地図
「自分でも地図をどう見たらいいのか分からないのですが、ダーニーズウッド辺境伯領土は何処ですか?」
と、 机の上の地図に視線を向けて藍がダートル先生に問うと、
「現在のダーニーズウッド辺境伯領土は、このシーガネ川をジャスパード国へと遡る途中に有りますよ」
と、一人の学徒が指で地図上の川をなぞりこの辺りだと説明してくれた。
「でしたら、私は方向音痴のようなので……」
と、藍は学徒が教えてくれた地図の側に行き、地図を見ながら教えてもらった場所を手にとって裏返しにした。
「「「えっ????」」」
「多分? この辺りだと思います。ダートル先生」
と、裏にして手で押さえた場所は、表はダーニーズウッド辺境伯領土辺りになる。
「「「………………」」」
「…………本当に?」
と、確認してくるダートル先生に、
「多分と言いました。私が方向を分かっているなら、こんな地図を裏側にしてダーニーズウッド辺境伯領土の真裏だと、ふざけた答えをしたりしません。ダートル先生なら正解だと評価されますか?」
と、藍は苦し紛れな返事をして誤魔化す。
「嫌、答えとしては面白いけど、正解とは判断しないだろうな……」
と、顎に手を添えたダートル先生は、一様苦慮の答えであるように返事をされる。
……でも、これが正解なんですよ。正直に答えても信じてもらえる筈も無いですからね、わたしは嘘は付いてません。
「ダートル先生、ジャスパード国は昔に比べると領土の形が随分違うのですね」
と、先程の学徒ではない学徒の一人が、わたしが裏返した地図ではなく昔の地図を見ながら質問をしてきた。
簡単に三枚の地図は、大昔、昔と裏返した現在の地図が机の上に置かれているが、大昔の方は地図の役目もなく、想像で山脈で仕切っただけで誰かの悪戯書きの様に見える。
実質上二枚の地図で、学習がされていたようだが、わたしは大昔の地図の方が分かりやすいし面白い。裏返した地図を表に直して、大昔の地図を手に取り見ていると、ルカが側に来て覗き込む。
「随分いい加減な地図ですね」
と、感想を言って来るが、
「大昔からカーディナル王国の地形は変わっていないのですね。カーディナル王国を囲むような山脈が高いせいでしょうか?」
と、藍は一人で呟く。
「いえ、山脈の高さは変わってますよ。採掘もされて平野が多くなっていますし」
と、始めにダーニーズウッド辺境伯領土の位置を教えてくれた学徒が言ってくる。
「ダートル先生! 質問よろしいですか?」
と、藍は挙手をしてダートル先生に声を掛けた。
教場にいる学徒が全員藍に注目をして、思わずたじろぐ。
「アイ、手は……挙げなくてもいいよ。聞こえる範囲の声掛けで……クッ!」
と、ダートル先生がクックックッと、笑いながら答えてくるが、
……もう!!、笑わなくても……そう言えば誰も挙手をして質問をしない。
幼い頃からの習慣って……教室と同じ場であれば尚更みたい……
ミカエル様みたいに、笑いすぎて筋肉痛になればいいのに。
「……そ、そ、それで、何だろう……か?」
と、口角をピクピクとさせながら、ダートル先生が聞いてきた。
「地図の制作者は誰で、どの様な経緯で作成されてのか教えて下さい」
と、藍が普通に質問をすれば、
「……えっ? 制作者?」
「えっ? 作った人の記録は無いのですか?」
「地図は自国把握の為に作成されている。国営に関わる事だから、王宮からの依頼で文官達が担っていたと思いますよ」
と、ダートル先生も答えながら、思考している。
「地図は情報です。昔と比べるのは尤もですが、大昔の地図は地形把握だけの物ですよね。カーディナル王国の山の位置、川の位置を街道の行き先なのがその証拠です。制作者の文官さんは他国に目が行っていません。命じられたことが自国の把握ならば建国後直ぐに必要だったからですよね」
と、藍が言えば藍が手に待っている地図を、ダートル先生は近付いて覗き込もうと為さるので、その前に手渡す。
「確かに、アカデミー学院に教材として有る地図は、王宮の資料の原本からの複製だが、ここには三枚の地図しかないが、王宮にはもっと沢山の地図が保管されている」
「それは貴重な情報だからですよね。わたしなら地図は政に使用するのは当たり前ですが、不味いのは他国に地図の情報が流れることです。教育で使う場合でも情報を漏らさない教育はいつ何処でされていますか?」
「情報が重要なのは貴族科で確り学ぶ基礎だが……」
と、ダートル先生は藍の隣のルカに視線を向けて、
「選択科で、敢えて教育科で情報の重要性を復習として教育の場があったか覚えているか?」
と、ダートル先生はルカに問う。
「いいえ、情報の重要性は領土で父に教わりましたが、アカデミーでの教場で習った様には思い出せません」
と、ルカの答えにダートル先生が凍り付いた。
……そうか、貴族の子供達は他者に情報が漏れる危険性を教わる。
それもそうだよね、地位で生活基準が出来ているんだから、向上すればいいが下降するような情報は出せないし出さない。
わたしが受けた一般人が入ってくる選択科はどうなんだろう。
医療関係は守秘義務を習うだろうし、メアリー様がいらっしゃる淑女科は、貴族の御令嬢しかいらっしゃらない。
なら、貴族でも情報漏洩が自分達だけでなく国として大罪で有ることを理解しているのだろうか?
「そろそろ、自分達の考えや分からなかったことを理解出来た場になっただろうか。
さぁ、僕の文官がしたようにまだ、時間が足らないという者は、手を挙げて知らせてくれ」
と、ダートル先生は6つに分かれているグループの状況を教壇から聞いている。
わたしとルカは入れてもらったグループの側で、ダートル先生の指導を見ていたが、視線を感じた方を見ると、ダニー様の心配そうな視線とかち合う。
……なに? ダニー様のその目は? 何か不味いことをわたしが仕出かしましたか?
「ね、ねぇ……ルカ」
と、極力小さい声で隣にいるルカに藍は声を掛けた。
ルカはわたしの前に背中を向けて立ち、顔を少し下に向けて促している。
「あのう……私が、ダートル様の都合の悪いお立場にしたのでしょうか?」
と、ルカの背中に向かって小さく呟く。
「後で説明しますので、今は時間までダートル先生のお仕事を学んで下さい」
と、ルカは小さい声で返事をしてから、わたしの前を移動する。
……やっぱり何か? したようだ。地図と情報の話をしただけなのに……結局制作者は分からなかったし、質問の答えは教えて貰ってないよ。
王宮に上がった時にでも、お祖父様と地図を見ながらお話が出来るといいな。
午前中の教育科の学習は、わたしは見ているだけで参加せずに終えた。
「ダニーお昼からの学習は?」
と、ダートル様の問いに、ダートル様の控え室に一緒に向かっているダニー様は、
「新しい先生の学習がありますが?」
「分かったその先生の分の学習は後から僕が見てあげるから、アイとメアリーの所へ行ってくれ」
と、ダートル様は控え室の鍵を開けながら言う。
「えっ? 姉上の所って、淑女科ですか?」
「そうだ、メアリーとお茶会をしているように一緒にアイとメアリーの側に居ろ」
と、ダートル様は部屋の中にズカズカと入って机に書類を出してきて何やら書いている。
……えっと? それもわたしの仕事になるのよね。わたしが書いた方がいいのか聞いてみよ。
「ダートル様、書類仕事があるのならさせて頂きたのですが……」
と、藍が言ってみる。
「そうか、させるべきなんだが、1枚は私が書くので後2枚は、アイが書いてくれるか? サインは後で記入するから、空けといてくれ」
と、手本となる書類を1枚書き上げる為に、ダートル様はペンを持ち直す。
頂いた書類を書き上げれば、メアリー様がいらっしゃる淑女科に、ルカの誘導で赴きメアリー様が凄く驚いておられたが、お茶会をするとダニー様に言われて、喜んで引き受けて下さった。
ルカはメアリー様に付いているナギさんに指示を出して、こちら側に付くようだ。
ナギさんが離れてからお茶会が出来る淑女科の談話室に赴き、わたしが仕出かした内容をルカに教えてもらうつもりと、ダニー様も離れていて状況が分からなかったと、4人の情報共有の場となった。




