第33話
居間についているテレビを眺めていると、由愛が声をあげた。
「あー!まなちゃんだ!可愛いなー」
画面に映っているのは大人気アイドル、相園まな。煌めく衣装と、華やかな笑顔。圧倒的な歌唱力に、キレのあるダンス。他者を引き付ける美貌。
それがあの、染谷加奈と同一人物なのだという実感が画面越しだとますます薄れてしまう。
「お兄も、まなちゃん可愛いと思うでしょ?」
「ん?ああ、そうだな」
「なにその興味なさげな返事~。あ、可愛いと言えばさ」
床に座っていた由愛は、ひょっと立ち上がって、僕の座るソファに並んで腰かける。そうして、顎に手を当てながら首を傾げて言った。
「この間、買い物に付き合って貰った時さ。カフェで会った人、お兄の知り合いなんだよね?あのショートボブの女の人、綺麗だったけど、読モ?」
「読モ?毒蜘蛛の略か?」
「なわけないでしょ!大体一文字しか略せてないし。読者モデル。雑誌のファッションモデルみたいな感じ」
由愛の言う女の人とは間違いなく彼女のことだ。確かに、彼女は美人ではある。性格に少々難はあるが、それこそ今テレビに出ているアイドル達とも遜色ない見た目だ。
そう言えば、そもそもあいつと染谷はいつ知り合ったんだろうか。実は彼女も染谷と同じ芸能人だったり……いや、流石にないか。
「さあ?やっててもおかしくはないんだろうけど、少なくとも聞いたことはないな」
「えー!?友達なのに?」
友達ねぇ……というか。
「友達は便利な道具って言ってたのは何処のどいつだ?」
「揚げ足とったつもり?私が言ったのは気負いすぎるなってことで、軽視することは別。大体、あの時のお兄の雰囲気からして、軽薄な関係じゃないんでしょ?それくらい私だって分かるよ」
実際、僕と彼女の関係というのは相変わらず不明瞭なままだ。少なくとも、友達と呼んでいいのかは疑問が残る。仲がいい、悪いの区分ならひとまず悪くはないという点で「仲がいい」に分類しても問題ないのだろうが。
「ちなみに分かるといえば、この間のお兄の外出があの人たちに合う目的だってこともしっかり分かってます」
「え、は?なんで?」
僕が由愛と買い物に出かけた人、彼女たちに会って莫大な情報量に圧倒された日は当然ながら別日だが、そもそもあの外出目的を由愛に言った覚えはない。
「逆になんで分からないと思ったの。私、お兄の妹だよ?お兄、外出自体珍しいしじゃん。私が誘わないと基本外でないでしょ」
それはそうだが。
「で。できる妹の私は、そのお兄が出かけた日以降、表情がいつも以上に死んでるなぁ、と不安なわけです」
「……」
確かに、あの日以降、彼女のことや染谷のことを考えてあまりリラックスはできていないかもしれない。我が妹ながらよく見ている。むしろ、今言われたことで客観的に認識できたくらいだ。
ところで、その言い方だと普段も表情死んでるみたいに聞こえるんですが、気のせいですか。
「さっきの話だけど、軽薄じゃない関係なら大事にするべきだよ。言いたいことがあるならちゃんと言うべきだし、知りたいことは訊くべき。黙ったお兄のこと察せる人なんて私以外いないんだから」
とんっ、と僕の胸を指で小突いてそう言う由愛。……なぜ、妹というのは。家族と言う存在には。隠し事ができないのだろうか。
「……悪い、由愛。ちょっと用事を思い出した」
「はいは~い」
由愛は少し呆れたように小さく微笑むと、僕に絡めていた腕を開放して、ソファに座り直す。僕がソファから立ち上がるのを横目に、テレビの音量をリモコンで数個上げた。
一方、僕は手元でスマホを操作しながら階段を上る。ある名前をタップして、数回のコール音を聞く。自室の扉を開けた瞬間、スマホの向こうから声がした。
「やあ。君からなんて珍しいね、世良町君」
「今話しても大丈夫か?」
「構わないよ~」
ガチャりと後ろ手で、扉を閉めた。その音を合図にしたように、僕は切り出す。
「この間の件、謝りたかったんだ」
「この間?」
しばらく向こうで「う~ん」と唸る声がする。
「何かあったっけ?」
「僕が感情に任せてお前を怒鳴ったことだ。……ごめん」
「ああ!あれかぁ。はは、別に何とも思ってないのに君は律儀だねぇ」
本当に全く記憶になかったかのような声をあげた後、彼女は笑い交じりにそう告げる。そして、少し優しい声音で続けた。
「でも、それで君が楽になるなら、その謝罪受け取るよ。許してあげる」
「……ありがとう」
スッと、胸の中に仕えていた何かが取れた気がした。
「だけど」
「ん?」
「感情に任せて怒鳴ったことは悪いと思っている。だけど、あの時抱いた怒りは間違いじゃなかったはずだ」
「……」
僕は彼女のことを何でも知ってるわけじゃない。染谷の苦しみも、葛藤も、きっと僕には理解できないだろう。2人が互いのことをどう想っているのかも分からない。だけど。
「困ってる人を、苦しんでる人を助けないのは……絶対間違っている」
「綺麗事だね。助けすぎるのは、かえってその人物の成長の妨げになる」
「それは否定しない。だけど……」
小さく息を吐いて、続けた。
「お前、綺麗事に向かって手を伸ばすバカみたいな人間、好きだろ」
数秒の沈黙。そして───
「ははははは!」
電話越しに、大きな笑い声がした。
「参ったな、これは一本取られた。うん、確かにその通りだ!くくく……」
ようやく笑いが落ち着いたころに、彼女が尋ねてきた。
「それで、バカな君は私にどうしてほしいんだい?」
「力を貸してくれ。染谷を助けたい」




