馬車酔い
「トキニル、ロッティナの実弟なんだな」
と、ミカエル様が聞いて来た。
「はい、姉がカーディナル王国のアカデミーに編入してからは、それ程会う機会は減りましたが、それまでは仲の良い姉弟だと思います」
と、トキニルが答える。
「ロッティナはダーニーズウッド家に入れる唯一の看護婦だ。姉弟といえど言えぬ事も有るだろうが、責めないで欲しい」
と、ミカエル様が言ってきた。
「私共は代々薬草や薬を扱っている家です。医師や高貴な方ともお付き合いは、ございます。私の父より信用こそ財産で有ると、教えられてきました。姉の顔に泥を塗るような事は致しません」
と、ミカエル様に告げると、頷かれ陛下の前に案内された。
ダーニーズウッド家の馬車の陰に、明らかに格式高い馬車が止まっていた。
隣国ジャスパード国で有っても、現国王がこの時期に長期休暇を国境際のダーニーズウッド辺境伯領土で過ごされる事は、噂というより周知されていることだ。
「医師でも無い私に出来ることがあるのかが、心配です」
と、トキニルが正直な気持ちを呟いて、
「そんなに心配しなくてもいい。薬草の知識を借りたいだけだ。診察を依頼するのではないから」
と、ミカエル様が言って安心させるが、
「シアン陛下、ロッティナの実弟であるトキニルです。ジャスパード国では薬剤師をしているらしく連れて参りました」
と、一旦は報告している筈の事を、告げている。
「急ぎ旅を中断させて、悪かったな」
と、シアン国王陛下が仰る。
「恐れ多いい事です。私共はジャスパード国にて薬卸を家業にしております。トキニル·タッパーと申します。ダーニーズウッド辺境伯領土内にてノーマン家に姉 ロッティナが嫁いでおります」
と、トキニルは膝をついて礼を取る。
「ロッティナには、世話になっている。ディービス共々信用している」
と、シアン陛下が言えば、
「父の時代よりカーディナル王国で交流を、今は兄 タニロが交易交流の許可を頂きありがとうございます」
と、挨拶をすれば、
「早速だが、馬車酔いを止める、和らげる方法若しくは、処方を知らないか?」
と、シアン国王陛下が問うてきた。
「馬車酔いですか? 船酔いでなくて?」
「あぁ、馬車酔いだ」
「酔い止めの薬はございますが、軽い症状であるならば、馬車から降りて休憩を取り、空腹を避けて水分はほど程にされると一般的な対処だと存じますが」
と、トキニルが答える。
「その一般的な対処を行っても改善しない場合は、薬を服用するしかないのか?」
と、シアン国王陛下が問う。
「馬車の揺れに、抗う事がないように身体を横にするか、強制に眠ってしまうかでしょうか?」
と、トキニルが答えると、
「目眩、耳鳴り、吐き気でまともに歩けぬらしいのだが」
と、シアン国王陛下は症状を詳しく教えてくれる。
「乗り物酔いの薬はございますが、これは私個人用の処方をしたもので、そのままお渡し出来るものでは有りません」
と、トキニルが言う。
「それは、症状だけでは薬を提供出来ぬということか?」
と、ミカエル様が問う。
「はい。薬というものは身体に合った分量で処方しないと、毒にもなります。個人差が有り効く効かないと相性もあるのです。男性か女性かにもよりますので、簡単にお渡しするのは私には出来かねます」
と、トキニルが断りの言を述べる。
「いや、分かった。トキニル、すまないが馬車酔いをしている者に会って症状を聞いてやってくれるか? 薬剤師しか分からぬ事もあるだろうし、私からでは二度手間になるようだ」
と、シアン国王陛下が仰る。
「会わせて頂けるのであれば、持ち合わせのもので対処致します。
しかし、シアン国王陛下、私は行商に来ているのではないので、常備しているものが心許ないのです」
と、トキニルが正直な感想を言うと、
「無理を言っているのは此方だ、トキニルに責を求めるつもりもない。安心して会ってくれたら良い」
と、シアン国王陛下が言って促す。
シアン国王陛下とミカエル様が一緒に木陰に、敷布をしたところに誘導される。
……敷布に横たわっている少女? 女性がいるが明らかに顔色が悪い。血の気がなく蝋石のような青白く透き通るような肌色で、臥せっている。
馬車酔いをだけではないかも知れない。病気なら医師にかかるべきだが……
シアン国王陛下が敷布の女性に話しかけるが、何語で話されているか分からない。
「(藍、無理せず聞いてくれ、今側に薬剤師が来ている。ロッティナの実の弟らしいのだが、旅の途中で鉢合わせた。
乗り物酔いの薬を持っているらしいが、対象を観ないことには、渡せないと言われてな。
私の印象では、信用しても良さそうだが、一緒に同行している者は、警戒対象だとミカエルとルカの判断だ。
都合の悪いことなら断るが、どうする?)」
と、シアン国王陛下が横たわる藍に聞く。
「(薬剤師さんが言っていることは……正しいので……お願いします)」
と、藍が答える。
「トキニル、観てもらえるか?」
と、シアン国王陛下が促す。
「こんにちは、お嬢さん。私のカーディナル語は通じていますか?」
と、トキニルが藍に問う。
「はい……分かります」
と、藍が返事をする。
……これは……国王陛下のみならず、周りを警戒して当然の処置だな…………
「症状をお話しできますか?」
「はい。……馬車酔いで、目眩が酷いので……吐き気が伴います。目を閉じても…………回っている感じがします。障りで……出血が多かったので……乗り物酔いと、貧血により…………動く事が出来ません」
と、藍が説明する。
「分かりました。今のドレスは着替える事は出来ますか?それでは苦しいでしょう?」
と、トキニルが言うと、
「…………そうですね」
と、藍が答える。
「私が持っている乗り物酔いは、お嬢さんには効きすぎになるでしょう。貧血が主な原因と推察しますが、貧血を直ぐには改善されません」
と、トキニルが説明すると
「……はい。眠剤……眠けを誘発するお薬は……無いですか?」
と、藍が聞けば、
「そうですね。強制に眠ってしまうのが、良いですが、お茶で服用しましょうか。水分と体温を少し上げてるように」
と、トキニルが説明する。
「シアン国王陛下、お嬢さんには睡眠をもたらすお薬をお出ししますね。お茶のようにして服用するので水分補給と体温が下がっているのを上げる効果があります」
と、トキニルが説明すれば、
「お茶を服用してからは、どうしてやれば良いかの?」
と、シアン国王陛下が問う。
「あのお嬢さんは、ご自分の症状を正確に把握されています。お嬢さんにお聞きになるのが良いかと。
眠ってしまえば馬車の速さも気にならないと思いますし」
と、藍が寝たらどんなに馬車を急がしても大丈夫だということらしい。
「トキニル、請求はダーニーズウッド辺境伯領主宛にしてくれたらいい」
と、ミカエル様が言えば、
「大した量の薬草ではございません。常備していた個人用ですので、金子は所望しません」
と、トキニルが言えば、
「気持ちは嬉しいが、借りを作るつもりはない。ちゃんと対価として支払うので請求して欲しい」
と、ミカエル様が仰る。
「1つお聞きしてもよろしいですか?」
と、トキニルが問えば、方眉を上げて頷かれる。
「姉 ロッティナは先程のお嬢さんと面識は有りますでしょうか?」
「あぁ、それなら有るな」
「それならば、金子の請求でなくて、姉 ロッティナに先程のお嬢さんとのやり取りを報告する権利を所望致します。姉と、義兄 ディービス以外には口に致しません」
と、トキニルが言ってくる。
「うぅ~~~~ん、本当にディービス夫婦以外に口外しないのだな」
と、ミカエル様が問うてきた。
「はい。例え息子や同行している姪婿に聞かれたとしても口外致しません」
と、トキニルが断言する。
「うぅ~~~~ん、親切にしてくれたトキニルの希望は応えたいが~~~~」
と、ミカエル様が苦慮される。