雇い主
藍が糖分補給(低血糖症状)の為に作ってみたミルクキャラメルは、藍の記憶では砂糖は白いグラニュー糖と牛乳とバターで作れる簡単なレシピだった。
しかし、この世界の砂糖は記憶より粒がやや大きく茶色ががった三温糖よりの黒糖より癖が無いもので、乳牛の乳でなくて水牛の乳だった。
バターも探せば有るかも知れないが、小学生の時にしたバターの手作りを思い出して、挑戦してみた。
ルカとターチちゃんが。
現代人の藍が調節の出来ない竈の火で記憶の通りキャラメルが出来たのは、側で手伝ってくれたルカとターチちゃんのお陰だ。
この世界にも、スイーツ類はお茶請けとしてある。キャンディやクッキーにケーキらしきものが、ドライフルーツと一緒に、練り込まれた生地で作られている物が多い。
それなりに美味しく作ってあるし、造形的に頑張っている。
キャンディは果汁と砂糖の固まりで、少し喉にくる甘さだ。風邪をひいた時には良さそうだ。
クッキーは美味しいが、脆くてパサパサ感が気になる。持ち歩く訳にはいかない、その内に粉だらけになりそうだ。
初めに金平糖を思い浮かべて、行程を記憶から引っ張り出せばわたしごときが作れる物ではないことで却下した。
好みの飴も作れるかと思ったが、こちらの飴と手作り飴では対して変わらないと気が付いた。
ダートル様に頂いた蜜飴は、匂いからして蜂蜜は入っているし、何かしらの油分も口腔内で溶け出した事で入っている。水牛の乳も入っているのかも知れないが、無臭でもなく乳臭い訳ではなかった。
色々改良された物だと思ったが、その通りよりも記憶に有るキャラメルに、わたしの心は動いてしまった。基本が出来たらアレンジしやすいのもキャラメルの良いところだし、持って歩くのに支障が無いのが良い。
美味しく出来たキャラメルを試食してもらうつもりと、ダートル様にお返しのつもりで談話室にお邪魔すれば、ミカエル様は美味しいと言ってもらえたが、肝心なダートル様には不評でロビン様に至っては何も感想も無く黙ってしまわれた。
甘い物が苦手な男性はいるが、わたしの周りには多いようだ。
……失敗したなぁ、残念だけど他に何か考えようか。
「ミカエル様、ロビン様とダートル様には不評でしたので、良かったら」
と、藍が残りのキャラメルをミカエル様に食してもらえればと、テーブルの平皿に手を出しかけると、ロビン様がサット取り上げてしまった。
……えっ? ロビン様?
「アイ、全部ミカエルに食わす気か?」
……食わす気か? 他にも配れって事? 他の方には用意してあるけど?
「ロビン様にはお口に合わなかったみたいですし、ミカエル様は『うまい』っと言って頂けたのでお渡ししようかと」
「いやいや、アイ、うまいぞ。正直驚いた」
と、ロビン様が弁解なさる。
「父上が何も言わないから、アイは美味しく無いと判断したのでしょう。僕も正直驚いて声に出すのが遅くなりましたが、無言は誤解されますよ」
と、ミカエル様が言ってくれる。
「ロビン様のお口に合ったのなら、良かったです。私の味覚が可笑しいのかと心配しました」
と、藍が安堵の表情で答えた。
「父上、残りは分けて下さいよ。全部取らないで下さい」
と、ミカエル様がロビン様の手にある平皿に指で差す。
「ダートル様は、お口に合いませんでしたか? いつも御自分でお作りになる蜜飴と同じ物ではないですが、先日頂いた蜜飴の代わりにお渡ししようと用意したものです。
ダートル様が食されなくても甘い物がお好きな方に差し上げて下さい」
と、藍は3個入った巾着をダートル様の前に差し出す。
「これは?」
と、ダートル様が巾着に手を掛ける。
「その巾着の中に、同じキャラメルが入っています」
と、藍が違う巾着を取って絞ってある口を開けて見せる。
「良いのか?」
と、ダートル様が藍に聞いてくる。
「勿論、ダートル様がお嫌でなければ」
と、藍は受け取ってもらえそうで嬉しくて笑顔で答える。
「アイ、他にも配るのか?」
と、目敏くミカエル様が聞いてくる。
ダートル様に見せた巾着の紐を引き、ロビン様の前に置く。
「これはカリーナ様の分です」
と、藍が答えて、同じ物を3つミカエル様の前に置いた。
「これは、文官試験に協力してくれたメアリー様とダニー様、ケビン様の分です。ミカエル様から渡してもらえませんか?」
と、藍はお願いをする。お礼を勘違いしそうな方がいるので、一律異母兄にお任せする。
「成る程、お礼なのに僕からで良いんだね」
と、ミカエル様はからかい気味に言ってくるが、事情をよくご存知でしょう。
「何分素人の手作りです。粗が御座いましてもお許し下さいね」
と、藍は挨拶して部屋を出て行こうとした。
「アイ、待ってくれないか」
と、ダートル様に呼び止められた。
何だろうと振り返り、ロビン様とミカエル様に視線を合わすと、
「アイ、急いで部屋に帰る必要があるか?」
と、ロビン様に聞かれた。
「今のところ、取り急ぎしなければいけないことは有りませんが?」
と、藍は答えて身体の向きを変える。
「アイにも相談しなければいけない事もあるんだけど、伯父さんの隣に掛けてくれるか」
と、ミカエル様が遠慮がちに言ってくる。言われた通りにダートル様が端に寄り座れる場を開けてくれる。
「アイの礼儀作法は、誰かに習ったものか?」
と、ロビン様が聞いてくる。
「私の国の礼儀作法は、身内から躾てもらいました。元気な時に」
と、藍が答える。
……元々瀧野家も辰巳家も現日本ではお堅い家になる。門限があったかも知れないが、門限まで活動出来ないわたしに必要はないし、何処に行っても周りの所作は綺麗で礼儀正しい。身内で一番崩れていそうな要兄でも、外に出れば姿勢も所作も身贔屓なしで、とても綺麗だ。
「領地では、誰かに習わなかったのか?」
と、ロビン様が聞いてくるが、わたしの礼儀作法は目に余るほどなのだろうか?
「父上は、ご存知無いから仕方有りませんが、アイが領地にいた一月はディービスが毎日往診に来てもらいました。少し良くなってもアイが話せるのはシアン陛下しかいらっしゃらなかったので、シアン陛下と側に付けていたルカが、勝手が分からずアイも無理をして、倒れては無理をしての繰り返しだったのです」
と、ミカエル様が藍の黒歴史を暴露なさる。
……確かに焦って自己管理が疎かでしたよ。肉体的にも精神的にも……
「本当に話せなかったと?」
と、ダートル様まで聞いてくる。
「正直、シアン陛下がいらっしゃらなければ、アイはこんなに早く言語を理解していないでしょう。本人の能力や努力もあるのでしょうが」
と、ミカエル様は説明してくれる。
……ミカエル様は、意志疎通出来ないわたしと距離があったよね。ここまで親身に過保護化されるとは思わなかった。
「国王陛下を通訳に顎で使ってしまって、動ける時には、付いて回って幼児の様に物の名前や会話の意味を教えてもらって、シアン国王陛下にはお世話になっております」
と、藍が答えると、ロビン様は苦笑されダートル様は驚愕な顔でわたしを見るのはお止めください。
「だから、領地でアイの礼儀作法の指導はされていません。それに出会った時からアイの姿勢も態度も変わりは有りませんので、身に付いた所作なのでしょう」
と、ミカエル様が客観的に見た事を説明された。
「では、アイとミカエルが提出した書類は嘘偽りが無いと?」
と、ダートル様が確認してくる。
……嘘……偽り……有りますよ。出来るだけ正直に記入したけれど……誤魔化した感はあるけど
「解釈の違いは有るかと思います。私の国では身分が無いのです。貧富の差は有りますし家柄のと言う歴史も有ります。長い歴史の中で身分制が地位的に有ったことはありますが」
と、藍が説明する。
「では、アイが身分の所に書いてあったのは?」
「私は平民ですが、身内を遡れば尊い方がいらっしゃったようです。ですので神職巫女が私の身分ですね。本職とも言いますが、こちらの身分と私の知識の身分とは解釈が違うので」
と、藍は答えた。
……身分証明なんて、保険証かパスポートに運転免許書、マイナンバーカードなんだから。
その内に身体にチップを埋め込まれたりするのかなぁ。
「アイに礼儀作法の必要は、明日伺って必要ならばメアリーにさせれば良いですし、用意するもの手配を聞いて来て下さい、父上」
と、ミカエル様がロビン様に託す。
「アイの個人雇い主は、シアン国王陛下か?」
と、ダートル様が聞いてきた。




