懐柔
「いえ、思わないですよ。私の虚弱を知れば……他所では直ぐに死ぬ自信があります」
と、藍が自信たっぷりに宣言すれば、ダートル様とルカが顔を見合せてため息を付いた。
「俄にアイの虚弱さが知れ渡ったとしも、さして本気にするところは無いと思うぞ。僕でさえ目にするまでは大袈裟な対処だと認識していたんだからな」
と、ダートル様は正直に仰り馬車が止まりかけるのを、ルカと確認をしている。
「兎に角、アイは僕とルカの側から離れるな。今日の様子を見てロビンが領土に持ち帰っているシアン陛下からの所有物印のペンダントを取り寄せるか、考えるから」
と、ダートル様が止まった馬車から先に降りようとする。
「その青い石のペンダントは、シアン陛下の側に付いてからですよね?」
と、藍がダートル様がルカの後に降りた側で、馬車のステップに足を付けた時に聞く。
「…………アイ、君は鋭いのか鈍いのか……どっちだ?」
「…………えっ?と? おはようございます?……ごきげんよう? でしたか?」
と、ダートル様が差し出した手に指を置いて、馬車から降りれば試験の時にはいなかった職員が、馬車止まりの庇から教育科の玄関口に屯っている。
「アイ、後には私がいます。気にせずダートル様に付いて下さい」
と、ルカが側で耳打ちしてくれたが、藍は振り向きルカの顔を見る。
「ニルスさん、朝の挨拶が出来ずでした。カロンさんから頂いたお花嬉しかったと、伝えてくださいね」
と、ルカの頭上でこちらを見ているニルスさんと視線を合わせて笑顔で伝えると、
「あっ! はい。父もアイ様の理解に喜んでおりました。いつでもお花をお摘み下さいと……」
「ありがとうございます。その時にはお声を掛けるのでお付き合い下さい」
と、藍が言ってダートル様の後を付いて、教育科の玄関から入っていく。
周りがどよめいてダートル様が立ち止まり、周りを見回して、
「皆さんおはよう、今日から私に付く文官だ。
挨拶は省くので声かけもしなくて良い。用事が有れば私か後に控えている侍従に言うように、この文官には私の用事しかさせぬ。
臨時教師の私がいる間だけ、アカデミーに付くが、個人の文官であるので交流を持つつもりも無い。
一切、関わりを持つ必要はないから、事情説明は済んだ早く仕事に戻れ」
と、一気にダートル様の挨拶代わりの説明を、玄関ホールで言いきり職員や他の野次馬を散らす。
「…………ダートル様? いつもあの様に仰るのですか?」
と、唖然と見ていた藍がダートル様が、声を張上げてゆっくり威圧有る言葉に驚きで問う。
「普段の僕を知らないから驚くかも知れないけど、僕も長をしているんだよ。必要以上に威厳を出すつもりは無いけど、今は敢えてだが、舐められる訳にはいかないからね」
と、ダートル様は遠巻きに見ている雑踏に見向きもせずに、自分の控え室に向かうと言う。
「ルカ! 分かっているだろうが、動くのは君だ。アイには仕事の流れと持ち込まれる用事を見てもらう。不服だろうが今日付いて回るだけでアイが体調不良になるだろうと、ティベリ女史には言われているからな。従って欲しい」
と、ダートル様は控え室前で仰るので、仕方なく藍も頷き返事にする。
控え室の扉を開けると、ダニー様が座って待っていた。
「あっ! ダートル伯父上! おはようございます。
アイ! 体調は大丈夫なんだね」
と、ダニー様はダートル様に挨拶され、藍に向けて話しかける。
「ダニー様、おはようございます。ダートル様から伺いましたが、酷いめにあわれてのでしょう?」
「…………伯父上、何をアイに言ったのですか?」
「ナギ、こちらはルカがいるからメアリーの所へ行ってくれ」
と、ダートル様はダニー様の問いかけに答えることなく、ダニー様に付いていた侍従のナギに指示を出す。
「あっ! 姉上も来るんだ……」
と、ダニー様はナギさんが、控え室から出るのを見て言葉にした。
「えっ? メアリー様がアカデミーに来てはいけないの?」
と、ダニー様の態度に不思議に思い藍は問う。
「嫌、メアリーがアカデミーに来るのは別に悪くは無いし、職業婦人を目指すと言っていたからそれで良いのだがな。
淑女科は、2年で収得期間は終わりなんだ。王宮の侍女や専門職を持ちたい女性は、引き続き淑女科から教場に出向く事は許されている。17歳のメアリーは、無理してアカデミーに来る必要は無いのだが……」
と、ダートル様の言葉選びに苦慮されてはっきり仰らない。
「アイは姉上をどう見ます?」
と、ダニー様が藍の評価を聞いてくる。
「どう? メアリー様が居ないところでメアリー様の事を話すのは気が進まないけれど、それは女性から見てと言う意味ですか?」
と、藍が問うとダニー様だけでなく、ダートル様やルカまでも頷く。
「うぅ~んとね。盲目的に良い子よ。私よりも身内で有るダニー様やダートル様に生まれた時から知っているだろうルカに、敢えて言うことでもないけれど、外野から見ていて利用されやすく見てるかもね」
と、藍が言えば思わずダニー様の顔が歪む。
「人の長所は短所でもあるから表裏一体なんだけど、メアリー様の良いところが過ぎると悪いところになるのは、メアリー様だけじゃないでしょう? 私にも誰にでも当てはまる事だと思う。
前にメアリー様が誤解されて私に詰め寄った事があったわよね」
と、藍がダニー様に確認をとると、ダニー様はすんなり認めて頷く。
「ダニー様は私に姉上を止めたけど、止めきれなくてごめんと仰いました。
でも、本気でダニー様がお止めになればメアリー様は止まりますよ。
ダニー様が本気で無いことが分かるから、ミカエル様が私に騙されているとメアリー様は聞く耳を持たなかった。それは、ダニー様とケビン様がメアリー様が暴走しても良いと内心思っていたから、メアリー様の暴走はとまらなかった……のでしょう?」
と、藍は説明する。
「メアリー様は信じている者の言葉を疑いません。警戒心はお持ちですが、信じた人が言う言葉を鵜呑みにする傾向は有ると思います。信用させることが出来ればメアリー様を利用することは簡単だと私は思います。
今までは地位的にもダニー様を始め周りが制御出来た事は、メアリー様が信用されているからで、身内よりも信用に値する人が現れると、メアリー様の価値観は変化するだろうと思うのですが……正直、私がメアリー様を上手く利用することは可能だと思いますよ」
と、藍はダニー様にあからさまに答えて反応を見る。
「それは、アイが故意に姉上を利用すると?」
と、ダニー様からは、訝し気に見られ問われる。
「何故か? 私はメアリー様に信用されたようで、私からメアリー様を利用しようとは思っておりませんが、好意を今は有り難いと感じてはおりますよ。
でも、 ダニー様はメアリー様のその性格を危惧されているでしょう?」
と、藍は姉思いのダニー様を指摘する。
「姉上は、周りから何とか言われているのか、知っているようで……ケビンと僕は本当に姉上を想ってくれる人が現れるのを期待してはいるのですが……生憎、信用に足りません」
と、ダニー様の言葉に藍は、
「ダニー様のお母様 カリーナ様はメアリー様より条件は悪かったのでしょう? それでも意中の人を射止めて努力されているのですから、良い手本が目の前にあるのです。
ダニー様が心配なさらなくてもメアリー様は、凄く努力家で人を見る目はお持ちです。烏合の衆の中からでも、本物はお分かりになると思いますよ。
ただ、腕力的な事には気を付けた方が良いとは思いますけど、だからナギさんを付けたのですよね。ダートル様は?」
と、藍はメアリー様にも邪な感情で近付く輩には気を付ける為に、ナギさんを付けたはずと確認をすれば、
「大人しくしてくれる方が良いんだけどね、メアリーもアイもね」
「……私は、仕方なくの筈ですが?」
「……どこが? だ? 僕は商売を始めるとは知らなかったが? この短時間で色々と、やってくれたじゃないか?
メアリーが動いているのは、アイとの協働だとカリーナから聞いたよ。
メアリーを矢面にするつもりは無かったが、本人がその気になっているから、困ったもんだ。
いったい、どう? 手懐けたのか……」
と、ダートル様が難渋される。
……手懐けるなんてペットみたいな事をする訳が無いのに……ただ、姉妹みたいに一緒に出来たらいいよね!って言っただけだけど……




