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第57話

 小学5年生の時だったと思う。国語の教科書の最後のコラム欄に「ディベート」なるものがあって、先生が「実際にやってみようか」と促したことがあった。確か3つくらいテーマがあったと思うのだが、その中の1つが「文化祭派か、運動会派か」だった。今にして思えばあれはディベートテーマとして適したものだったのか疑問だが(小学生のためにあえて単純なものにしたと解釈はしている)、まあ普段しないようなスタイルの授業、みんなやる気満々で取り組んでいたと記憶している。実際のところ、論理的なディベートの体を成していたとは言えず、ただの口論……口げんかだったような気もしなくはないが。


 当時の僕と今の僕、心身共に成長はしているだろうし考え方も変化しているだろう。それでも、その2択でどちらかを選べと言われたらやはり同じ選択をする。


「それでは文化祭におけるクラスの出し物を決めたいと思います」


 断然、文化祭派だ。


 例年とは一線を画すほどに濃厚だった夏休みも終わり、今日から始まった2学期。まだお休み気分が抜けない学生が多い中、午後の授業2時間がこの「総合的学習の時間」に当てられたのは先生の配慮なのかもしれない。そして、その総合的学習の時間を使っていま現在進行中なのが、文化祭に関しての話し合いだ。


 うちの高校ではクラス毎に出し物を行うのが基本スタイル。去年あった物を全部覚えているわけではないが、定番のお化け屋敷、射的ゲームのほか、地区のジオラマを作成し現在と十数年前の街を比較するなんてものもあったか。飲食店もゼロではなかったが、昨今の厳しい規制環境をクリアできる設計はなかなか難しいと聞く。


「少し時間を取るので、案を考えてください。近くの方と相談しても構いません。後で伺いたいと思います」


 教壇に立つ学級委員の三橋がそう言うと、クラス内で話声が生まれ始めた。文化祭という一大イベント、先ほどは2択で考えたが実際、年内の学校行事で最も人気あるイベントと形容しても問題ないのではないかと僕は思っている。もちろん、僕個人の趣向を除いてもだ。


「去年はうちのクラス何したっけ?」


 話し合いの時間になるや否やぐるりと振り返ってきた國代は開口一番そう言った。僕は記憶をたどること数秒、当時の光景を思い出す。


「プラネタリウムだ」


「あー、あれか!結構いい出来だったよな。確か学年優秀賞貰ったわ」


 文化祭の出し物は全校で投票を実施し、学年ごとに優秀賞、全学年全クラスを通しての最優秀賞が表彰される。去年、僕と國代の所属するクラスは1学年優秀賞を受賞し、景品としてボールペンとノートのセットを貰った。学生には無難に嬉しい景品である。


「なー、委員長。今年は最優秀賞の景品何なんだ?」


 時を同じくして景品の記憶が甦った人も一定数いるようで、挙手して尋ねる生徒がいた。質問を受けると三橋は手元の資料を数ページめくって答える。


「学校の近くに『アリス』というお店があるのはご存じですか?」


「え!?」


 アリスと言う単語が出た瞬間、クラスの一部(特に女子)にざわめきが生まれる。というのも、アリスはこの辺りで人気のお菓子屋さんなのだ。ケーキの類は非常に美味しいと評判で、一番人気のモンブランはよく売り切れになり、以前、妹の由愛に買ってきてと頼まれて品切れだったときはひどく落ち込まれた記憶がある。また、扱っているのはケーキだけではなく、マドレーヌなどの焼き菓子やパン類、ソフトクリームなどもあり、昼休みや下校中の学生がふらっと立ち寄って買う光景も珍しくない。端的に言えばかなりの人気店である。


「そのアリスさんが今回の文化祭に合わせた期間限定オリジナルケーキをクラス分ご用意してくれるそうです」


「マジ!?ヤバくね!」


 去年の最優秀賞がなんだったかは生憎と覚えていないが、今年はまた何とも需要ある賞品を用意したものだ。クラスの士気が先ほどより一段階引き上げられたように感じるのは気のせいではあるまい。その空気に当てられたのか、國代も僕に向かってすぐに提案してきた。


「何にするか……ありきたりだけどメイド喫茶とかどうよ?」


「欲望隠せよ脳内ピンク」


「別に変なこと考えてねーよ!?文化祭と言えばって感じするだろ」


「言うだけタダだし言えばいいんじゃね?でも提案した後は1週間くらい話しかけんなよ」


「なして!?」


 そんなのクラスの女子から白い目で見られるに決まってるからだろ。せっかくいじめというめんどくさい案件がなくなった(多分)のに、厄介事増やすな。


 そんな賑やかな話し合いは僕達だけでなく教室のあちこちで巻き起こる。予定されていた時間はあっという間に過ぎ、すぐに発表の時を迎えた。三橋進行のもと多数の案が黒板に案が書き連ねられていく。


・お化け屋敷

・コンセプトカフェ

・創作映画

・壁画作成

・手作りワークショップ

・クイズ大会


 などなど、意見は黒板の端から端までびっしり埋まっている。とはいえ、見た感じではほとんどが去年の文化祭含め、中学や小学校の学祭で見たことがある物だ。文化祭の歴史も随分と長い。確か日本での始まりは1900年代前半とかまで遡るんじゃなかったか。これだけ続いていれば過去に例のないものを出す方が難しいというものである。ひとしきり意見が出尽くしたところで、今度は各々が追加で展示に言及を始める。


「映画いいんじゃない?当日は上映だけやれば店番とかほとんどしなくていいし、自由に他んとこ回れるじゃん」


「それな!」


 創作映画の良いところはまさにそれ。衣装・台本作成やセリフ合わせ、撮影機材……は今はスマホカメラが高性能だから良いとして、撮影場所の確保などやることは多い。しかし、当日は受付や映像再生係の一部を除きほとんどの生徒は丸1日自由時間を確保できる。ただ、考えることは皆同じなのか、毎年必ずどこかのクラスがやっている。


 どこか、と表現するのは理由がある。それは、本校の文化祭展示は他クラスと内容が重複してはいけないという決まりがあるためだ。そのため、校内の1階と3階に洋風、和風お化け屋敷がそれぞれあるなんてことはないし、ミステリ映画上映教室とコメディ映画上映教室が隣り合うなんてこともない。そのため、今回のこの総合的学習の時間ではクラスでやりたい展示をただ上げるだけのではなく、その中から第1希望から第3希望まで順位をつける必要があるのだ。


「待てよ、映画って絶対他クラスと被るじゃん。第一希望は絶対通るのにしようぜ」


 そんな意見が出てくるのも当然のことだし───


「それよりもやっぱ飲食したい!」


 ここを逃せば展示が変わることはまずないので、流されることなく主張する人もいる。トントン拍子に決まるわけもないのだ。それゆえ午後の2コマも時間が確保されている。クラスによってはこの時間で決定までいかず、別の時間を確保することもあるらしい。例えば授業が早く終わったら残りの時間で少し話し合い、とか。こういうところが既にイベントが近づいているなあと感じる。


 議論は白熱し、時間いっぱいまで意見が飛び交う。そして出された案に関して各々が追加で意見を述べて煮詰まれば最後は伝家の宝刀、多数決に。日本の学校で困ったらこれだ。数の暴力……ごほん、民主主義万歳。


 そんなこんなで、僕達のクラスの文化祭希望展示上位3つが決定し、チョークの音がやむのと同時にチャイムの音が響く。僕達はアディショナルタイム無しで済んだようだ。


「國代、僕ちょっとトイレに」


「ん?いっトイレ」


 午後2時間は間の休み時間がなしだった。しかも、普段は昼休みにトイレに行っておくのだが、今日は彼女と話し込んでしまっていたためその時間もなかった。だから実は結構我慢していたのだ。正直途中から集中力が乱れて、どの展示でもいいだろなどと思っていたのは内緒である。僕はそっと立ち上がり、教室を後にする。


 その行為が大きな分岐点になるとも知らずに。







「最後になりますが、文化祭実行委員を選出します。各クラスから2名選ぶ必要があるのですが、1人は学校行事の連絡等に慣れている学級委員がなるように通達されています。そのため、あと1名なのですが、希望者はいますか?」


 三橋がそう告げるが手を上げる生徒はいない。その理由の1つは、文化祭実行委員は中々ハードな役職だからだ。最低でも週1、時期によっては毎日、放課後に本部の会議に出席しなければならないこともある。文化祭そのものの運営でただでさえ忙しいのに、クラス展示にも関わらなければならないため、かなりの業務量になるのだ。


 当然、その分やりがいはある。だが、どんな仕事でも人間関係というのは大事で、一緒に仕事をする相手との親密度というのは疲労ややる気に直結する。今回ネックになっているのは、既に1枠が固定されており、仲のいい友人と2人で参加するということができないことにあった。


 ここで三橋の人望、ひいては付き合い易さが物を言うのだが、結果は挙手ナシという形に現れている。三橋は一通り教室を見渡した後、小さく息を吐いてから告げた。


「それでは、クジで決めましょう。あみだくじを回すので、各自名前を記入してください」


 そうして即興で作られたくじが席を回っていく。ものの数分で回り終えたくじを手にした三橋は首を傾げた。


「空きがあるのですが、どなたか書き忘れがいませんか?」


「あー、世良町だよそれ。今トイレ行ってる」


「そうですか、もう空きは1つなので勝手に書かせてもらいますね」


 クラス全員の名前が記入されたあみだくじは開封の儀へ。紙の下から上へ指を滑らせる三橋の様子をクラス一同が見守る。そして、その指が止まると時を同じくし、教室の扉が開いた。


「クジの結果ですが───」 

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