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第35話

 昼休み終了後。彼女との電話内容による頭痛を何とか堪えながら従業員の説明を聞く。


 今日来る団体客は中学生の部活動合宿が目的らしく、部屋は大部屋を2か所ほど確保しており、食事に関しては僕たちが昼食をとったあの会場で取ってもらう予定らしい。


「あちらの意向で、布団などは学生さんたちが自分で受け取りに来て運んでくれるらしいから、その辺の準備は大丈夫よ。今からやってもらうことはさっきも説明したけど、大きく4つね」


 その4つとは以下の通り。


・学生用料理の準備


・部屋の掃除


・海の家営業用テントや機材の運搬および海岸清掃


・大浴場清掃


「料理の準備と言っても、本格的な仕込みはないわ。配膳程度だからそんなに気負わなくて大丈夫よ。海の家関係は物を運ぶ力がいるから、男の子が良いかしら」


 そのような指示を受けて、大体来ていた人数が均等に4つの班に分かれることになる。


「おーい、世良町!一緒に海の家やろうぜ」


「……」


「どした?」


 男子優先の海の家に行くとなると、必然的に染谷とは別れることになる。今の状況で、その判断は正しいものだろうか。いじめに関わっていた人間はいない。だが、この間のカフェのことを思いだすと、アイドルではない「学生」の染谷を放っておくのも気が引ける。


 集団の中、染谷を探してみると案の定、俯いたまま動かない姿を見つける。やはり、サポートした方が良いか?


 僕がいろいろ考えを巡らせていると、そんな染谷に近づく姿が見える。


「ねえねえ、一緒にやらない?」


 委員長?来てたのか。さっきまで彼女との会話や染谷のことで頭がいっぱいだったせいか、全く気が付かなかった。


 委員長こと日暮椛は持ち前のコミュニケーションを発揮して、自分たちのグループに染谷を引き込んだ。溢れそうになってる染谷をわざわざ気遣ってくれたと見える。こういう気配りができるところは委員長の美徳だ。


 だが……


「おーい、世良町?さっきからずっと考えこんでどうしたんだ?」


「……悪い。先行っててくれないか?ちょっと、やっとかないといけないことがある」


「は?やっとかないといけないことってなんだよ?」


「そんな時間はかからないから気にするな、すぐ追いつく」


 僕はそう言って、國代と同じ海の家グループに所属することを決定した後、彼らが歩む方向とは反対に歩みだした。







「委員長」


「え!?世良町君!来てたんだ!」


「ああ」


 僕が声をかけると、委員長はぱっと顔を明るくした。周囲の子たちに一言断りを入れてから、こちらに歩み寄ってくる。


「ちょっと頼みがあるんだけど」


「頼みごと?……聞いてあげても良いけど、条件があるよ?」


「じょ、条件?」


 彼女の性格なら快諾してくれるだろうと心のどこかで思い込んでいたからか、意外な返答に少したじろぐ。そんな僕に彼女は続けた。


「委員長って言うの、やめて?……世良町君にはちゃんと名前、呼んで欲しい」


「……椛さ───」


 僕が椛さん、と言おうとすると、ピッと指先が目の前で立てられる。


「ダーメっ。私の名前はも・み・じ!3文字だけだよ?」


 もみじ三文字でちょっと韻踏んでるの良いな。


 もみじ、3文字、名を呼ぶ関係、特別感じ……やっぱ僕ラップとか向いてないわ。いや、向き不向きというか、未経験者が咄嗟にできるもんじゃないってことだな。


「……」


 一瞬思考がそれたが(あるいは自分で逃げようとしたのか)、目の前には目をキラキラさせて期待に満ちた表情で僕の言葉を待っている人がいる。


 緊張の震え。きゅっと締まる喉の感覚。それらを小さく息を吐き出させながら落ち着かせる。


 彼女と視線が交錯したことを皮切りに、意を決して言った。


「も、椛」


 噛んだ。


「えへへっ……うんっ!」


 にぱーっ!と朗らかな笑みを浮かべる椛を前に、僕は恥ずかしくて視線を逸らす。まあ、思えばいつまでも役職名で呼んでいた僕が悪い。いいきっかけだったかもしれない。


「ふふっ、じゃあお願い事聞いてあげる!なぁに?」


「あ、ああ」


 そうだ、そっちが本題だ。


「さっき声かけた女子がいただろ。染谷っていう生徒」


「あ、うん。染谷さんがどうかしたの?」


 僕は彼女がアイドルであるということを伏せて、大まかな事情を椛に話した。もともと、人付き合いが得意でない子だということ、そして、このボランティアには自分の性格克服のために友人と共に参加する予定だったが、その友人が急遽これなくなったことを伝える。


「そうなんだ……」


 椛は少し考え込むような仕草を見せ、再び顔をあげた。


「それで、私はどうしたらいいの?染谷さんのサポートをしてあげたらいい?」


 僕が小声で話したことに合わせてか、椛も片手を添えて耳元で囁くように告げてくる。ふわっと香る甘い匂いと綺麗な声にドギマギしながらも、僕は答えた。


「端的にはそうだな。もともと、椛のことだから言わなくとも気を遣ってくれるとは思ってたけど、一応耳に入れときたくて」


「うん、ありがとう。そういうことなら私も気を付けておくね。話を聞く限り、多分、私と一緒にいる子のテンションとかはあんまり得意じゃないかな?」


「理解が早くて助かる。孤立させないで欲しいけど、あんまり無理やり連れまわすようなことは避けてやってくれ。……頼めるか?」


 僕がそう言うと彼女はニッとかっこい笑顔を浮かべて、自らの胸を軽くたたいた。


「任せて!」


 難易度が高く、言い方は悪いが面倒な仕事だが、椛はそんなことまったく気にしていないかのように頼りがいある返事を返してくれた。

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