兄弟
「ダートル様!」
と、ルカが声を掛けているのが、作業場まで聞こえた。
「やぁ、ルカ。何やらいい匂いがするじゃないか。その作業場からのようだが覗いてもいいか?」
と、どうやらダートル様は馬車から降りてキャラメルの匂い伝いに玄関からたどり着いたみたいだ。
「兄上!」
「伯父さん!」
と、館から走って追い着いたロビン様とミカエル様がルカに詰め寄っているダートル様に声を掛ける。
「兄上! 急なお帰りにどうされましたか?」
と、ロビン様が滅多に顔を出さない、手紙の返事もない不精者の優秀な兄に驚きながら問う。
「いや、ロビンからの手紙や報告書の返事を手紙で出すのが面倒だったから、話も有るようだし帰って来たよ」
と、ダートル様が仰る。
「兄上、嘘が下手すぎますよ。兎に角館の中にお入り下さい。こちらとしてもお話はたまっておりますから」
と、ロビン様が珍しく綻んだ笑顔で、ダートル様を誘導する。
「いや、私はロビンと話すよりあちらが気になるのだが」
と、ダートル様は渋る。
「伯父上、行きますよ」
と、ミカエル様に問答無用に背中を押されて玄関に戻る。
「お帰りなさいませ。ダートル様」
と、別邸の執事 ルクールさんは凄みのある笑顔で迎えている。
「やぁ、ルクール。変わりはないかい?」
と、ダートル様が返事をすれば、
「変わっておりますよ。領地にはお戻りになっても此方にはお戻りになられませんので、人も入れ替わっております」
と、ルクールさんが言ってくる。
「えーーーーっと! そんなに戻ってなかったかなぁ?」
と、ダートル様が惚けると、
「いいから、話があります。兄上」
と、ロビン様はダートル様の手を引いて、玄関ホールから談話室に向かう。
「兄上、今日はお泊まりですか? 部屋はそのままですが少し手を入れなくてはなりません」
と、ロビン様が兄に問う。
「流石にトンボ帰りはしたくないから、寝れる様にだけしてくれればいいよ」
「では、性急に話をしなければいけなくもないですね。出来れば私も用件のみの話しなどしたくはありませんから」
と、ロビン様は安堵の顔をなさった。
「本当にそうだね。ミカエルとは先日会ったけどロビンとは……あれ? いつから会ってなかった?」
「記憶力の良い兄上が、分からない位に会っておりませんよ。私が領地を留守にした時にしか帰って来ませんから、子供達とは会えておりますが、私とは10年以上会えていません」
と、ロビン様はため息混じりで答えている。
「いやいや、その間にちゃんと領地に帰っているし、間が悪かっただけじゃないかなぁ」
と、ダートル様には悪気はないのだろうが、会えていない事実は変わらない。
「兄上からの手紙の返事が無いのにも慣れましたが、母上の体調が悪いと報告したのに対して、年だからなんての返事はあまりにも酷いと思いますよ」
と、ロビン様が言えば、
「で、母上の容態はどうなんだ?」
「知りません。父上からは元気に成りつつあると報告が有りましたが、私が領地を離れる頃は臥せっておりましたよ」
と、ロビン様が返事をする。
「お祖母様は、確かに臥せっておられましたが、アイのお陰で気力も体力も戻っております」
と、ミカエル様が二人の間に入って報告する。
「「アイのお陰??」」
「あははぁ、流石に仲の良い兄弟ですね。声が揃っている。アイがお祖母様の相手をしてくれるようになって、ダーニーズウッド家では騒動や事件事が有ったりと何かと賑やかな事になっているのです。ニックも若返って館を走り回っております」
「「ニックが走り回っている??」」
「そうですよ、嘘ではないですしこの三月の期間で色々有りました」
と、ミカエル様が沁々言葉にすれば、ダートル様がミカエル様の顔をじっと見つめている。
「どうかされましたか?」
と、ミカエル様が戸惑いながら伯父に問うと、
「いや、いい。アカデミーで会った時より今のミカエルの方が良いと思っただけだ」
「で、兄上の真意は?」
と、ロビン様は兄と息子の話を切る。
「ロビンが性急でなくても良いと言ったじゃないか」
「言いましたよ。でも返事の内容も覚えてないでしょう、報告することも有りますよね」
と、ダーニーズウッド家領主は問う。
「はいはい、今年度から王宮研究所所長を命じられたよ。手紙や荷物は部屋を移動になったから所長宛にして欲しい。室長宛にするとバーストが受取になるから気を付けてね」
「義兄さんが、室長に」
「私とバーストどちらでも良かった筈なんだが、前任者の権限で私に任が回って来たんだよ。ミカエル、バーストが会いたがっていたぞ」
と、ダートル様は説明する。
「研究所所長がなんで、アカデミーの臨時教師をしているんだ?」
と、ロビン様は兄に突っ込む。
「お世話になった先生からの依頼だったからね。それに部屋の移動も面倒でバーストに頼んだ。新人達は僕の部屋の移動が最初の仕事になったかも知れないけど」
と、ダートル様は何食わぬ顔で言ってくる。
「次の教員は直ぐに見付かるのですか?」
と、ミカエル様が不安がる。
「臨時というのは、私が所長を受けて任命されてからの事だから、二月もいないよ。本職は研究所の長だからね。それ以上となるとバーストが怒り出しそうだし、本腰を入れて探して貰えばいいだろう。
で、ロビンは王都にいつまでもいるんだ?」
と、ダートル様は聞いてくる。
「いつもは定例会議が閉会すれば帰領していたんだけどな、子供達の事やアイの事で延びている。明日は王宮に上がる予定だから、それが済めば領地に戻ることになると思う」
と、ロビン様は近々帰領することを伝える。
「本題なんだが、アイの勤め先は先約が有ると言ったな」
と、ダートル様はミカエル様に問う。
「この前にお答えした通り、アイは文官試験に合格すればお仕えする場は決まっております」
「それは何処だ?」
「兄上、それを聞いてどうするのですか?」
「交渉しようかと」
「兄上が交渉してどうなるとも思えませんが、教えるまで諦めなさそうなので、良いか?」
と、ロビン様はミカエル様に問う。
ミカエル様は仕方無さそうに頷く。
「アイは部屋の用意が出来次第王宮勤めに成ります」
「王宮の文官はもう配置が決まって指導が始まっておるぞ。研究所の文官や研究員達も上司と成る者が指導中だ」
「アイの上司と言いますか、個人雇い主なので問題はないのです」
「アイは……誰かに囲われるのか?」
「なっ! そんな! わけがないでしょう!!」
「やはり伯父上でも……そう解釈しますか。このダーニーズウッド家が庇護地であっても……」
と、ミカエル様はダートル様の言葉に思案する。
コン!コン!コン!談話室にノック音がする。ロビン様もミカエル様もダートル様に何処まで話して良いか思案中であるが、ミカエル様が返事をする。
「アイです。少しよろしいですか?」
と、アイ当事者がやって来た。ロビン様とミカエル様は返事に迷っていたら、
「アイ、良いよ入っておいで」
と、ダートル様が返事をしてしまう。部屋に入室許可がでたので、アイが談話室に入ってきた。
「ダートル様、こんにちは。少しお時間を頂きますね」
と、藍がダートル様が腰かけているソファーまで近く。
「どうしたんだ?」
と、ロビン様が藍に問いかける。
「試食して頂けないかと、持ってきたものが有るのです」
と、藍は小さな平皿に薄い油紙でリボン型に包んで数個並んでいるものをテーブルに静かに置いた。
「これは?」
と、ミカエル様が藍に問うてきた。
「これはミルクキャラメルというお菓子です。毒味が必要なら指定されたものを、私が口に入れますが」
と、藍は毒味役をかってでる。
「いや、必要ないよ」
と、ミカエル様が1つ摘まんで取りリボンの両端を引き緩めた。仄かに甘い匂いが広がったが、藍が部屋に入った段階で甘い匂いは藍自身からも漂っていた。
「お口に合うと良いのですが、男性の方には今回のキャラメルは甘い過ぎるかも知れません」
と、藍はミカエル様がキャラメルを口に入れるのを見守る。
「……………………うまい」
と、ミカエル様が仰ると、ロビン様とダートル様も1つづつ取りリボンの端を引き解き、口に入れていく。
「……………………」
「……………………」
何故か? ロビン様とダートル様は口に含んだキャラメルを味わう事無く固まった。
「何処で……手に入れた?」
と、ダートル様に藍は突然腕を捕まれた。




