文官 2
「あんまり深く考えないで、お手紙を書いていたわ。
これが相手に出す手紙の書き方だと習ったから」
と、メアリー様は定例文でのやり取りを言う。
「習慣として、メアリー様は手紙の書き方に疑問を持たなかっただけですよね。
私は此方のやり方に合わせる側なので、何故? この書き方になったんだろうと、この形になる経緯があるのなら従うが、意味が無いのなら自分流にしたいなと思うわけです。
シアン陛下に文字を習っていた時にお聞きすれば、手紙を送る時は検閲が入ること内容によっては要らぬ疑いをかけられる事が有ると教わりました。
なので私は、此方の流儀に従って物事を覚えましたよ」
と、藍が説明すればメアリー様もダニー様も驚かれるだけでなく、ルカに視線を送る。
「メアリー様、ダニー様、私も知りませんでしたよ。アイとシアン陛下の勉強の内容までは……とても熱心に学習されていたけれど短い時間で体調を崩していたので、アイの身体の事しか見ていませんでした」
と、ルカには珍しく慌てて説明している。
……何を慌てているのルカは? 第一日本語で話している時にルカが分かるわけが無いでしょう?
当時は常識も何も分からないことばかりで、シアン陛下にはドチテ坊や状態だったのを、良く嫌がらずに相手をして貰ってたよ。
シアン陛下にしてみれば、身内かそれに近いものかと探っていたようだけど……お祖父様も忘れていた日本語が時々可笑しかった。
ゆっくり話していた内容は、きっと思い出しながらのことで、私に聞きたいことがあった筈なのに、私ばかりが質問詰めで直ぐに倒れてしまっては、歯痒かっただろうな……
「そんな訳で、シアン陛下や側近の方は文章であれ、見えて得る物を理解されてい筈です。
ましてや情報漏洩の危機意識は一番優れている筈です。
自分達がしてきたことが、される側に成ることも理解されていて当然ですから」
と、藍の説明にダニー様はうんざり顔で仰る。
「シアン陛下は流石ですね。僕にはお祖父様と同じ様に、唯お優しい親戚のもう一人のお祖父様だと思っていました。凄く不敬でした」
と、ダニー様の落ち込みに、メアリー様も同意される。
「シアン陛下やカール様の時代は、今のように穏やかな時間では無かったようですから、時間と共に薄れる危機感はなって然ることです」
と、藍が慰めのつもりでメアリー様とダニー様に伝えたら、
「違う! シアン陛下が流石だと言ったのは、アイを文官にして付けると判断されたことだよ!」
と、ダニー様が言い出した。
「えっ? そこ?」
と、メアリー様は違っていたようだが、
「僕は、身体の弱いアイに何故、職業婦人の用な事をさせるのかと、内心面白くありませんでした。勉強熱心で知識欲が有るからなのだろうと自分の中では納得出来た事だけど、それだけの視点や観察力があるのなら、身体の弱さよりも側で見てみたいと思うシアン陛下の気持ちが良く分かります。
シアン陛下は凄いです」
と、ダニー様の熱弁に、
……イヤイヤ、ただ孫だと分かった時の愚かさは、無性に腹が立った事を思い出す。
浮かれた祖父を見たかった訳では無かったから、ニックさんやメリアーナ様の執り成しがなければ、わたしはお祖父様を許していたかどうか、自分でも分からない程悲しかった。
「買い被りですよ。それ程凄いとは私は思いませんし、シアン陛下にはカール様やガルソール様の用な優れた側近がいたからこその今なのだと思います。
外遊巡りで、大変な思いをされたと聞きましたが、それが糧に成っておられるのなら後世に伝えるのもシアン陛下のお役目です」
と、藍があっさり冷たく言って退けるのを、メアリー様とダニー様が苦笑されながら見ている。
「と、言うことは? ダニエル王太子殿下の事を言っているのですか?」
と、ルカは藍に問う。
「シアン陛下のお考えは分かりませんが、今度来賓としてダニエル王太子と友好と親睦をといった建前なんでしょう?
ダートル様の危惧はそちらだと思ったのですが……」
と、藍はダートル様の深刻な表情に何かしら心当たりが有るのだろうと察している。
「伯父様の危惧? それはアカデミーのことではなくて、研究所のことかしら?」
と、メアリー様はたまに鋭いことを仰る。
藍もダートル様の慌て様に、研究所員がアカデミーと同じなのではと思ったのだ。
……ダートル様が長ならば、その下に付く方達はどの世代の教育を受けたのか?
ガルソール様のお話にダニエル王太子に関して口出しも為さる様には見えなかったし、出すつもりも無いような事を仰れば、王宮の情報はどうなるのだろう?
シアン国王陛下が、国益を損なうことを見て見ぬ振りは為さらないだろうが、ダートル様の危惧されること、周りの人達の危惧は違うのかも知れない。
「アイ、貴女がもしも親交を深めて来てくれと、お父様にでも頼まれたとしてら、アイはどう動くの?」
と、メアリー様は聞いてくる。
……メアリー様の自分に置き換えて物事を考える性格は、わたしは好きだ。
何かしら出来ることを探して動こうと為さる。さぞかし身内は心配だろうなぁ。
ダニー様のギョッっとした顔が、姉の行動に危っておられる。
「そうですね。親しくなるのが同性か異性かによりますが、同性ならば趣味や好みの話から入りますね」
と、藍は答えた。
「じゃぁ、異性の場合は違うのかい?」
と、ダニー様が聞いてくる。
「私は、周りに男性の過保護達が常にいたので保護者でない異性と話す機会があまり有りませんでした。
でも、たまには一人で行動する場合は相手の目を見て話します。その方が私の髪色に視線がいくのなら髪の話をしますし、顔色を見られるのら虚弱だと話します。身体を見るようであるのなら服装の話をしますよ。視線が何処に有るかで話を持っていきます。
だから、私を見ないで違う所を見ていればそこに案内をするでしょうね。許可された場所ならば室内でも外の景色でも」
と、藍はメアリー様の問いかけに答えた。
「もし、許可の必要無い人が一緒なら何処にでも案内するってこと?」
と、ダニー様の問いに藍は頷いて返事にした。
「何も示さないでいたら?」
「何も示さなくても何処かに視線は向くでしょう。
座っている椅子なのか、出入りのする扉なのか。出されたお茶にだって話題は振れますよね。
興味が有るから視線はそこにいくのでしょう。私に権限があれば相手の望みを叶えたいと普通は思いますよね。
でも、前もって権限は有りながら不都合にて叶える事が出来ないと知っていれば、代案を提案します」
と、藍は答えた。
「なる程ね、伯父様のらしくない変更が、分かった気がするわ」
と、メアリー様が仰れば、ダニー様も同意された。
「僕はアイの仮の行動でも、対処の限度を感じるよ。付け焼き刃でどうにかなるのだろうか?」
と、ダニー様の言葉に藍は、
「だから、ダートル様は動いたのでしょう。ご自分が考えて動ける事を、まずは手の届くところから、私をメアリー様とダニー様の側に置くのもお二人が気付いて動くと分かっておられるからでは?」
と、藍はメアリー様とダニー様に言う。
「はぁー、私はアイとゆっくりお茶をしたかったのだけど淑女科の先生方と話をしてくるは、アカデミーの事と今度の来賓での私達の役割なんかをね」
と、メアリー様はカップに口を付けて1口飲み込む。
「僕は教育科か、ビバル先生なら直ぐに理解してくれそうだから行ってくるよ」
と、ダニー様は仰る。
「アイはどうするの?」
と、メアリー様がお聞きになるので、
「ルカに案内をお願いして、アカデミーを散策しますね。もし迷子になったら困りますから。
でも、メアリー様はナギさんが戻って来られるまでは私とお茶をしていましょうか」
と、藍は笑顔で答える。
メアリー様の側には侍女しかいないのだ、ダニー様は笑ってそうだと言って教育科の棟に向かわれた。




