文官 1
「ダニー、どういう事かしら? 午後からは伯父様の所に行くつもりでいたのだけど」
と、メアリー様は急な予定変更に戸惑っているが、藍がへこんでいることに午前中の学習内容が気になっている。
「別に何事も無かった筈ですよ。僕達の周りでは……」
と、ダニー様がチラリと藍に視線を向けてメアリー様に答えている。
「アイ、観念して話して下さいな」
と、メアリー様の追求が始まった。
「メアリー様、私はダートル様の地理が苦手な指摘に従って学習に参加をしただけですよ」
と、藍が参加を促した経緯を話して、ルカに振る。
どういう事? っとルカにメアリー様とダニー様が視線を向ける。
「文官取得試験の時に、アイは唯一地理問題だけを不正解にしていました。ここでの生活が短いアイには不利な問題では有りますが、文官としては身に付けた方が良い知識です。
ダートル様は復習学習の場で、地理が不得意としている学徒達と一緒に受けるかと、問われてアイは受けたのです」
「そうだね、でも一緒に伯父上の説明を聞いていたじゃないか。
それからだよ、アイが何故か手を挙げて伯父上に質問をしてから、伯父上の様子が変わったのは……」
と、ダニー様は離れていたけど、藍の行動は把握していたようだ。
「ダートル様が笑いすぎなんですよ」
と、藍が言えば、
「いえ、そこではないですよ」
と、ルカが突っ込む。
「ルカ、もしかして私が地図が情報だと言ったから?」
「ええ、その通りです」
と、ルカは認める。
「ど、ど、どういう事よ! 全く意味が分からないわ」
と、メアリー様が藍とルカの話しに付いて行けないでいると、
「姉上、敵対しているところに、ダーニーズウッド辺境伯領土の詳細な情報が流れたらどうしますか?」
と、ダニー様は不意にメアリー様に問う。
「えっ? 詳細な情報? 領主がいるお館の場所とかの警備強化?」
「勿論それは大事ですが、自分達の無事を考えるのです。
速く被害を少なく落として、逃げるか迎えるか。情報は何より武器になるのです。
例えば、国境を護っている部隊を潰すには、どの時間が交代で何処で休憩を取っているか分かれば、狙い目ですよね」
と、藍がさらりと言えば、メアリー様だけでなくダニー様もルカまでが驚愕の表情を作って藍を見ている。
「アイ、貴女何を言ってるの?」
「だから、例えばの話ですよ」
「アイは、軍事学でも勉強したの?」
と、ダニー様が聞いてくる。
「勉強をしたかと言われると、歴史を勉強すれば結果論として何故勝利出来たのか、何故負けたのか歴史は物語っているからでしょうか?
私は歴史はとても好きな科目ですので、地図が重要な情報であることは知っていますよ」
と、藍が説明をする。
「ダートル様はアカデミーでの情報漏洩の危機管理が疎かになっていると判断されて、他の教師や関係者達に確認を取っておられるのでしょう」
と、ルカは答える。
「情報漏洩なんて、アカデミーで始めに習うことでしょう?」
と、メアリー様は不思議に思い言葉にした。
「その通りです。貴族籍の方は」
と、ルカは追加で答える。
「「…………」」
「現に私は父より教育を受けておりますので知っておりますが、アカデミーの教育科では、習っておりませんとダートル様には、お伝えしました」
「「…………」」
「多分ですが、シアン陛下が即位されて内戦も外戦も無かったようですよね。当時の教育では当たり前の厳しさであったことが、平和な時間が長くなれば危機意識は薄れるでしょうね」
と、藍は自身の事の様に分かる。
……長期間の危機管理、危機意識なんて続く訳無いでしょう。
人は体験していないことは、想像出来なくて備える事を忘れるのだから……喉元過ぎればなんとやらだよね。
「伯父様はアカデミーの教育課程に抜けが有ると指摘されに行ったのですか?」
「おそらく、貴族科でも選択科でも情報漏洩が大罪だと理解していても、自分が犯してしまう危うさは理解してないかも知れませんね」
と、ルカの指摘にメアリー様もダニー様も身に染みている。
「伯父様の危惧は、尤もだわ。
私達は大きな失敗を身内でしたばかりだから分かるけど、身内でなければ大罪だった話よね」
と、メアリー様は言葉にしたけれど、
「姉上、身内だけに済んでいませんよ。
お祖父様やお祖母様にあれ程叱られたことなんて有りませんでしたから……それにシアン陛下には真っ先に指摘されて怒られましたが、今では感謝しかありません」
と、ダニー様は仰る。
「良かったですね。大きく問題になる前で」
と、藍が言えば、
「アイ、大きく問題になるのはこれからですよ」
と、ルカは言う。
「ルカ、どういう事だい? 伯父上は問題提議をして対策すれば良いこと思うけど?」
と、ダニー様が問うと、メアリー様も首を傾げる。
「それは……」
「認識の欠如が、どの範囲までになっているかよね」
と、藍が答える。
「アイ?」
と、メアリー様が不振がる。
「メアリー様は、最近身に詰まる事で思い改められましたよね」
と、メアリー様とダニー様に確認を藍は取る。二人は頷き認める。
「ならばメアリー様より下の方は認識欠如になっていると判断しますね。
では、メアリー様より年嵩の方は?」
と、藍の指摘にメアリー様もダニー様も沈黙された。
「……お義兄様は、大丈夫よ」
と、メアリー様の答えに、
「お義兄上はですね」
と、ダニー様が言い換える。
「ミカエル様が大丈夫だとしても、その世代も欠如組がいそうだとダニー様は思うのですね」
と、ルカは確認を取る。
「ダートル様はそう判断されたようですよ。王宮と研究所にも至急問題相談有りと、指示されていましたから」
と、藍は答えた。
「だから、大きく問題はこれからだと言いましたよ、アイ」
と、ルカは藍に向かって言ってくる。
「えっ? 私のせいですか?」
と、藍の不服そうな態度と表情にメアリー様は、
「違うわ、アイのお陰で早くに手が打てるのよ。国を揺るがす大事になる前に指摘が出来るのだから、アイは報奨を貰っても良いと思うわよ」
と、メアリー様は藍に労いの言葉を付ける。
「でも、シアン陛下や陛下の側近の方達は、渦中の人だったのでしょう? 気が付か無いとは思わないけど」
と、藍はルカに問う。
「どういう意味ですか?」
「領土でのシアン陛下とカール様のお話には、隣国や姻戚関係の諸外国にシアン陛下は訪問を頻繁にされていたと伺ったの。
この前のガルソール様のお話にも有ったのだけど、側近達の仕事は偵察と地図の作成だと思ったのよ。
私がもしも付いて行く機会が有ったのなら、公に地図を描くわけにはいかないけど、視察や散歩だと言って周りを見て回るだろうなと」
と、藍が言えば、
「そんな簡単に地図が描けるものなの?」
と、メアリー様が聞いてくる。
「方向感覚の優れた文官なら、それ程難しく無いと思う。起点を決めて何歩歩いただけ覚えれば後で距離は出るもの」
と、藍の答えにダニー様はウンウンと頷く。
「ねぇ、ルカ。ダーニーズウッド領地の出入りの時って、検閲があるのよね」
「警護団隊が国境と領地境と有るけど?」
「その中に禁止されているものが何か知っている?」
「盗品や大量の紙幣に無許可な書籍と加工前の原石、それから死体確か人も動物もだった筈?」
と、ルカは思い出しながら答える。
「無許可な書籍には、地図も入ってると思う。書籍には物語の中に描写として地理が含まれているから」
と、藍は説明をする。
「「…………」」
「地理なんて入ってないわよ? アイの考え過ぎでしょう?」
と、メアリー様の疑問に、
「うんとね! 例えば朝日を館を出た左側で受けて眩しいと、言う物語の内容から、北側を背にして建物が建っていると言う事が読み取れるよね」
と、例え話を上げてメアリー様に説明すれば、ダニー様はワナワナと震え出した。
「情報漏洩ってそういう事?」
「架空のお話なら良いけど、歴史上の話なら地形はそれ程変わらないでしょう?
たぶん手紙も検閲に入っているけど、用件のみなのは要らぬ疑いや情報漏れを防ぐ為であって、やたら分かりにくしてあるのも当たり前の手段何だとこっちで文官の試験を受けて思ったのよ。
定例分で始まって用件で終わりなんて」
と、藍はダートル様の書類文を思い出して言う。




