3人の医師
「アイ、食欲は出てきたかい?」
と、一巡り目の朝ディービス医師は、診察を終えてルカの介助のままで聞いてくる。
「はい、お腹も空きますし味覚も戻りつつ有ります」
と、藍は報告する。
「味覚はどれくらいなら分かる?」
「全く苦味しかなかったのが、無味から塩味と甘味は分かるように成りました。臭覚も戻って来ましたよ」
「臭覚か……酷い目に遭わせてしまった……」
「私は、酷い目に遭っておりません。先生方やカリーナ様やメアリー様が、よく耐えてもらえました」
と、藍は苦笑いを浮かべる。
「それならルカが、一番被害にあっているな」
と、ディービス医師はルカを見て言うと、
「私は皆さんと違って耐性があったようです」
と、ルカはディービスの問いに答えた。
「えっ? それは無いだろう?」
「アイのようにあの臭いをいい匂いとは思いませんが、何となく記憶にある臭いでしたので」
と、ルカは答える。
「それはもしかして、ミリーからしていた臭いだからか?」
と、ディービス医師も思い当たる。
「私もよく覚えていませんが、母からたまにしていた薬の臭いに近いと思いました」
「それなら分かる。父がミリーにしていた治療は今回アイにした治療の先駆けになる治験のようなものだったからな」
「母は、生まれつき心の臓に疾患があったらしいと聞きました。グロー先生は私を産むのを反対されたとも……
母が私を産んでから六年も生きて居れたのはグロー先生のお陰だと父から聞いています」
と、ルカは自分の母が刺客だったと教えられて、その後に詳しく父 アートムから聞かされたのだ。
「そうだったね。ミリーは、父の研究中だった強心剤の治験に希望を持って受けてくれていたが、まだ効果の確証もないときだったからね」
と、ディービス医師は当事者のルカに打ち明ける。
「私はルカのお母さんにも助けてもらったんだね。
ルカのお母さんが勇気を持って挑んでくれたから今、私は助かったのだと理解します」
と、藍はルカに視線を向けて笑顔で言った。
……わたしは、現代人として知っている。
薬の開発がどれ程大変で、時間がかかるか。
開発された薬の治験が、どれ程のリスクを伴うかを……知っている。
「アイは薬の治験にも識があるのか?」
と、ディービス医師は驚いて聞いてくる。
「私の保護者の中に難病の治療や薬の研究をしている医師がいますので、大変なお仕事なのは知っています」
と、藍は静かに答えた。
「それにしても、アイがあの臭いをいい匂いと言うとは思わなかったよ。父が聞いたら喜びそうだな」
と、あははとディービス医師は笑いながら言っている。
「あの~う、ディービス先生。私は多分あの臭いの成分を知っています。グロー先生には球根が出来たら欲しいとお願いしているのですが……」
「えっ? アイはあれが球根だと……知っているんだ……嫌、あれは栽培していないと思うけど……」
「グロー先生は了承していただきましたよ? ロッティナさんは拒否していましたが……」
「もしかして、又あれを栽培しているのだろうか?」
「カーディナル国では栽培していないのですか?」
「薬の調合は父がしているが、元はジャスパードの薬卸から仕入れしている」
「それは、トキニルさんの所ですか?」
と、ルカも思い当たる。
「あぁ、ロッティナの実兄が後を継いで薬剤師も兼ねているから薬草薬卸だよ。
王都の途中で、義弟に会ったらしいね。事情は聞いたからトキニルは信用しても大丈夫だし」
と、ディービス医師は答える。
「トキニルさんの話では、息子のスキールがアカデミーに編入すると聞きましたよ。その手続きでディービス先生は王都にいらしたのでしょう? 今回はディービス先生がいらして助かりましたが、ミカエル様も驚いていました」
と、ルカはノーマン家の事情を教えてくれる。
「確かに二巡りの予定で王都に出て来たから、途中で医院には手紙を送ったから父もロッティナも事情は把握している」
と、ディービス医師は説明をした。
「ディービス先生だけでなく、ティベリ先生とアルバン先生にも、ご無理な依頼をされたと聞きました」
と、藍はカリーナ様から初日からの事を、教えて貰っている。
「それはそれ、医師会館からはちゃんと請求は来るよ。アイが驚く程の請求書が来るかも知れない」
と、冗談でもなく現実に医療費の高さは、藍は身を持って知っている。
「ディービス先生、アイはどうなんでしょうか?」
と、ルカは今日が3人の医師の回復期限予定なのを聞いている。
「昨日のティベリと、その前のアルバンの診察にも不整脈の後遺症は無かった。
アイが申告していた罹患歴にも心の臓は無かったが、親族で心の臓で亡くなった人はいるかい?」
と、ディービス医師に問われて思い付くのは、
……母方の祖父母は健在で、曾祖父母は長生きされたと聞いている。
父方は詳しく聞いていないし、心疾患は遺伝しやすいが、戦争で亡くなっている場合はそれに当てはまらない。
「私の知る限りでは無いように思います」
と、藍は答えてルカを見る。
私の視線の先に気が付いたディービス医師は、
「ルカには心の臓の疾患は無いよ。産まれた時に父が最初に確認したのは性別ではなくて、心の臓の音だったからね」
と、ディービス医師は、教えてくれた。
「後は、ティベリ医師にアイの主治医を頼むつもりなんだが……アイはどう思う」
「それは、私がお願いすべき事なんですよね」
「実はね、父 グローが用意していた紹介状の医師は診察を今はしていないらしい。
マキルバ医師は、シアン国王陛下もよく御存知ではあるが、父と世代も同じで御自身の静養に息子の医師や弟子医師も王都を離れている。これはティベリの経験なんだが……マキルバ医師の後継者は性格はよろしくないと言っていた」
「ティベリ先生の経験? とは?」
と、思わずルカが突っ込む。
「ティベリの元旦那がその中にいるんだ。私も知っているけど、そもそもティベリは伯爵令嬢で貴族籍の上の方だから物珍しいのとで、彼女らしくなく結婚を決めたなぁと思ってはいたが……これ以上はティベリの事情だからか言わないが、あまりお薦め出来ないと言っていた」
「ティベリ先生の意見は分かりました。ディービス先生とアルバン先生の意見はどうですか?」
と、藍は女性意見と男性意見が違うのを知っている。
「ふむ~ぅ、腕としたら良いと思うし研究熱心ではあるけど、ティベリの意見を重視するわけではないが、性格というより患者を下に見ている感がある。貴族平民を関係が無くて」
「それは……病気になる人が悪いと、捉え方なんですか?」
「そうだね。病気には原因は色々有るのは分かっている筈なんだが、内心が口調に出るんだ」
……あぁ、医師でそれなら無理だわ。医学を知らない人にはよくよくあることだけど…………
「私のことなら、尚更理解されないのでは」
と、藍は返事が分かっていても問う。
「アイの身体を診てはくれるが、心までは診れるとは私は思わない」
と、ディービス医師は答える。
「でも、ディービス先生、ティベリ先生はアカデミーの医療科教師と医師会館の当番医師をされているんですよね」
と、ルカは尤もなことを聞いてくれる。
ダーニーズウッド家では、ノーマン医院が主治医だと専属で診て貰えたが、ティベリ先生が授業中だったりすれば、誰か他の先生に当たる。
「勿論、アイの体調変化は急だからその可能性はあるよ。だからティベリを主治医にするが次にはアルバンを指名する。2人とも駄目な時の為にもう一人指名するように考えた……けどね……実はね、これが私が王都にいた訳なんだが……」
「何かディービス先生にとって都合の悪いことなんですか?」
と、藍は思わず問い詰める言い方で聞く。
「都合というより、娘の婿候補を探していたんだ」
「あっ!」
「えっ? ディービス先生に、娘さん?」
「ルカは会ったことはあると思うが、見習い看護婦をしている娘が1人いるんだ。
ロッティナにも、言ってないが私の代でノーマン医院を終わる訳にはいかないが、娘の意思も出来れば叶えてやりたいと思っているんだ」
「今、医院にも何人か医師がいますよね?」
と、ルカは問う。
「いるよ。彼らは預かり医師で帰るところがある。反対に娘が付いて行くという医師が要るのなら、私は養子を迎えても良いのだけど……その気配はない」
と、珍しくディービス医師は、普通の父親の顔で答えている。
「それで、王都で医師探しを」
と、ルカは納得の顔をする。
「王都には、診療所があるからね見て回ったし、こればかりは紹介に頼る事はしたくなくてね。
娘が気に入るか分からないが、私が養子にしても良いと思えた医師がいたんだ。その医師に3人目のアイの担当にするつもりだよ」
「その医師は、ディービス先生の意思に沿ってくれそうですか?」
と、ルカは確認を取る。
「それはティベリとアルバンにも相談して了承をもらった。ダミアンと言う医師をアイの3人目の医師に指名しようと思っている」




