ニアミス
「ダット義兄さん! 迎えに来てくれたの?
ありがとう、歩いて帰るつもりだったから、助かるよ」
と、ノーマン医院の出入口から、義兄の顔が見えて診察後の妊婦モカは、笑顔で喜んだ。
「街に出る用事が合ったからな、母さんに頼まれた」
と、義兄と呼ばれたダットが説明している。
「そっか、お義母さんが頼んでくれたんだ!」
「診て貰ったのか?」
「うん、タウお婆さんに診て貰った!」
「ちゃんと食べるように言われただろう」
「な、なんで、分かるの?」
「母さんが、モカは好き嫌いが多いと嘆いていたぞ。身体に良いものだと言っても食べないから、心配だって」
と、溜め息混じりに待ち合い椅子から、立ち上がるのを手伝い伝える。
「だって、嫌いなんだもん」
と、ゆっくり立ち上がり手提げ鞄を持って義兄に付いていく。
「悪阻が落ち着いたら、食べたくなるってベリーは言ってたぞ。ベリーはタウさんに食べ過ぎだと注意されたがな」
「義姉さんが、注意されるぐらいに食べてるとこ見てみたい」
「……モカ、それはベリーに言うなよ」
と、ダットは義妹に口止めをする。
医院の出口扉を開けたら、楽しそうな話し声が道沿いから聞こえて来たが、カーディナル語ではない。
言葉は違うが声は親しみやすい、聞き覚えのある声でいつもと違い早口だ。
「あら、お迎えですか? 診察が終わったのね」
と、看護婦のロッティナはダットとモカに挨拶に声を掛けてきた。
ロッティナさんはよく知っているが、隣の男性は旅装束で見慣れないし、ジャスパード語でロッティナさんと話をしていた。
ダットはノーマン医院にモカを迎えに来たが、診察がまだなのか終わったのかが、分からなかったから、医院の前に荷馬車を停めるつもりはなかった。
医院の前には、旅馬車が停まっていたからその手前に停めようと、馬の速さをゆっくりにすれば、停まっていた馬車が動き出して場所を空けてくれた。
好意を素直に受け取ると、移動した馬車はダットが、停めようとした場所に馬を誘導している。
御者台に座っている青年が、反対側を歩いている男性に声を掛けると、その男性は片手を上げて答えていた。
「義妹がお世話になります。弟の代わりに迎えに来ました」
と、ダットがロッティナに説明して、モカを抱き上げ荷台に乗せた。
荷馬車の荷台には藁がつまれていて、麻布で形を作りやすくしてある。
ダットは荷台の藁の形を整えたら、モカにゆっくり座るように指示して、荷馬車を走らせた。
親切に馬車を移動してくれた馬車の持ち主が、ロッティナさんのお客人であるなら、早く場所を空けようと、ダットは振り返らずに馬を弟がいる宿屋に走らる。
「モカ、産婆のタウさんは、なんて?」
と、宿屋の帳簿を見ながら裏口から、入ってきた妻のモカに夫のソルトが聞いてきた。
「順調だと言ってたよ」
と、手提げ鞄を肩から下ろしてモカが答えた。
「オイ、ちゃんと食べるように言われたんだろう。誤魔化すなよモカ、腹の子の為に食えよ」
と、後から入ってきたダットが、モカが言わなかった事を告げ口をする。
「ダット兄ちゃん? わざわざモカを迎えに行ってくれたの?」
「いや、母さんに頼まれた。肉の仕込みの調味料が切れそうだから、補充に買いに出た次いでだ」
と、ソルトが見ている帳簿をチラリと横目で見てから、事情を説明した。
「そっか、入れ違いに成らずに良かったよ」
「えっ! ソルトが迎えに来てくれたの?」
「いや、モズを行かすつもりだったよ」
と、ソルトは義兄に妹を迎えの段取りでいたと言った。
「兄さんが帰っているの?」
「あぁ、使いに行ってもらったけど領土外に出るのは、今は規制されているらしい」
と、一旦帳簿から目を離して兄と妻に目線を上げた。
「じゃぁ、さっきのロッティナさんの客人も規制に引っ掛かるのかな?」
と、ダットが言葉にした。
「ロッティナさんの客人?」
「あぁ、ロッティナさんが楽しそうに話をしていたから、身内じゃないか?」
「じぁ、ジャスパード国から?」
と、ソルトはロッティナさんが隣のジャスパード国の民であったことは、ダーニーズウッド領土の街の人なら知っていること。
「確か、ロッティナさんの実家は、薬の行商をしていると聞いたけど、馬車にいた人は行商って感じしなかったけどな」
と、ダットが感想を言う。
「何人もいたの?」
「ロッティナさんと話していたのは、男性で弟さんかな? 医院の前に停まっていた旅馬車に居たのは御者と馬車を降りて時間を潰していた男性。馬車の中に何人いたかは分からないが……」
と、ダットが見かけた男性の話をソルトにしてやる。
「カーディナル王国を出るのは大丈夫だよ。今から入国するのが、一時期止められるみたいだけど。モズには隣の領土に使いを頼んだけどダーニーズウッド領土から出るのも一時期規制されているらしい」
と、ソルトが義兄が規制で検問が通れなかったことを、言ってくる。
「大丈夫なのか? 物が入ってこないとなると困るところも有りそうだが」
と、ダットが宿屋を経営しているソルトを心配そうに見る。
「これが物は入ってくるんだよ。人は入れないけど荷物は出戻る者に配達させるんだって。各々の検問で荷物は預かりで、出戻り業者に配達させて、こちらからの荷物も入れない業者にと手配されたらしい」
と、ソルトは説明すれば、モズが帰ってきた。
「あれ? モカが帰ってる?」
と、額に汗を光らせたモズが裏口から声を掛けてきた。
「モズ兄さん! お帰り」
と、モカが兄に声を掛ければ、
「酷い目に合った。俺が第4団隊で検問に止められたところに、ダーニーズウッド領土に入れない業者が2台いてさ、1台は手荷物だったから引き受けたけど、もう1台が馬車の搬入だったんだ。馬をうちのと入れ換えてうちの品粗な馬が豪華な装飾をされた馬車を引いているところは誰にも……見られたくはない。
だけどさ……領主様の依頼らしく、ダーニーズウッド領の職人達が仕上げをしてから領主様に納車されるんだって。
第4団隊の隊員達にも気をつけて、加工場に持っていけと睨みを効かされるし、小荷物は加工場の反対側でさ、折角持っていったけど留守で、また後で持っていかないと……受け取りに署名されないと……後でどんな目にあうか……」
と、モズは今回の規制の処置に巻き込まれた事を一つ一つ説明している。
「と、荷物や物はダーニーズウッド領に入ってくるから……ただ人は入って来ないから宿屋としては困るけどね」
と、ソルトは帳簿を見て答えた。
「それなら、今の泊まり客だけなんだな、ソルト困ったことは無いか?」
と、ダットが実の弟を心配気に問うと、
「やっぱり……似てる」
と、話に入って来ずに、大人しく黙っているモカに2人の兄と夫が振り向く。
「誰が似てるって?」
と、夫のソルトが妻のモカに問うと、
慌てたように首を横に振るモカを見たモズが、
「モカ、何だ? 隠し事か? お前も俺も下手に隠し事をすると大事になる。
怒られること嫌なことでも、先に言っときな。悪気が無いことなら、お前は許して貰えるから……」
と、実の兄は末妹に言って聞かす。
「許すも許さないも、内容によるよ」
と、ソルトが言うと、
「ソルト、お前がそれを言うとモカが話せなくなる。
モカ、何か? 隠しているのか?」
と、義兄に優しく言葉をかけられてモカが、少し怯えた顔で口を開いた。
「ソルト! 怒らない?」
と、モカの確認にソルトが頷くと、
「あのね、ロッティナさんのお客さんが、乗っていた馬車に、アギル義兄さんを騙した人達の近くにいた人に、凄く似ている気がするの……」
「「「えっ?!」」」
「だ、だ、だから、騙した商会の人達と話していた人と似てるの!!」
と、モカは必死に言葉を簡単にして伝えた。
「モカ、10年前だよ。顔を覚えているって言うのか?」
と、ソルトは信じ難いと言う。
「ソルト……モカは頭はあまり良くはないけど、人の顔は……良く覚えているんだ。泊まり客の部屋案内はモカの仕事だったから、名前は覚えてなくても顔を覚えていて、酔っ払った客でも部屋を間違わずに案内してた」
「感じは少し違うけど、王都の商会の人が泊まっていた部屋の隣に泊まってた」




