経営
メアリー様に確認してもらった体臭は、無臭までになり、メアリー様の侍女達に部屋で身形を整えてもらった。
大変だったのは……メアリー様の髪が暴髪してしまったこと。
普段から油分のあるもので洗髪していたメアリー様の髪は、藍の自製シャンプーでゴッソリ油分を剥ぎ取り、藍の自製リンスでサラサラふわふわ髪となって油分で落ち着いていたウェーブは、髪1本から指通り良く自由奔放に広がって廻りを驚かせている。
「……ふっ……うぅ……ふっ」
と、笑いを堪えて髪を触っているのは、メアリー様本人だ。
濡れ髪の時には分からなかった感触と油分が付いていない髪の重さに驚きながらも楽しんでいるメアリー様は、廻りの反応を面白がっている。
「ごめんなさい、メアリー様。私の髪には合っていたようですが、メアリー様の髪には合わなかったようですね」
と、正直な感想をメアリー様に訴えた。
「別に良いわよ。アイの髪から臭いがしなくなったし、こんな面白い体験は他の人には出来ないでしょう?」
と、メアリー様の侍女が髪を纏めようとするのを拒む。
ブラシを入れて解かせば、尚更サラサラふわふわは発揮し、広がった髪色は真っ赤な赤では無く茶色がかった落ち着いた赤色に見えた。
髪を解かしていた侍女もそう感じたのか、解かしながらメアリー様の髪を優しく触っている。
……いいなぁ! やわらかそうだなぁ。黒髪は色からして重たいのに現実に他の髪色よりも太くて重い。
多分、0.0?ミリの世界だろうけど何万本となれば長さもあるし変わるだろうなぁ。
メアリー様の曾祖母様は金髪であるのなら、少しづつ茶から黄に変わるかも知れないなぁ。わたしの世界ではあった話だけど期待させては問題にしかならないね。
メアリー様もカリーナ様も綺麗な赤髪であるけれど、お祖父様は朱色が薄くなりつつある。お祖母ちゃま(ちぐさ)と同じなら古稀なんだよね……何故か? 違うらしい?
「アイ、私のことはいいから横になった方がいいわ。顔色が良くないわよ」
と、メアリー様は言ってくる。
……メアリー様の侍女達も視線をわたしに向けてきて頷いているのならそうなのだろう。
入浴で体調を悪くすると2度と協力してもらえなく、それだけは避けたい。
「そうですね。このままこの場所をお借りしてもいいですか?」
と、藍がソファーで横になろうとしたら、メアリー様の侍女に首を振られた。
……えっ? と、何?
メアリー様の後ろに立っている侍女が何か訴えている? が、何だろう?
「メアリー様? 私に付き添いの湯浴みでしたが、お疲れではありませんか? メアリー様も一緒に休みませんか?」
と、メアリー様に聞いてみる。後ろの侍女がウンウンと頷いているなら正解なのだろう。
「えっ? 疲れてはいないけれど……一緒に横になるならなっても良いわよ」
と、メアリー様が答えた。
……疲れていない訳がないわね。わたしは風呂好きな日本人であるけれど、慣れない水圧にわたしを気遣ってずっと支えていてくれた。
気疲れと今までの介護疲れはある筈。
カリーナ様は領主であるロビン様とミカエル様の留守を預かっていらっしゃるから、ずっと側に付いてくれたのは、メアリー様とルカだ。
ルカは初対面からわたしに関わってわたしの侍従みたいになっているけど、メアリー様は介護も初めてのお嬢様なのに……嫌な気は向けられなかった。
「でしたら御一緒させて下さい」
と、藍が手を出せば、顔を赤くしたメアリー様が思いの外早く手を繋いできた。
メアリー様の部屋で少し休憩するつもりが、しっかり夕食の時間まで2人で寝入ってしまったのは、誰も起こさなかったからで誰からも忘れられていたからでは無い。
「ルクール、ウチの娘達が何やら大騒動な事をしているようね」
と、別邸を臨時に管理する事になった女主人であるカリーナ様が、執務室で領地からの書類を広げて精査してる。休憩に出されてお茶に口を付けて執事のルクールに問うた。
「はい。メアリー様がアイ様のお部屋の掃除を手配なさったのです」
と、ルクールはカリーナ様のお好きなお菓子も添えて答える。
「そう。確かに手配は必要ね」
と、カリーナ様は書類へと視線を戻す。
領主ロビン様や義息子 ミカエルだけが領地経営をしている訳ではない。領主夫人でもあるカリーナ様も携わっているのだ。
カリーナ · ダーニーズウッド辺境伯夫人で、ロビン · ダーニーズウッド辺境伯の二人目の妻になる。
一人目の奥方 クリネ · ボドール辺境伯令嬢で、ロビン様とは恋愛結婚をされ一子を設けられた。
領地をロビン様が留守にされた所を狙われ、ミカエルを庇い深傷にて命を落とされる。
心底愛しておられたクリネ様を忘れることが出来ないと、後継ぎであるミカエルが要ることで後添えを拒否された。
後々カリーナ様がロビン様と出会えるのは、成人の社交界に出席してからになる。
ミカエルとは二学年違うが、目立った存在でご令嬢達には人気があり有名人でもあった。
成績も容姿も優れており、辺境伯の一人息子であるミカエルがモテないわけは無い。
ちやほやされて廻りには令嬢達だけでなく子息達も、誼を繋ぎ企む人達で賑わっていたのだ。
人の拒否感は出さないまでも、親しくしていても笑顔である筈の目元は、何時も冷めた色を出しているのが、アカデミーでのミカエルだった。
カリーナ伯爵令嬢は、ブーゲンビート辺境伯領土では珍しくない赤色の髪で、瞳は金色丸顔は幼く見えるが整っており、上唇を少し出た口元が上がっているように見える微笑み顔だ。
意識して微笑まなくても自然に、笑顔に近い表情で過ごせている。
本来のカリーナ様は、ブーゲンビート領内の貴族内では明るくおおらかで友人達もいる、極普通の伯爵令嬢である。
10歳からのアカデミーから選択科目を考える頃には、親しくしていた子息達は遠巻きにカリーナ様を見るようになり、淑女科に進んでも友人であった令嬢達は次々に婚約が決まればアカデミーにも通わなくなる。
カリーナ 様に問題があるのではなく、ブーゲンビート辺境伯領土のマホガニート伯爵令嬢で有ることが、本人に関係なく人が遠巻きにしてきた原因になる。
マホガニート伯爵家の者が全て敬遠されている訳ではない。
茶髪に赤茶と赤系統の髪色であっても人柄や能力により辺境伯領土や王宮にてお仕え出来、婚姻で家庭を持っている者も多い。
だが、カリーナ様ほど綺麗な赤髪で、ブーゲンビート辺境伯領土のマホガニート伯爵令嬢となれば、過去の悪評流言が年嵩の者から伝わる事は自然な流れでもある。
カリーナ様も一年間淑女科で学び廻りを観てきたが、自分の生まれを変えることなど出来ず両親や兄弟には愛されてきた糧があり、職業婦人を目指し淑女科と経済科を学びの場とした。
経済科で知り合ったのが、ダーニーズウッド辺境伯領土の貴族達。経済を学ぶ令嬢は多くない。
ましてやアカデミー内では、流言のせいで年頃の子息達は親族からカリーナ嬢だけは親しくしないでくれとお達しが出ているのだ。
能力で蔑まれるのは仕方がないが、髪色で人格までも否定されるのは納得が出来ない。カリーナ様を個人で見てくれる、審美眼は感性と培われていく。
そこで出会うのは、やたら褒めてくれるダーニーズウッド辺境伯領土の子息達。
年上も年下も外見で判断せずに経済科では、楽しく学べた。
人間不信までは陥っていないが、伯爵家からの後ろ楯や爵位欲しさの年頃の男性には下心が見え、経済科には家業を継ぐ平民の長男や次男が編入していた。
あからさまに嫁の貰い手が無いのだからと、口に出して近付いて来る大きな商会の息子までいた。その中には親から命を受けて力ずくでの策略も有ったのだが、不思議と難を逃れて職業婦人を目指すも、晩餐会で絡まれてどうにもならない状態を助けてもらったのが、あまり晩餐会に参加されないロビン様でした。
その頃のミカエル様は、早くも各ご令嬢から婚約の打診がありそれの対応にロビン様が、晩餐会に参加されカリーナ様の窮地をミカエル様からお聞きになり、救済に手を貸して下さったのが縁となったのだ。
言うなればカリーナ様の一目惚れから始まり、経済科でのカリーナ様をミカエル様は気に掛け、ダーニーズウッド領内の貴族に声を掛けてくれていた。
経済科には学びは多くあり、信頼できる友人も出来たが、ミカエルとの出会いがカリーナ様に取っては岐路であり幸運であった。
当時のミカエルの心情は分からないが、淑女科だけで過ごしていたなら、ロビン様との縁は無かった。
恋愛を諦めて進もうとした職業婦人だが、経済科での学びが役に立ち今に至る。




