薬剤師
「どうかされましたか?」
と、旅の格好をした少年が馬車から声を掛けてきた。
ダーニーズウッド辺境伯領土の王都向きの街道を、馬車で移動する領内の商人や領民ならば何も掲示するものは無いが、他領の商人や人ならば出入りに警護団隊の通過許可の布が支給される。馬車につけるなり人が持つなり許可されたことが分かれば良いようになっているが、その馬車には、ダーニーズウッド領警護第2団隊の通過許可を馬に付けている。
国境を護る第2団隊は、カーディナル王国から隣国ジャスパード国に出国するものと、入国するものを警護警戒する部署である。
第2団隊の許可なく入出国は出来ない。
ルカは目敏く周りを見回して馬車から声を掛けてきた少年以外の人を確認する。
シアン国王陛下の周りには、王宮からの騎士が三人と陛下付きの侍従達が側に寄り警戒すれば、
「警戒されるのは尤もだと思いますが、お貴族様の馬車が街道を外れ止まっていれば、何事かが合ったと思う次第です」
と、少年の後ろから成人男性が声を掛けてきた。
「そちらは、ダーニーズウッド領第2団隊の通過許可をしているということは、他国からカーディナル王国に来たということだから、何処から何処に行く予定なんだ?」
と、ミカエル様が代表して聞く。
ここはカーディナル王国のダーニーズウッド辺境伯領土だから、次期領主であるミカエル様が問いただしても何の問題も無いが、
馬車の御者台に座っている青年が、
「私共は、ジャスパード国から参りました。マーガル商会と連れは薬卸をしている行商です」
と、説明してくれる。
「マーガル商会とは何を扱っている商会ですか?」
と、ミカエル様の側にいたルカが聞く。
「私共の商会は、ジャスパード国の大小様々な商店や卸問屋に依頼された物をこのカーディナル王国に探して仕入れしている、所謂何でも屋みたいな商会です。ですから主にこれを扱っているという物をあげるのは、難しいのです」
と、御者をしている青年が答える。
「分かった。第2団隊の通過許可が出ているなら問題はないだろうが、容易く貴族馬車に声を掛けるものではないと思うぞ。
賊と疑われては気分も良くは無いだろう」
と、ミカエル様が忠告する。
「そうですね。その様に疑われるのは承知でお声を掛けさせて頂きました」
と、馬車の中にいる成人男性が答える。
「どういう意味だ?」
と、ルカが怪訝がると、
「すみません。日常会話なら出来るのですが、改まって使う会話になりますと、説明不足になって申し訳ないです。
私共は、誰彼構わずお声を掛けているわけではありません。ダーニーズウッド辺境伯領主様の紋章が付いている馬車でしたので、お声を掛けた次第です」
と、成人男性が答える。
「そちらは、この馬車がダーニーズウッド辺境伯領主関係と分かっているなら、尚更声を掛けるものではないぞ」
と、ミカエル様が再度忠告すれば、
「すみません。僕が父にダーニーズウッド辺境伯領主様の紋章だと教えてもらったことに、何も考えずに声を掛けたことが問題なら謝ります」
と、成人男性の側で、始めに声を掛けてきた少年が謝る。
「すみません。教育が疎かになっております。私共の倅はダーニーズウッド辺境伯様に親しみを持っておりますので、邪な考えではないのです。私共の身内がダーニーズウッド領内で暮らしておりますので、その伝で今度王立アカデミーに編入手続きに王都に向かう途中であります」
と、少年の父親だという成人男性が答える。
「それなら良いが、あまり貴族馬車に近付くと誤解されるぞ」
と、ミカエル様が追及を終わらせる。
「では、貴方がマーガル商会ですか?それとも、馬車の奥にいる人がそうですか?」
と、ルカが聞く。
「ルカ?」
と、ミカエル様が問う。
「御者は、マーガル商会と卸をしている行商だと言いました。どちらがそうなのか気になったので」
と、ルカが追及を終わらす気が無い。
「私がマーガル商会の商人です。もう一人もそうです」
と、御者台から青年が答える。
「私は薬卸をしているトキニル·タッパーと言います。息子のスキールです」
と、トキニルと名乗った成人男性が答える。
「では、トキニルさんはカーディナル王国に行商として来ているのですね」
と、ルカが確認するば、
「いえ、私は初めて此方に参ります。息子の手続きとお世話になっている義兄と姉に会うために入国致しました。カーディナル王国には、私の兄とこのマーガル商会が、許可を頂いて行動しております」
と、トキニルが説明すれば、
「では、今日は薬識のお兄さんではないと」
と、ルカが問うと、
「いえ、私も自国ジャスパードでは、薬剤師をしております。家業は薬草製造販売をしております薬卸ですので、代々薬剤師も担っておりますから」
と、トキニルが説明すれば、
「薬剤師の資格はジャスパード国が優位科目であるのに、何故? わざわざカーディナル王立アカデミーに?」
と、ミカエル様も疑問を言う。
「いえ、僕は薬剤師に成りたくてアカデミーに入るので無いのです。看護師に成りたくて看護科に編入しにカーディナル王国に来ました」
と、スキールが答える。
「では、トキニルさんが伝だと言っているのはノーマン医院のことか?」
と、ルカが当たりを付ける。
「あ、はい。ディービス義兄さんにお願いをして、編入試験を受けに参りました」
と、トキニルが答える。
「ルカ? ディービスに聞いておったのか?」
と、ミカエル様が問う。
「直接には聞いておりませんが、父がメリアーナ様の往診の時に聞いていたようです。何かあればグロー先生が対応するとのお話だったようです」
と、ルカが説明すれば、
「ノーマン家に縁ずるジャスパード国と言えば、ロッティナの身内しかおるまい」
と、ミカエル様も察する。
「ノーマン医院で看護婦をしているのが、私の姉になります」
と、トキニルが答える。
「ミカエル様、ロッティナの身内であれば、陛下に許可を取りに行かれては?」
と、ルカがミカエル様にアイの相談の許可を促す。
「分かった。ルカはここで待っててくれ」
と、ミカエル様がシアン陛下の元に行けば、
「あの~ぅ、どなたか体調を崩されたのですか?」
と、スキールがルカに聞いてくる。
「…………」
ルカが無言に徹していると、馬車の中から
「別に待つ必要もないだろう。トキニル叔父さん王都はまだ先だ。領主様の関係者でも此方には関係ないことだ。メッシ馬車を出せ」
と、御者台に座る青年に指示を出す。
「アキバ兄。ロッティナ伯母さんはここダーニーズウッド領で生活しているだ。ディービス伯父さんも僕の手続きをしに王都に行っているだから、もう少し親身になっても良いでしょうが」
と、スキールがもう一人の成人男性に食って掛かる。
「そこの侍従の態度が悪いから、関わるなと言っているだけだが」
と、アキバと呼ばれた男性が答える。
「アキバ、タニロ兄さんとどんな旅をしているか知らないけれど、私もスキールと同じ考えだよ。ロッティナ姉さんが、この地で生活している以上ダーニーズウッド領内で問題を起こすことは許さない」
と、トキニルは釘を差す。
「分かったよ。トキニル叔父さんがそこまで言うのなら従うよ」
と、アキバが黙する。
「トキニル。少し相談がある。時間をもらえないか?」
と、ミカエル様が馬車で待機しているルカの側に来て言う。
「私で分かることでしょうか?」
「そなた、薬剤師だと言わなかったか?」
「はい、薬剤師です」
と、答えたトキニルが、理解した。内心では、行商しに来たわけではないから、持ち合わせに不安はあるが、自分のカバンを持ち馬車から降りる。
「父さん!」
と、スキールが不安そうに声を掛けたが、
「すまないな、少し父親を借りる」
と、ミカエル様がスキールに目をやり告げると、馬車の奥に座っていたアキバと言う男性が降りてきた。
背の高い体躯のいい男性だが、商人と言うよりは騎士や警護団隊員に近い。
「君は呼んでないよ」
と、ミカエル様が一瞥すれば、トキニルを連れて陛下の元に連れて行く。
「相談をするだけだ。時間はそれ程かからないだろう。請求はダーニーズウッド家のミカエル様宛にすればいい。先程の方が次期領主のミカエル様だから」
と、ルカがスキールに説明する。
「ほぉ~、あの方がミカエル様ですか」
と、馬車から降りたアキバが、伸びをしながら言う。
「アキバ兄ちゃん、あんまりトキニルの旦那に逆らわない方がいい。まだ信用されてないんだから」
と、御者台のメッシが言ってくる。