帰領
「……人の……縁には驚きましたね」
と、ミカエル様は父 ロビンの向かいに座ったまま2人しかいない馬車の中で言葉にした。
藍が倒れて昏睡状態であるが、3人の医師の判断では近々覚醒するだろうと報告された。
家族会義の後からカリーナ様は藍の部屋に赴き現状を把握したらしい。
驚いたことだろう。部屋を出てからの藍の変わり様に。ピクリともしなくなって青白く冷たい藍から、真っ赤に湯だった全身から悪臭を出して溢れる涙に激しい吐息までもが、悪臭を出しているのだから。
「ぬぅ? それは誰のことだ?」
と、両目を閉じて考え事をしていたロビン様が息子ミカエル様に聞き返す。
「最近の僕は素直になったと思いませんか?」
「素直? ミカエルは元々素直な性格だろう?」
「父上はそう認識されているのですか? 意外です、異母妹弟達や周りからは何を考えているのか分からないとか、腹黒そうだと言われておりますよ」
と、ミカエル様は周りからの評価を告げる。
「そうなのか? ルクールの話にも有ったが私は人の表情を読む事に長けてはおらぬ……分かりやすいカリーナや3人の子供達も長く見ておれば分かるが、ミカエルは小さい時からあまり喜怒哀楽を出す方ではなかった。
ミカエルの母 クリネが教えてくれたのだ。ソナタの喜怒哀楽の見分け方をな」
「えっ? 見分け方……ですか?」
「あぁ、私はクリネに教わった事しか見ておらぬ。人は成長すれば誤魔化しも上手くなるだろう。今のところミカエルの感情の見分け方は変わっておらぬようだが……ふっ」
と、ロビン様は口許を片方を上げて少し笑われた。
「えっ? 何処を見ているのです?」
「教える訳がないだろう。直されては分からなくなる……私は鈍いからな」
と、ロビン様は仰った。
……ダニーはミカエルと似ておる。ダニーは分かりやすくしたミカエルだ。そして……兄上。
「ぬぅ? えっ? 何処だ?」
と、ミカエル様は父親に感情を読まれていることに戸惑っているが、
「で、ミカエルが素直に感情を出していることが、驚いた事でも無いだろう? 誰の事を言ってる?」
と、ロビン様は素直に言葉にしたミカエル様に問う。
「僕が素直になった訳では有りません。取り繕う暇が無いのです。次から次へと感情が上書きされて誤魔化しようが無いですね。
……父上から母 クリネの話を聞くことが無かったですし……義母上の手前話題として上げたことも無いですから……僕自身も意識してか無意識なのか定かではありませんが……ね」
と、ミカエル様は言葉を続けた。
「そうだな。カリーナを娶ると覚悟を決めた時にクリネの事は忘れようとした。
だが、それは無理な話だ……だからカリーナには前妻であるクリネを忘れぬ事は出来ぬと言って問うた。
それでも……側に居たいと言ってくれたからなカリーナは…………」
「確かに義母上は、僕が協力すると言ったら御構いなしになりましたね。
で、ティベリ医師が母 クリネの親友で幼馴染みだった。おまけにディービスとも親交深くて今回は助力してくれました……偶然と言っては何ですが……」
「そうだな……私が会ったのは、王都の結婚式だからな。それ以外は無い……が、父 カールからはクリネの墓参りの許可を館に取りに来たと報告があった。
御礼状は何回か送ったが、返事は無かった。何せ私が王都に滞在中に領土に来てくれていたから会えなかったしな。
……驚いたよ」
「驚いたよ、ではないですよ! ティベリ医師の兄がこの前会った教育科のビバル先生ですよ。
ダートル伯父さんには悪いですが、ゾーイ先生とビバル先生にあまり良い感情は持てませんでした」
「ふむ、本当に素直だ。感情が螺曲がっておらぬな」
「はぁあぁ?!」
「それについては、私は全く交流も面識も無いからなぁ……」
と、ロビン様は答えた。
「父上には無くてもダーニーズウッド家には思うことが有るみたいでしたよ……そんな感じがしました」
と、ミカエル様が伝える。
「人の感情は目に見えぬからな。高位貴族であるならば、恨みや妬みも買っておる。
ダーニーズウッド家は少し特殊ではあるが、私の代で収まらぬ事もある。ミカエルが新たに受ける事もあるかも知れぬな」
「伯父上にアイの事は何処まで伝えているのですか?」
「シアン陛下からは、父 カール、母 メリアーナ、私とミカエル、アートム親子にニック以外に伝える事は無いと言われたぞ。
私は分かりやすいと知っておられるのになぁ。
伝えておらぬ兄とカリーナにルクールが、揃って私が隠し事が下手だと言ってきた…………どうする?」
「どうするも何も、シアン陛下の事よりアイの事です。今さら陛下に隠し妻や隠し子がいても世間では大いにあることでしょう。お祖父様でも知らなかった事が他の者が知りようが無い筈ですし、知られても陛下は問題にならないでしょう。
陛下が秘密にしたいのは、御自身の事よりアイの存在の筈です」
「そうだと……私も思う。身贔屓ではないが娘のメアリーと同じ位可愛くて愛しいと思える。陛下は注げる愛情が目の前に来たのだ。ダニエル殿下にも愛情深くていらっしゃったのだ……実孫が目の前か……反対にお辛いだろうな」
と、ロビン様はシアン国王陛下を慮る。
「父上、アイの事はシアン陛下のお考えに沿うしかないでしょう。一番感情に出したい陛下が他人だと周りに言って守るつもりでおられるのですから……まして今回の様に隣国からお客様が来られるとなると、アイだけの話では有りません。
メアリーの事も考えないと安心出来ません」
と、ミカエル様は今回の帰領を快く思っていない。
「三月ぶりの帰領が慌ただしく成るな。父上や母上にアイの報告が気が重い」
「父上はお祖父様やお祖母様がアイをどの様に思っているか知っているのですか? 僕は見ておりますから分かりますが、父上は御存知無いでしょう?」
と、不思議に思って問う。
「ミカエルよりは自分の親の事は分かっておる。手紙の報告よりシアン陛下の話より理解している」
と、ロビン様は不機嫌に答えた。
「それもそうですね。お祖父様よりお祖母様の方がアイを気に入っていましたよ」
「そうだろうな……ご自分の指輪をアイに渡そうと為さったぐらいだからな…………」
「…………………………はぃ? ど、ど、どういう意味で?」
「分からぬ。指輪では憶測を呼ぶから石を使ってペンダントにした方が良いと、陛下に進言したらしい……陛下は断わってくれたがな」
「……お祖母様は、青い石の価値を御存知ですよね。だから……アイの為にご自分の指輪を……」
「父上がシアン陛下に不純物入りだと鑑定された原石を譲られた。流石に母上の指輪を差し出されては代案が無かっただろうな……私も人の事は言えぬが……」
「領主が管理している、青い石……」
「ミカエルにはまだ教えられぬ。次期領主予定でもな。知っているのは父上と私とアートムだけだ」
「アートム?」
「管理保管している場所が分からなくては、護れまい。お祖父様が判断されたが、ニックでも知らぬ。知れば命に関わるからな、だからまだ教えられぬ」
「知りたくないですね……」
「本当に……素直だな……大丈夫か?」
「大丈夫かは無いでしょう。話は変わりますが、来賓される王子の情報は?」
「宰相殿下から知り得た情報と、ダーニーズウッド家の情報を精査すべきだと思っておる。館に着いて父上とミカエルとも話をする。
今の情報と違えば二度手間ですまないからな」
「分かりました。では、父上は王子との面識はございますか?」
「嫌、無いな。現王のカルート陛下の戴冠式には父上と呼ばれたから、スマールート大公爵閣下と謁見のみだ。カルート陛下の結婚式にはシアン陛下の叔母上前々王妃リズリー様はお亡くなりになっていたし、シアン陛下と父上の従兄弟に当たる前王は臥せておられた。
カーディナル王国としては、祝いと使者を送った筈だ」
「では現王カルート陛下と、父上は同じ立場で次期王の王子は僕と同じ立場……になるのか」
「ミカエル? 何の立場……あぁ、成る程」
「いえ、前にアイと僕はどんな立場に成るのかと、話が出たので……アイの基準では僕の立場までが身内だと言っていました」
「身内か……側近は少なからず血は繋がって……限りなく薄いな現状は……」




