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第68話

 以前、國代がこんなことを言ってきたことがある。


『なあ世良町!存在しないことわざ作るゲームしようぜ!』


 造語づくりゲーム、ということだ。造語づくりってなんか頭痛で頭が痛いみたいでくどいし日本語として正しいのかは分からないが、とにかく國代はこういうよくわかんないゲームを考えて提案してくることが多々ある。変な趣味だ。


 その際、僕は1つ考えて答えた。それが「一冊一想千歩に劣らず」というもので、意味は「旅行の計画を立てる際、旅行雑誌を見てあれこれと想像を膨らませる時間は実際に旅行先で歩き回るのと同じくらいに有意義で楽しい時間であるということ」である。転じてビッグイベントはその準備も同じくらい、もしかしたらイベント本体より楽しいかもしれないということを意味する。存在しないことわざ辞典100、とか作るならこの言葉の類義語に「帰るまでが遠足」とか付け足しておこう。


 つまり何が言いたいかというと、今日は明日の本番に負けないくらい、この学校がワクワクに包まれているということである。


「いよいよ明日か」


 いつもの場所でコーヒーを煽りながらそう言葉を零すと、隣にいる三橋が拾ってくれた。


「ここまで長かったですね。まだ終わったませんが」


「一息つくにはまだ早いわな」


「ええ。明日は面倒ごとが起きないと良いですが」


 それはフラグって言うんですぜ三橋さんや。


 文化祭前日。いや、夜8時を過ぎたこの時間はもはや前夜と言ってもいいだろう。この時間にまだ残って明日の準備をしている生徒もいるのだから大変なことだ。でも、その大変さを楽しんでいる様はまさに青春と言える。


「面倒事と言えば例の件、ありがとうな」


「例の?」


「ほら、ダブルブッキングで吹部に交渉しにいったやつ」


「ああ、あれですか」


 あれが随分前の出来事のように思えるが、僕たち実行委員の本番前やらかしたランキングを作ればトップ5入りは固いであろう一件、ダブルブッキング。科学部の方は椛たちがうまくやってくれたようで、吹部の方も多少手こずったが三橋のフォローもあり最終的には合意に至った。吹部に関しては僕1人だったら失敗していただろうし、三橋の存在は本当に助かった。故に重ねてお礼を言っておく。


 すると三橋は特段表情を変えることなく、さも当然といった様子で答えた。


「構いませんよ。人には適材適所というものがあります。交渉するのでしたら私がするより世良町君に任せた方が良いと思っただけのことです」


「そうか?」


「ええ。私の口が上手だったら、そもそも貴方と仕事してないと思いますよ」


 実行委員のペアを募った時に立候補者がいただろう、ということか。うん、まあ、そう言われると否定できない。悪い子じゃないんだけどなぁ。むしろよく出来た子だと思うんだが。


「今のは笑うところです」


「あ、すんません」


 分かりずれぇ……表情筋が凍るにはまだ気温はあったかいぞおい。


「ま、なんだかんだやりがいはあった……か?」


「何がやり甲斐ですか。そんなこと言う人がいるから都合よくやりがい搾取なんてされるんですよ。仕事の対価にやりがいなんて不要です。必要なのは報酬です、報酬。なのになんですか、実行委員は文化祭当日まで仕事ですよ?報酬どころか残業じゃないですか。なんですか、教職員は普段の自分の待遇を体験して貰おうと文化祭実行委員なんて設立したんですか?インターンですか?私教職員になるつもりありませんが。第一、少子高齢化社会の今、教師に求められる役割というものは以前とは変化し、細分化されています。それだけでなく、指導上の様々な問題が浮上し過去の教師像をそのまま引き継ぐこともできないのが現状です。その中で行われるインターンに意味はあるものでしょうか」


「急にアクセル踏むじゃん」


 やはり不満はたまっているらしい。なんか申し訳なくなってくる。あと別にインターンじゃないし、インターンだとしても意味ないことはないだろう。


「今更なんだが」


「なんでしょう」


「三橋、なんで学級委員になったんだ?実行委員も兼ねるって分かってたなら大変なのは分かり切ってただろ」


 三橋の仕事処理能力は疑うまでもない。だが、それはさておき面倒事にあえて手を出さなくてもと思ってしまう。学級委員だけならまだしも、実行委員まで兼ねるとなったらその仕事量は膨大だ。実際問題、現在の実行委員の状況からして仕事のできる三橋にしわ寄せが行ってしまっている。三橋がそういうものにやりがいを感じる性格だと言われればそれまでだが、実行委員として一緒に過ごした限りそう言うタイプにはとても思えない。


 僕がそう尋ねると三橋はため息をついてから答えた。


「それに関しては不可避だったんです。1学期に学級委員に立候補した際、文化祭の実行委員まで兼ねるなんて聞いてませんでした」


「え、そんないきなり決まったのかコレ」


「ええ、寝耳に水です。就任したときもそんなこと一言もありませんでした。学級委員に募集要項があったら詐欺罪が成立すると思います」


 おお、随分恨みがこもっている……しかし、急に決まったんだな。三橋からすれば災難と言う他あるまい。どこの誰の発案だよ。


「でも、実行委員抜きにしても学級委員って面倒事の代名詞みたいなもんだろ?なんで立候補したんだ?」


 僕の記憶にある限り、小学校、中学校において学級委員というのは「押し付ける」ものだった。立候補ではなかなか決まらず、クラスで先生に気に入られている子、いわゆる真面目な子、そういうタイプの子に「なってくれよ」とお願いという名の強制をされて渋々なるもの……貧乏くじとでも言おうか。一部の性格を除き、自分から進んでなるものという印象は薄い。そして僕の知る限り、三橋はその例外の性格に該当しない。なぜ学級委員に立候補したのだろう?


「そうですね……強いて言えば『安心のため』でしょうか」


「安、心?」


 これっぽっちも頭になかったワードが出てきて思わず復唱する。学級委員をすることに安心要素などあるだろうか?今あるのは安心どころか心労では?


「世良町君、あなたはご自身の進路についてどの程度考えていますか?」


「進路?」


「ええ、行きたい大学、就きたい職業、やりたいこと。そこから逆算した将来設計はありますか?」


 自分の将来。改めて尋ねられると高校2年生という今の立場はそのあたりのことを考えるのに非常に良い機会だ。だが、実際に自分の今後について深く考えている生徒はさほど多くはない。行きたい大学、学部まで絞っていれば大したものであり、漠然でも就きたい職業があればマシな方だ。


「行きたい大学の候補自体はある。職や学部までは絞れてないが」


「なるほど。では今の大学入試の形態が変わりつつあることはご存じですか?」


 そういうと三橋は数例の大学と学部を挙げ、そこの入試形態を説明し始める。大学入試というのは筆記問題を受けて終わりというわけでもない。


「目まぐるしく変わる社会情勢の中、大学入試制度も多様化しています。中にはこれまでなかった面接試験が導入されたり、学校の内申点を参照したりすることもあります。勿論、純粋な学力が最重要視されてはいますが、そう言った面で他者に後れを取ったり、自身の選択肢を狭めることもあるんです。私はそれを危惧しています」


「つまり、大学受験……さらに言えば内申のため?」


「端的に言えばそうですね」


 なるほど。三橋は自身の内申点のために学級委員に立候補したわけか。そういう役職についた経験があれば面接などで話す内容にもなる。大学受験に当たって、勉強を中心に据えながらもその他の選択肢を潰したくない。それゆえの判断。


「その結果、少々酷な労働を強いられているわけですが。なってしまったものはしょうがないので、こうして取り組んでいるだけです」


 実際、三橋の学力は相当高かったはずだ。クラスではトップだったし、学年全体でも1桁に入るだろう。ある程度名の知れた大学でも十分に合格できそうな学力を有していながら、現状に胡坐をかかず将来を見据えて様々な事態に備えている。まだ受験する大学の点数配分すら知らない僕と比べて何と立派なことか。そう考えると、思ったことが率直に口から出た。


「凄いな。尊敬するよ」


「凄くもなんともないですよ。自分の将来のために自分で不安要素を取り除こうとしているだけです。むしろ、他の方がなぜそうしないのか甚だ疑問ですね」


 なんかこう、一言多いんだよなあ、間違ってないんだけど。


「なんですかその顔」


「いや、耳が痛いなと」


 自身のいたたまれなさに恥じ入る。同時に、当初であればこんなこと話してくれなかっただろうに……多少なりとも心を開いてくれているのだろうか、そんなことを考えた。

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