来客 1
カリーナ様にいいように誘導された気がするが、藍の事を気に掛けた行動であること、メアリー様を思っての事に変わりはない。
カリーナ様はアカデミーで経済科をミカエル様より2年先に卒業されている。経営を事実上携わっておられるのなら、大きく軌道が外れる事は無いだろう。
ただ、わたしが大学で学んだ事も商業関係である。家で出来る仕事を選ぶなら資格やIT関係に選択していただろうが、地域の産業や福祉環境に興味があった。
メアリー様との協働内容は、午後の診察が終わってからとなり、カリーナ様はメアリー様にアドバイスをするために執務室に残室させた。
「ルカ、一緒に庭の散策に付き合ってくれない?」
と、藍が執務室を退室した直ぐにルカに問う。そのまま庭に出れる向きに身体の位置を直す。
「日差しが強くなっている。午後からの診察に響くと思うけど」
と、藍の管理者は尤もな事を告げる。
直ぐに庭園に向かうつもりで、一歩が出掛けていたがルカの正しい指摘に、踏み出す足は素直に止まる。
「……その通りです。可愛くないよルカ」
と、不服気に藍が呟けば、
「僕に可愛さが必要なのか?」
と、不思議そうに聞いてきた。
必要だよと答えようとしていた時に、玄関ホールに使用人達が数人出迎えに出ている。
執事のルクールさんは、藍より先に執務室を退室しているから、客人の到着にホールの使用人達は次々と並び立っている。
「ルカ? 私も並んだ方がいい? それとも引っ込んだ方がいいのかしら?」
と、隣に立つ侍従に問う。
「今日の来客はティベリ先生方だけですよ。ダートル様はお帰りなるのは夕刻の筈ですし……急な来客でしょうか、ルクールに確認してきます。カリーナ様にもお取り次ぎしないといけないかも知れません」
と、慌ててホールの玄関口に走り使用人達の中に消えた。
ルカと数人の使用人が、待っている藍の側に駆け寄ってくる。ルカが指示を出していたのか、二人の使用人は執務室にノックをして中のカリーナ様とメアリー様に連絡しているようだ。
「ルカ?」
と、藍が問えば、執務室からカリーナ様とメアリー様が出てこられた。
「アイ、巫女衣装に着替えて、私もメアリーもこのままお出迎えに出るから」
と、カリーナ様が言ってホールに向かう。
……えっ? っと? 巫女衣装? 誰が来るの?
「ルカ?…………っ!!」
と、藍が声を掛ける前に、ルカに横抱きにされて廊下を走り階段を駆け上がっている。
……なに? なに? お偉いさんが来るの?
この国で一番偉いのは、お祖父様でしょう?
「アイ、シアン国王陛下付き侍従長のガルソール様がいらっしゃる。急な訪問でダートル様が先触れを出して下さった」
と、ルカは藍の部屋に着き衣装を着替えるのを手伝う。
「シアン陛下の侍従長さん? が何故急に?」
「ロビン様やダートル様がアイの報告をされてから大分経つだろう。
ガルソール様の探りはあるかも知れないと、ロビン様には言われていたけど、ご本人が来られるとは思わなかった」
と、ルカは巫女衣装に着替える藍を手伝いながら答える。
「探り? 私を? ……それなら何時も通りの私が良いのでは?」
と、藍は着替えた巫女衣装を見下ろして言う。
「ロビン様とカリーナ様とで前もって話されていたようですので、カリーナ様に従いましょう」
……今この館の責任者であるのは、カリーナ様だし従いましょうと、言うけれど猫を被っていいのかしら?
緋袴の帯には鈴を組み紐で持ち手を作り差し込む。洋装の時は携帯を隠しに入れたり、ポシェットで持ち運びしているが、今日は帯に差し込む。
セイ様はわたしが自棄になったことに、少なからず衝撃を受けられたようで、セイ様に魂を保護されてからは姿を見せても遠くで、泳いでいるだけだ。
……携帯の中で泳ぐの? 深さや奥行きがあるんだ。
ルカはわたしが持っている携帯に何も言わないし、大事な物だと丁寧に扱ってくれる。
だけど、他の人は携帯ケースの黄色いヒヨコに2度見をされるのが常だ。
着替えた普段着のドレスをチェストに片付けて、窓から外の景色を見れば馬車が2台玄関口に止まっている。
……お着きになったようだわ。でも2台?
「庭に一緒に出ていたら、慌てて大変だったろうな」
と、側に来たルカが言ってくる。
「ガルソール様と言うのは、どんな方かルカは知ってる?」
「シアン陛下の侍従長をされている方としか、僕はアカデミーの2年間しか王都に居なかったから詳しくはない」
と、ルカは言ってくる。
「そうか、じゃぁ一緒に御挨拶しようか」
と、藍が言い終わると同時に部屋の扉にノック音がする。呼びに来たのはナギさんだった。
「アイ様、カリーナ様が談話室にてお待ちです。アイ様にお客様です」
と、中のルカに目配せをして伝えてくれた。
「ナギさんありがとう、直ぐに向かうわ」
と、藍は何時も通りに声を掛ける。
廊下をナギさんを先頭に歩く。ルカよりも背が高いナギさんは振り向き安堵顔をして声を掛けてきた。
「アイ様がご無事で良かったですよ。あれ程動揺されたミカエル様を見たのは初めてでしたから」
と、ナギさんの告げ口にルカが、藍の後ろから声を掛ける。
「ガルソール様だけではないのか?」
「あぁ、ダートル様がお戻りになっている。それからミカエル様のお身内の方も」
と、ナギさんが説明してくれている内に談話室に着いた。
談話室に入れば扉の側にはルクールさんがいて、カリーナ様がおられる場所まで付き添ってくれる。カリーナ様の後ろにはメアリー様が立ち控えていた。
メアリー様の並びで良いだろうと、足を止めるとメアリー様に背中を押されて、カリーナ様と並びになる。
対向となる場所には、貴族服を着た年配の男性が立っている。
その立ち姿勢は何時も誰かに面を向けて立ち、直ぐに動けるような開いた足下。
自然と身に付いた姿勢と仕草が、シアン国王陛下侍従長であることを教えてくれる。
隣にダートル様と立ち位置が同じ男性は、ダートル様と同じ世代の方で、柔らかそうな微笑みで藍を見ている。
ダートル様と同じ研究所の執務着だろうか?
薄い緑色の隊服の詰め襟ではないが、襟だけが違う形の上着を着ておられる。
不躾に視線を向ける訳にもいかず、カリーナ様に視線で問う。
「私達の御挨拶は終えました、アイのお客様です」
と、カリーナ様の簡単な答えが帰ってくる。
相手の紹介もわたしの紹介も省くのは勝手にしたら良いのかな?
カリーナ様に取って同じ位の地位の方になるのだろうか?
「(初めまして、お越し下さりありがとうございます。私は、辰巳 藍と申します。よろしくお願い致します)」
と、両手を前で組み頭を下げて日本語で御挨拶をした。
勿論この挨拶が分かる人はこの中にはいない。
一番側にいるルカにも分からないだろう。シアン陛下との会話で日本語を話すことはあるが、絶対に理解されないと自信はあったが、頭を上げた時の周りの驚きようは、可笑しくもある。
すかさず、こちらの挨拶に切り替えてカーテシーをする。
「初めまして、お越し下さりありがとうございます。私はタツミ アイと申します。よろしくお願い致します」
と、初対面の男性二人に挨拶をして、ダートル様に視線を向ける。
「元気になって良かった。急で悪いがこちらはシアン国王陛下の侍従長をされている、ガルソール様だ」
「初めまして、タツミ アイ。私はガルソール · ユールチドゲ侯爵。シアン国王陛下のお側にお仕えしておる」
と、お優しい声で丁寧に挨拶をされた。
「今日は研究所に勤めていたところ、ガルソール様の依頼でお供することになった。
研究所の留守を任せている、バースト室長も一緒に付いてきてしまったが、ミカエルの伯父だ」
と、ダートル様がもう一人の客人を紹介してくれる。
「初めまして、君がタツミ アイなんだね。僕はバースト · ボドール辺境伯で、ミカエルのもう一人の伯父になる」
と、バースト様は気さくに挨拶をされた。
……侯爵様に、辺境伯様……お立場上は同じであるなら、ガルソール様をお立てしないといけないわよね?
「カリーナ様、皆さんお掛けになって下さい」
と、藍はわざと女主人に声を掛けて周りにも勧める。
一人掛けにはカリーナ様に座って頂き、お客様のガルソール様とバースト様に向かいに腰を掛けてもらった。
藍の両脇にダートル様とメアリー様を誘導して座ってもらう。ダーニーズウッド家は、私の側でお願いする。




