引抜き
「アイ、用意は出来たかい?」
と、ダートル様が藍の部屋の前で声を掛けてこられた。
「ダートル様が何故? いらっしゃるのですか?」
と、藍はソファーで着替えを終えて、アカデミーに持っていく荷物を確認していた。
「何故って、今日から僕の文官見習いとして一緒にアカデミーに行くからだよ」
「カリーナ様からは、メアリー様と御一緒するようにとお聞きしておりますが?」
と、藍が答えていたところへ、ダートル様の後から、
「ダートル伯父様おはようございます。何故? 伯父様がいらっしゃるのですか?」
と、藍と同じ事を姪のメアリー様にも言われる。
「ダートル様は昨晩遅くに戻られて、アイ様と御一緒されると伺っております」
と、ルクールさんがメアリー様の後からルカと部屋に入ってくる。
ルカはルクールさんと、今日の予定を確認をするために場を外していた。
「アイは、私とアカデミーに行くのです。アカデミーに付いたら教育科に連れていきますよ」
と、メアリー様がダートル様に説明をする。
「それがさ、今日から僕に付くアイは後からでは、先生方に挨拶の時間が無いんだよ。ビバルは事情を説明したから理解してくれているけど、他の先生や職員達はまだ知らせていないし」
と、ダートル様が答えた。
「それは、何故? 今日なのですか? 前もってビバル先生の様に説明されていればいいのでは?」
と、藍も首を傾げる。
藍をダートル様に文官見習いに付けるとなったのはシアン国王陛下の許可が出て、二巡りしている。
「ダートル様がそうしたくても出来なかった事情が有るようですよ。馬車の中でお話しますね」
と、いつも間にか外出用意を終わらせているルカが言ってきた。
「メアリー、悪いがアイを連れていく昼休憩にでも僕の部屋に来てくれたらいいよ。
それならメアリーも安心だろう?」
と、ダートル様とルカは藍を促して廊下に出るようだ。
玄関ホールには使用人達が並び、ルクールさんとメグさんの合図で頭を下げられて、アイはダートル様の後を追う。
馬車の扉を開けて待っていたのはニルスで、御者服を着て帽子を脇に挟んで立っている。
ルカがニルスに指示を出せば、扉の前をルカに譲り御者台に上がり乗り込むを待っている。ダートル様が出された掌に藍は指を載せ馬車の中へ入っていくが、馬車には良い思い出が無い。
「アイ、馬車に慣れて貰うしかないよ」
と、ダートル様は優しく言葉にした。
……試験の時にも、ミカエル様が同じ事を言われたけど……慣れるのだろうか?
「ルカ? いつもと違うね。装い」
と、改めてルカの服が違うことに気が付いた。
「あぁ、ダートル様の指示で侍従の装いよりも護衛寄りの仕事着にしてある」
と、ルカの説明に、ダートル様は頷いた。
「約束通りに説明をしようか。まず僕が臨時教師を引き受ける事態になったのは、アカデミー教師達の辞職なんだが、主にシアン陛下のダニエル王太子への教育が、絡んでいる」
「……?」
「分からないと、言った顔だな。アイが現れる前からシアン陛下はダニエル殿下への代替わりの準備を側近を含めて促しておられたのだが、ダニエル殿下の側近の家では、今から次世代教育にも力をいれなければいけないのさ」
「それは、教師の引き抜きですか?」
と、藍も思い当たる事を言ってみる。
「そうだ。地位の高い家柄だけでなく、これから側近として引き立てて貰うためにも優秀な跡取りや家名を引き継ぐ者を育てるのが、当主の考えになる。
手っ取り早いのが、家族や家系で優秀な教師役を付けることなんだが、教師を職としていたものには敵わない」
と、ダートル様の説明に納得がいく。
……家から教師職を経験させてから、呼び戻すなり優秀な人材を探すなり、貴族籍を維持して上位で有ることを続けるのは大変であり、隠れた策略も有るんだね。
「お辞めになることは、前もって分かっていたことでは?」
「全員の辞職理由が、そうだったのかは分からないけれど、大方その時期になってしまった。前から決まっていた教師もいるけど、噂を聞き慌てて打診されて辞めた教師もいるよね。
逆らえない立場の人もいるからね」
と、ダートル様の説明に貴族の地位が、物を言うのが分かる。
「分かっていたなら、対策はされていたのでしょう」
と、ルカも問う。
「対策をしていたにも関わらず、教師不足に陥るっているし、ダニーが狙われている状態だ」
「「えっ?」」
と、藍だけでなくルカも同じ声が出た。
「ダニーは教育科でも飛び抜けてはいないが優秀で真面目、辺境伯爵の次男。婿に欲しいと狙っている上位貴族と、ダーニーズウッド辺境伯家に入りたいその他の貴族。ミカエルを狙いつつダニーの方が落としやすいと、見苦しく群がっている。
だから、ダニーも僕が匿っている状態なんだが、先生方は今年からの貴族籍の教育と指導で、選択科目の教育科は臨時の僕や新人の教師や職員で担っている。
とてもじゃないが、時間が無いのとダニーの自衛を教育していたら、自分の根廻が後になった。
ただ、ダニーはミカエルから教育は受けていたらしくて、実践が出来ていないだけなんだが、あの手この手で来られると流石に参っているな」
と、笑いなからダートル様は教えてくれる。
……道理でお館でダニー様をお見かけしなかった。それならケビンも見掛けないのだけど、ダニー様とケビン様は挨拶代わりの体調を聞いてくる過保護化していたはず?
「ダニー様は、研究所のダートル様の所にいらっしゃるのですよね」
と、ルカの確認が入る。
「あぁ、ナギが付いているから身の回り事は大丈夫だ」
と、ダートル様の答えが返ってくる。
……ナギさんは、ダニー様に付いているんだ。
「あの、ダニー様の事は分かりましたが、ケビン様もお館でお見かけしないのは?」
と、藍がダートル様に向かって問うと、ダートル様は忘れていたようで誤魔化しながら答える。
「ケビンか! ケビンは騎士科の新人研修で王宮にいると思う。近衛の宿舎で恒例の訓練実習があるんだ。僕は騎士科の方は良く知らないから詳細は分からないけど」
と、もう一人の甥の居場所を教えてくれる。
「ルカは? 分かる?」
と、藍が聞けば、
「僕も選択は教育科だったから詳しくは知らないけれど、ダーニーズウッド辺境伯領土の貴族籍の方や領民からも騎士科に入っているので、知り合いの話では合同訓練をするそうです」
と、ルカの説明にダートル様はそうだと言いかけて、
「ケビンはジャスパード国から来賓される王子達に近衛が付くから、騎士見習い達も警護要員にされるはずだよ」
と、ダートル様はアカデミー内での予定を思い出して伝える。
「それなら、今はアカデミーには騎士科の学徒はいないのですか?」
と、ルカは聞いてくる。
「そう! それも有ってね、アイを連れていくのに懸念だった騎士科の学生や教師が、王宮に出向いているから、今しか無いんだよ」
と、ダートル様の提案の意味をルカは理解した。
「何故? ですか?」
と、藍はダートル様とルカの納得顔に、自分だけ理解していないことに不服を言う。
「アイは今日から教育科と言うより、僕に付いて文官の仕事を覚えて貰うけど、教場から教場の移動に質問詰めになりたいのかい?
今、言ったよね優秀な人材は引き抜きにあっていると……」
「……仰いましたが? それと私と関係有ります?」
「教師職に一番近い職業は?」
「アカデミーの職員ですよね。私はアカデミーの職員ではないですよ」
「…………アイは、ずば抜けてた成績で文官になったよね。今年の最高得点を叩き出しておいて、噂が出てないと思っているのか?」
「……噂に成る程ですか? 皆さん暇なのですか?」
「ゾーイ先生が、言いふらしているんだよ」
と、肩を落としてダートル様は答える。
「あの、ゾーイ先生がアイの事を良くは言わないのでは?」
と、ルカは自分の時と同じであるのなら、想像が付く。
「悪く言われる方が興味を引かなくて、ダートル様の陰に入って過ごします」
と、藍は本気でそうしようと考えた。
……悪評高く周りから無視される事を、目指そう。ダーニーズウッド家の皆さんが心配しているのは私が目立つことであって、あちらの世界でもあったことだが興味を持たれることが、私の不調の原因になるのだから……
「良くは言わないが、ゾーイ先生は嘘は付かない。自分がした事を棚に上げて妨害に近いことをしたのに、アイは最高得点を出したんだよ。
ゾーイ先生か悔し紛れに言えば言う程アイの評価は上がっているんだ……ましてや女性ならどうにかして取り込みたいと思うだろう」
「いえ、思わないですよ。私の虚弱を知れば……他所では直ぐに死ぬ自信があります」




