第60話
「委員長~もっと端的にお願いします~」
「邪魔をするな相生!今、吾輩の威厳を知らしめているところだぞ」
自己紹介だけでなくポエムを読み始める文化祭実行委員長に相生が間延びした声で告げる。スピーチを邪魔された委員長は不満げに口をとがらせるが、そんなの気にせず進行するあたり、相生もなかなか強かというか。ところで一人称が余なのか我なのか吾輩なのかハッキリしてほしい。ブレブレだぞ。耐震補強されてない中二病とか自分も辛いだろうに。
「威厳じゃなくていい加減の間違いでは~?」
「ぷっ」
教室内で誰かが噴き出す。それを受けて委員長は渋々席に座り直した。相生、強し。
「それじゃあ次の方も自己紹介をどうぞ」
そう言われて立ち上がったのは……全身シーツお化けだ。
「なんですかあれ」
「僕に聞くなよ」
三橋の呟きへの答えを僕も持っていない。ハロウィンはまだまだ先なのになんであんなの許されてるんだ。相生もなんでスルーしてんだよ、ニコニコしてないで注意するべきでは。
シーツお化けはロの字型に並べられた席の後ろをスーッと滑るように室内を一巡した後、再び自分の席に座った。
「はい、ありがとうございました」
「いやなんも分からんが!?」
自己紹介は?今の時間何?怖いわ。足元まで隠れる長いシーツと、なんかそう言う技術なのか知らんけど移動時に頭が全く上下しない歩き方のせいで本当に浮いてるみたいに見えるんだよ。近代の能でも見せられたのか僕は?
思わずツッコむ僕に視線……があるのか分からんが僕の方を向いて停止するシーツお化け。すると何やらごそごそとした後、机の上にあるぬいぐるみを置いた。
「───って、メジェドじゃねーか!!」
体育祭で見たやつ!お前の持ち物かよ!
「世良町君、興奮せずに一旦座って」
気が付けば机に手を乗せ立ち上がっている僕をなだめようとする相生に返す。さらに返す。
「興奮じゃなくて恐れ慄いてるんだわ!なんで誰もなんも言わないんだよ!だいぶおかしいだろこの状況!」
「いかれたメンバーを紹介するぜ!」
「紹介されてないんだわそいつ!」
さっきから一言も発してないぞそのシーツ。というかぬいぐるみわざわざ出したってことはこいつ本体もメジェドだな!
「そんなんじゃこの先持たないよ?」
「はぁぁぁぁぁぁ」
今年一番のため息をついてから、僕はどかっと席に座り直した。どうやらここでは常識を捨て去る必要があるらしい。
「三橋はよく落ち着いてられるな」
こそっと耳打ちするように言うと、三橋も同じく小声で返す。
「いえ、口に出してないだけです。代弁感謝します」
よかった、マトモだ。不幸中の幸いと言うべきか……いや、元はと言えば僕がここにいるのも三橋のせいでは?不幸の元凶では?
よそう。数少ない味方をよくない目で見てどうするんだ。
その後、突然ミュージカル始める女子(煩い)とか、句読点つくたびに眼鏡をクイっとあげる男子(その回数はメガネのサイズあってないだろ、買い替えろ)とか、厨二病(なんでこの狭い教室に複数いるんだよ)とか、ツッコんでたら負けレベルで濃いメンバーしかいなかったので、僕は大人しく座っていることにした。
秋の机は、程よくひんやりとしていて気持ちよい。羞恥、怒り、混乱、絶望、様々な感情を伴って火照った顔を冷やすのにピッタリだ。
「いつまでそうしているんですか」
「あの会議を頑張って耐えたんだから休憩の1つくらいさせてくれ」
「本当の意味で休憩するなら、早急にこの場を離れる方を奨めますが」
机に倒れこんでいる僕に向かってため息交じりに三橋は言う。冷たい物言いであるが確かにもっともな意見だ。しっかり心身休めるのであれば視聴覚室を一刻も早く離れるのがベスト。
「フハハハハ!へばるとは情けないぞ世良川!」
速報。ベスト選択肢、潰える。
「世良町です」
「セーラー町田だな!うむ、覚えた」
「覚える気ねぇだろ。売れない芸人みたいな名前にすんな」
こちらにつかつかと歩いてきた実行委員長を軽くあしらう。この名前間違いは素なのか、あるいはちょっとしたおふざけなのか。別にどちらだったからと言って何かが変わるわけではないが。
しかし、三橋の言う様にさっさと帰ればよかった、ミスった。絡んでくるとは思わなかったぞ。
「大体、疲れてるのはお前筆頭に自由人が多すぎるからだろ。会議進める気あるか?ウィーン会議じゃねえぞ」
会議は踊る、されど進まずを体現したような時間だった。本来決めるべき事柄の半分も決まってないだろう。初回からこれとか泣きたくなる。
そんな言い合いをしていると横からひょこっと現れた榎本が言った。
「うぇーん会議っすね!」
「殺すぞ」
「殺しますよ」
くっそしょうもないことを言う榎本に対し、僕も三橋もシンプルな暴言が飛び出す。僕はともかく三橋からこの言葉引き出すとか、相当頭にキテるなこれは。
「……っす」
榎本は流石にタイミングを間違ったと思ったのかすごすごと下がっていった。良かったな、このまま畳みかけていたら有言実行したかもしれない。三橋が。
「いや~、本当ごめんです。これでも精一杯進行したんですけど」
僕と三橋があんまりにも怖い顔をしていたのか、委員長の後ろから相生が顔を出していった。確かに相生は進行に大変尽力してくれた。一部投げやりというか制御を諦めた部分はあったが、変人の巣窟相手に本当にうまく立ち回ったと思う。だが、だがな相生よ。
「あのメジェド確保してから言え」
会議終わるや否やずっと部屋の隅でくるくる回ってるんだわあいつ。本当何なの?などと思っていると、そのメジェドはスピンを止め、こちらへスーッと近づいてきた。だからせめて上下に動けよ、ブレが全くなくて怖いんだわ。というか来ないで、切実に。
そんな願い空しく、僕の前まで来たメジェド。しかし特に何かするでもなく直立している。
「えっと?何か御用で?」
そう尋ねると、数秒してからゆっくりと手(らしき部分)を動かし、僕にある物を手渡してきた。正確には渡すというより半ば押し付ける形だったが。その渡されたものは、会議中に机の上にあったメジェドのぬいぐるみである。
僕にぬいぐるみを押し付けたそいつは満足そうな顔をして……いや顔見えんかったわ、やりずらいなオイ。とにかく何かやり切ったような雰囲気でまたもや等速直線運動しつつ、教室から出て行った。
「って、いやいやいや!何なんなの!?怖いんだけど!意思疎通って概念はないの!?」
一瞬思考が真っ白になり反応の遅れた僕の叫びは、本体に届かず扉に阻まれるだけ。
「気に入られてるね~」
「気に入られてますね」
「うむ、魅入られおるな」
相生、三橋、委員長が背中にかける言葉は何の慰めにもならなかった。




