならスポットライトいらない。
が、しかし。
「あー、あー。こちら本部の相生。タイムキーパー、委員長に巻くように合図を」
頭に付けたヘッドフォンの無線からそんな指示が聞こえる。委員長、間違いなくハマり役なのだが、それはそれとして長いのだ。時間が押してる。
「こちらキーパー。さっきから合図送ってますが、多分見えてないか無視してます。完全に自己陶酔モードに入ってますね」
僕がそう返すとヘッドフォンには数秒の沈黙。頭を抱えてため息をついているのか、はたまたかこめかみに血管を浮かべてぴくぴくと口の端を痙攣させているのか。どちらにせよ相生が良い感情をしていないことを察する。申し訳ない、あれは僕の手には負えないものだ……見ろよ、あのダヴィンチの言葉を引用して満足そうなドヤ顔を。
「それでは幕を上げるとしよう!」
お。壇上から聞こえた声は長々と続いた挨拶の結び。各チームが一斉に佇まいを正した。
「ここに、第69回───犀星高校文化祭の開催を宣言する!!」
委員長の言葉を合図にファンファーレにも似た演奏が2階から響く。生の管楽器演奏。ホール内ということもあって音が良く反響し、迫力もひとしおだ。これまでになかった試みに会場内の生徒も一瞬度肝を抜かれたような反応を見せ、近くの生徒と顔を見合わせては口々にその思いを共有する。そしてその共有された思いは次第に拍手や歓声となって、会場に広がり1つとなっていった。
万雷の喝采と共に文化祭、開幕。
無事にオープニングを終え、ついに始まった文化祭。ホールから出て行く生徒たちの背を眺めながら、耳は横の相生の説教に向けてみる。
「合図あったよね?無視?」
「い、いや、その。つい」
「つい?今日は外部の方まで来るんだよ?いろんな人に迷惑かかるの分かってる?というか私添削したよね?何勝手に原稿増やしてるの」
声色はいたって普通。むしろかわいい感じなのだが、どうしてだろう。そちらを見ずとも表情に影が差しているのが容易に想像つく。委員長、昨日僕が帰る時に挨拶しようと視聴覚室立ち寄ったら一心不乱に原稿用紙に向き合ってたからなあ。相生にばっさばっさカットされたところを諦めきれず、全部言いたくなってしまったんだろう。
軽く苦笑いを浮かべていると視界に見覚えのある姿が映る。明るい毛色、相変わらず規定を無視したさりげない着崩し。ザ・ギャルであるその人物は軽く手を挙げてこちらに歩み寄ってきた。
「ちーっす……なにあれ?」
「こんにちは浅野原さん。あれは気にしなくていいよ」
相生だって委員長の気持ちを分かってはいるだろうし、祭りの日にガミガミ怒りたくはないはず。その内ため息と共に解放してくれるだろう。というかそうしてくれないと困る。今日も忙しいのだ。
「いい演奏だったよ、流石だね」
「そ」
大したことないという態度だが、張った胸や鼻の角度から「ま、うちの吹部だしぃ?」という誇りも垣間見える。オープニングの出演に向けて入念に準備・練習してくれたことは想像に難くない。
「それで、どうしたの?何か実行委員に用事?」
「いや、その」
尋ねると少し気恥しそうな反応を見せる浅野原。再び目が合ったのは、頬を掻いて視線を逸らすという僕のデータにないギャルっぽさを見せてからのこと。
「終わった後、部員もみんな気分上々でテンション爆上げって言うか。やっぱ演奏後の観客の反応って大事でさ。……うち、あんな失礼な態度だったのにこんな場を用意してくれたのが申し訳なくて」
「うんまあ、怖かったよね」
「は、はぁ!?こっちがせっかくお礼言おうとしてるのに何その態度!」
正直に言ったらそれはそれで怒られるのです、うーん、女心は難しい。いや、今のは僕が悪いか。
「ごめんごめん。でもなんか見慣れないから落ち着かないと言うか」
「なにそれ。別にお礼くらいふつーに言うし」
「でも今、お礼までは言ってないよね?」
「あんたが遮ったんでしょ!」
反応が良いのは観客だけじゃないな。
「ごめんって。でも気持ちは伝わったから」
「それじゃこっちが気持ち悪いんだって」
浅野原はそう言うと、すーはーと小さく深呼吸。そして続けた。
「あんがと。色々と」
「こちらこそ。いい幕開けになったよ」
その言葉に対し、僕も穏やかに返答し───
「もう宜しいですか」
「うわっ!……三橋。いきなり背後から現れるなよ」
振り返れば見慣れた顔1つ。背後からそのダウナー交じりの声をかけられると背筋がぞわっとして鳥肌立つのでやめてほしい。
「見回り、行きますよ」
僕たち実行委員は当日も仕事がたくさんあるわけだが、流石に2日間全拘束というのはあまりにもひどい話。そのためオープニング、エンディングを除いて実行委員は初日勤務と2日目勤務で別れることになっており、勤務日でない日は他の生徒と同じように自由に文化祭を回ることができる。僕と三橋は初日勤務で、ペアで校内を巡回するのが仕事だ。各クラスの出し物が規定通り、申請通りに実施されているかの確認を行うほか、看板、機材が倒れたとか迷子がいたとか、種々のトラブルへの対応も含まれている。
「ん、仕事あんだ。じゃ、また」
浅野原は仕事の空気を感じ取ったようで、これ以上邪魔をしないようにと立ち去って行った。挨拶だけしに来てくれるなんて律儀だな。ますますダブルブッキングの時の態度が解離して見える。当時はよほど焦ってたんだろうと再認識した。
「それじゃいくか」
「ええ」




