ミートソースと大都会(※地方都市です)
お前らミートソーススパゲティーがどれだけ素晴らしいかわかってるか!? ミートソーススパゲティーは最高なんだよ。ミートソーススパゲティーはなあ、神様なんだよオラァァァーーー!! (8888) 8888
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作者:氷室怜 先生
の二次創作です。
作者の氷室怜 先生より許可をいただいております。
ナポリタンも好きです。
「なんて美しいんだ」
それがおれの。
この運命の邂逅に対する、率直な感想だった。
うちの田舎の食事は、なんでもきちんと混ぜられて料理されていた。
ご飯ものは、すべて混ぜご飯かおじやで。
ムラなく染まった米を盛られた、チャーハンやチキンライスを掬いながら。混ぜられることなく、ただ「上からかけられ」たひと皿、風の噂に聞いたカレーライスやカツ丼なんかのことを想像していたもんさ。
だからスパゲティだって、ナポリタンかペペロンチーノしか知らなかった。調理過程を見ていなければ、ソースに染まる前のパスタの色を知らずに、少年時代をすごすことになるところだったなんて、考えるだけで恐ろしい。
そんなおれも、なんとかすくすく成長して。こんな田舎出て行ってやるぜ、こんちくしょうとばかりに。やってまいりましたのが、この大都会。——実際は、ただの地方都市なのだが。ここにはうちの田舎のような、強迫観念的に、なんでも混ぜて調理する風習は存在しない。
だからこそ、おれがこの大都会(※地方都市です)で最初にするべきことは、うちの田舎では味わえなかった、「上からかけられ」たひと皿を味わうことだったのだ。
下調べは済んでいる。カレーライスにカツ丼。そのヴィジュアルは脳裏に灼きついているため、瞼を閉じればそこに浮かぶほど。はやく、実際にこの目にして、この舌で味わってみたいとは思ったのだが。
カレーライスもカツ丼も、しょせん「米+α」である。
「上からかけられ」たひと皿は存在しなかったうちの田舎にも、白米におかずをのっけて食べるという風習は、かろうじて残っていたのだった。白めしとおかずとで食事をすることが珍しくない以上、なにかを「上からかけられた」米を味わうひと皿というのは、それなりに想像力の及ぶ場所にある。
そこで、おれがこの大都会(※地方都市だってば)でのはじめての食事に選んだのは——スパゲティ☆ミートソース!!
ソースに染まる前のパスタを、目にしたことはありこそすれ。白めしで食べたことのある米とちがい、ソースが混ぜ込まれる前の麺が皿に盛りつけられいるのに出逢ったことは、これまで一度もない。
おれは、その未知との邂逅を果たすべく、一軒の洋食屋を選ぶと。案内された席に座るが早いか、可愛い制服を着たウェイトレスのお姉さんに、スパゲティ☆ミートソースを注文していた。
「なんて美しいんだ」
やはり、それこそが相応しい感想だった。
米ほど白くはないかわりに、小麦粉の柔らかな色合いをして盛りつけられたパスタの上に。いけない罪の味をのせるように、それを赤く染めるミートソースが「上からかけられ」ている。
それは例えるなら、踏み荒らされていない雪原に、ルビーのジャムをぶちまけたような光景だった。
もう我慢できないというふうに、赤く染まったパスタをちゅるんとすすると、ナポリタンのケチャップともちがう、ミートソースならではのトマトの旨みが口のなかいっぱいに広がった。
旨い! なんて旨さなんだ!!
もちろん、「ミート」ソースであるからには、挽き肉の存在感もしっかりあるのだが、やはりトマト。
パスタに混ぜられたぶんしか、それを感じられないナポリタンよりも。ソースとして存在するがゆえに、はるかにジューシィな酸味と甘み。おれは夢中で、ミートソースに染まったパスタをすするのだった。
そして、おれが正気に戻った頃には。
皿にはすでに、ミートソースはほとんど見当たらなかったのだが、なんとも奇妙なことに。
赤い飛沫を、わずかなドットに散らせただけの。ソースが「上からかけられ」ても、混ぜ込まれてもいないパスタが、半分以上、手をつけられずに残されていた。
たしかに、ミートソースが「上からかけられ」たパスタは旨い。だが、その赤い魔性の手が及ばない、中心から離れた部分や、盛られたパスタの下のほう。そのあたりのパスタは、ソースなしのまま、小麦粉の柔らかな色合いを浮かべる白をしていた。
ソースが「上からかけられ」た部分の麺をすすることに夢中だったおれは、そこにまで目が届いていなかったのだ。
ただの白めしだって、米の味を楽しめるように、ソースのかかっていないパスタだって、悪くないものだろうとは思いながらも。ミートソースのあの鮮烈なトマトを味わったあとでは、口にする気も起こらないまま。
窮地に立たされたおれは、テーブルの上に置かれたふたつの小瓶に目をとめ。ひとつの決断をくだすことにした。
塩と胡椒。あわせて塩☆胡椒である。
こいつをかければ、ソースのかかっていない部分のパスタでも、おいしくたべられるはずだ。
震える両の手で、ふたつの小瓶をつまみあげ。禁断の味変に、おれが踏み切ろうとしたそのとき。
「こちら、ミートソース継ぎ足しいたしますね」
救い(掬い?)のおたまから、追撃の赤い怒涛が皿に注ぎこまれ、パスタを残らず染めあげたのだ。
そこには、さっきのウェイトレスのお姉さん。
唖然としているおれに、お姉さんはウィンクをひとつと、ありがたいアドバイスをくれた。
「きみ、そのかっこからすると、田舎のほうから来たでしょ?
ミートソースみたいな、パスタに混ぜ込んでないやつ、はじめて食べるんじゃない?
ソースがかかったぶんだけさいしょに食べちゃうと、ソースなしの部分だけ残っちゃうよね? だから、たべはじめるまえに、ちゃんと自分でしっかりまぜて、それからいただくくのよ」
なんと!
「上からかけられ」ているパスタは、混ぜ込まないのではなく、自分で混ぜてからたべるのか!!
……ん? だったら、料理の段階で、ちゃんと混ぜてから出してくれたほうが、こちらの手間がはぶけて楽ではないか???
お姉さんが、追いソースをしてくれて赤く染まったパスタはたしかに旨かったが。しょせん田舎者のおれには、その不合理がしっくりこないままだった。
「ごちそうさまでした」
「あら? せっかくなのにデザートは食べて行かないの?
じゃあ、次のお楽しみね。また来てくれるの、待ってるから」
赤く汚れま口もとをペーパータオルで拭って立ちあがるおれに、お姉さんは声をかけてくれた。
ありがとう。必ず、また来店させてもらうよ——つぎに、この大都会(※地・方・都・市!!)に足を運ぶことがあればだけど。
今回のことでよぉく、わかった。
田舎も、田舎じゃないところも、その在り方にたいしたちがいなどない。
ナポリタンのように、混ぜ込んでから客に出すか、ミートソースのように、客に出してからそいつ自身に混ぜさせるか。そこにあるのは、その程度のちがいだ。
だったら、おれはおれに相応しい場所で息をして、ものを食べよう。
その場所は、自分で混ぜるミートソースに不合理を感じてしまった、ここではない。
おれは、実家に電話をひとついれて、翌朝には帰ることを連絡した。
仕事も住まいもこちらに来てから探す予定だったので、突然の出戻りにも、なんら不都合はないし。実家のトウモロコシ畑でも手伝いながら、この先の身の振りかたを考えるさ。
とんぼ帰りしたおれの、突然の心変わりに。
おやじもおふくろも首をひねりながら、あたたかくその選択を受け容れてはくれたのだが。
そのきっかけが、ひと皿のミートソースにあったこと。
それを語ることは、おそらくないだろう。
夕食に出たナポリタンのスパゲティが、やたらと旨かった。
たしかに、混ぜるのめんどいです。
ぐちゃぐちゃ混ぜないにしても、配分が……。
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