詐病
「ちょっと待って下さい。倒れることが度々?」
と、アルバン医師が聞き返す。
「それは可笑しいわ。グロー先生とディービスが診ているのに?」
と、ティベリ医師も疑う。
「可笑しく有りません。お二人はノーマン医師を良く知っているような発言をされていますが」
と、ミカエル様は問う。
「ディービスとは同期です。僕も彼女も」
「ディービスの事は良く知っています。ディービスが詐病を見抜けない訳は無いわね」
と、ティベリ医師は言ってくる。
「詐病?」
「悪くも無いのに身体の不調を訴えて、病人扱いを求めてくるのか要るんです」
と、アルバン医師が説明してくれる。
「わざわざ病気になりたがる人が要るのですか?」
と、ミカエル様は驚きに声が大きくなった。
「えぇ、これが結構要るんですよ。仮病や詐病に偽病と少し違うのですが、私達医師からすると同じですね」
と、ティベリ医師が答える。
「で、ノーマン医師が見抜けないと考えますか?」
と、ミカエル様は二人の医師に聞く。
「それは無いな。一人の医師を騙せたとしても知識の無い者が二人の医師を騙すのは無理だと思う」
と、アルバン医師は答える。
「あのう、知識はあります。物凄く…………」
と、ミカエル様は気まずく仰る。
「えっ? どういう事ですか? その患者は医師なのですか?」
と、ティベリ医師が食いつく。
「いえ、本人は普通の女性だと言い張っておりますが、ディービスも医療関係者なのかと聞いておりましたね。それは詐病と疑って聞いたのでしょうか?
兎に角目を離すと熱を出して倒れているので、専用に人を付けている状態なのです」
と、ミカエル様は説明するが、
「人の目を避けて何か服用しているとか?」
「人知れず裸で寝ているとか?」
「毒草を摘んで食べているとか?」
「自分で血を抜いてるとか?」
と、二人の医師は次々に詐病や偽病の例をあげていく。
「今回の症状は分かりませんが、今まで健康でありたいと努力しているところは、見て知っています。それでも疑わしい所はディービスやグローの紹介状や診察記録を検討の上にして貰いたいのです。
急な診察依頼なのは僕の失態です。急病であって予測が出来たことですから」
と、ミカエル様は言ってくる。
「急患でしょう? 予測は出来ないからね?」
と、アルバン医師が問うと、
「予測が出来そうな急病です……」
と、ミカエル様は言い直す。
ダーニーズウッド辺境伯王都別邸の玄関口では、執事のルクールが右に左に落ち着かない様子で歩いている。
ロビン様に指示されて部屋を暖めるのには、暖炉に火を付ければ良いのだが、専用の通気孔を塞いだばかりで人を入れて通気孔を開けなければいけない。
ルカが藍の為に温石していた厩舎の火鉢を、他の使用人達を使い藍の部屋に持ち込む。普段は馬小屋で使用している簡素な火鉢に、ロビン様もカリーナ様も驚いておられたが、通気孔の説明をすれば納得頂けた。
ルカが大きな鍋に水を入れてお湯を沸かすと、火鉢に置けばお湯も無駄にはならないだろう。
「ミカエル様……お早くお戻り下さい……」
と、何往復目かのルクールさんの呟き。
馬車はいつもより勢い良く玄関口に入ってきた。馬の鼻息も激しいが、まだ走れると前足をバタつかせる。
御者台から侍従のナギが降りれば、執事のルクールさんは馬車の扉を開け声をかける前に中を覗き見る。
ミカエル様と見知らぬ白衣の医師を見つけ安堵顔をした。
「お帰りなさいませ。ミカエル様出来ればお早くお願いします」
と、ルクールさんは声を落として言ってくる。
アルバン医師が降りる格好をすればそれより早く、ティベリ医師が馬車から降り立つ。続いてミカエル様が直ぐに降りて、始めに腰を浮かせたアルバン医師が最後に降り立つ。
執事のルクールが二人の医師に一礼をして奥に案内を促せば、ミカエル様は後ろを振り向き御者帽を外したナギに視線を合わせて、玄関ホールに入っていく。
「急なお呼び立て、申し訳ございません。ダーニーズウッド辺境伯邸宅執事のルクールでございます。2階の客室に御案内させて頂きます」
と、言葉は丁寧でゆっくりなのだが、足取りは早い。ティベリ医師は付いて行けるが、アルバン医師は階段で遅れを取っている。
「ルクール、僕はグローからの書類を部屋から取ってくる。先にお二人を案内を頼む」
と、2階の階段を上がり切れば三人を追い越して廊下を駆けていった。
ルクールが後ろを気にしながら案内をすれば、部屋の前に人が立っている。
「ダートル様? 騒がしくしておりますが、お部屋でお待ち下さい」
と、ドアをノックの構えのまま伝える。
「いや、僕もアイを預かる予定なんでね。あの娘の事を知らないと何を気を付ければ良いのか分からないから」
と、ルクールさんがノックするより早くドアを開ける。
「あっ!!」
と、ルクールさんが声に出したが、構わず部屋に入っていくと、ルクールさん以外が思わず凝視する事になった。
「何だ? 何でこの部屋は暑いんだ?」
と、ドア口からミカエル様が言ってくる。
入り口を四人の大人がそれも恰幅の良いアルバン医師の背中で、中が見れないミカエル様は押し退けても中に入れない。
「ロビン様、医師会館から診察に来ていただきました」
と、ルクールさんが声をかける。
「それは良かった。早速だが診てくれないか」
と、天蓋のベッドからロビン様が降りてくる。
側にはカリーナ様が藍の手を握ったまま離れない。
「兄上? どうして此方に?」
と、額に汗を浮かべたロビン様が兄 ダートルに聞いてくる。
ロビン様の横を二人の医師が通りすぎてベットに近付けば、
「奥様が、状況をお話してくださるのですか?」
と、ティベリ医師がカリーナ様に聞いている。
ミカエル様もベットに近付き困惑している。ベットの側にはルクールが用意した火鉢が置いてありその上には鍋の湯気が揺らめいているのだ。
「ロビン·ダーニーズウッド辺境伯だ。急な依頼で悪いのだがこの者の意識がなく、先ほどまで身体が冷えて身動きひとつしないのだ。直ぐに診て貰えぬか」
と、ロビン様は汗を拭きながら答えた。
アルバン医師は手洗い盥に手を入れて丁寧に洗い、ティベリ医師が藍の側からカリーナ様を離して同じように手洗いをして視観する。
「そこの貴方!診察の間、火鉢を離して天蓋のカーテンを締めて」
と、ティベリ医師が側に立っているルカに指示する。
ルカが火鉢を台座ごと動かして離し、天蓋のカーテンを閉めていく。
「ルカ、いつもと違うのか?」
と、ミカエル様がルカに問う。
「……分かりません。ロビン様とカリーナ様が必死にアイを温めようとなさるのですが……」
と、苦渋顔で答える。
「ミカエル様! 診察記録を見せて下さい」
と、アルバン医師がカーテン越しに言ってくる。
ミカエル様がカーテンの隙間に診察記録を、差し込むと受け取った二人の医師の話し声が、微かに聞こえる。
ルクールさんがカリーナ様をソファーに誘導して、休めるように整える。
藍の部屋は天蓋カーテンを囲む様に、ロビン様とミカエル様にダートル様が立ち、ソファーにカリーナ様とルクールさんがいる。1人火鉢の側にはルカが居るが、火の側にいるルカの顔色は悪い。
窓からは外の光が斜めに入っていた頃から、ベットのランブが付き、ルクールさんが部屋の灯りを付けていく。
天蓋のカーテンから二人の医師が出てきた。
口を開いたのは恰幅の良いアルバン医師で、
「危ないところでした。…………すみませんが飲み物を頂けませんか」
と、言ってきた。
「本当に危ないところでした。もう少し様子を観ます。休憩させて」
と、ティベリ医師が言ってくる。
それを聞いたルクールとルカは部屋を出ていき、ミカエル様はカリーナ様に近付き、
「義母上、アイは大丈夫です。ちゃんと後でお話が出来ますからお休み下さい」
と、父 ロビンに視線を送る。
「カリーナありがとう、そなたには後で説明をしょう。子供達を安心させてくれないか」
と、部屋の外に居るだろう三人に、いつも楽天的カリーナ様を見せて欲しいと、ロビン様は告げる。
ミカエル様がカリーナ様に付き添い部屋を出ると、ダートル様がティベリ医師に声を掛けた。
「随分と久しぶりですね。ティベリ嬢」
「あら、一様覚えておられましたか?」
「ティベリ女史? ティベリ·ベルーナルト伯爵?」
と、ロビン様も声に出た。




