6親等
王都 ダーニーズウッド別邸。ミカエルは自分の部屋ではなく、普段執務をしている執務室でダーニーズウッド家が起業している産業や投資の報告書に、目を通している。
ミカエルが領地に帰領している時は、手紙や報告書は執事のルクールに一任しているが、父が王都にいる場合は、父が判断を下している。
何時もなら机の上には、未封のまま束になった手紙や報告書が放置されている。
が、今回は開封してあるし、指示も出されている。定例会議も期間が長く設定されており、国政も内政も安定している情勢なのだろう。
父 ロビンの状況が分かるというものだ。国の安定が一番であり国民であれば、喜ばしい。
只、ダーニーズウッド辺境伯領土としては、問題だらけで有ることが、父の行動で分かる。
こちらの執務室に入りたがらない父が、領土からの手紙や報告書から逃げの心境からか、普段しない産業の報告書に目を通している。
父も勘はいい方だ。領土からの手紙を真剣に読み込まない様にしていたのだろうな。
最初の1通だけ疑問と言うか質問で返ってきたが、後は梨のつぶてに成っていたから、仕方ない。
巻き込まれているのだから、諦めてほしい。それに今さら関わるなと言われても、遅いが。
「ミカエル様、ロビン様がお話が有るそうです。お時間を取って頂けますか?」
と、ルクールが執務室に呼びに来た。
「そうだな。何処でお待ちだ、後で向かうよ」
と、ミカエルが答えた。
「ミカエル様のお部屋でお待ちです」
「僕の部屋? そっか、じゃ今から行くか」
と、ミカエルが広げた書類を纏める。先程ケビンが御使いから戻り、アカデミーの書類を1式持ち帰ってきた。
……後から僕に話が有ると言っていたが、どうしたものか。
何かしら不服を言ってくるのか? 態度が変わらなければ、ケビンは使えない。
一旦、アイの様子を見に行こう。アイの体調次第では父に会わせた方が良いだろう。
「ルクール、僕はアイの所へ行ってから部屋に戻るよ。お茶の用意をしてくれるか?」
と、前を歩くルクールに言う。
「承知したしました」
と、ルクールがミカエルから離れて奥に進む。
ミカエルは客室がある方に進みドア前で声を掛ける。
「ルカ」
直ぐにドアが開きルカが顔を出せば、部屋の奥から藍の声がする。
「ねぇ! 本当にダニー様の教科書を全部お借りして良いの?」
と、藍が誰かと話している。
「試験を受けるんだろう? アイが知っている知識かどうか見直さないと、復習代わりに目を通した方が良いよ」
と、ダニーの声がした。
「ダニー様が御自分の教科書や資料を、アイに見せてくれているのです」
と、ルカが説明しながらミカエルを部屋に入れる。
「ルカ、アイの体調はどうだろうか? これから父に会いに行くのだけど、アイを父に会わせておきたい」
と、ルカに問う。
「そうですね。馬車で強制的に寝てもらったので長時間でなければ、大丈夫かと。
ロビン様にはご事情を話された方がよろしいですね」
と、ルカも同意してくれる。一緒に部屋に入ればダニーが藍の隣に腰かけて説明している。
真剣にダニーの話を聞いている藍は、ミカエルが入って来たことに気付かない。出入口の方を向いて説明していたダニーは、直ぐに異母兄に気付き藍に知らせようと、肩に手を置き
「アイ、にい…………………………さん……が」
と、固まった。同じタイミングで藍はダニーの資料の中で地図が目に入り、前屈みで手を伸ばす。
ミカエルとルカからはソファー越しだが抱き合っているようにしか見えない。
「ダニー様? その地図が見たいのですが」
と、藍は固まったダニーに言っている。
実際に藍に知らせようとしたダニー様の手は肩から前屈みになった藍の背中に回り、藍は手を伸ばした状態でダニー様に抱き付いたことになる。
「ワッアワワアワワ!!」
と、慌てたダニー様をそのままの体勢で、藍が、
「どうしましたか? 虫でも飛んでます?」
と、藍は周りを見回すとミカエルとルカに気が付いた!
が、そのまま手は、地図に当たり体勢を戻しつつその地図を広ければ、
「ダニー様、試験に地理は出ますか? 私は方向音痴で地図を読むのが苦手なのです」
と、藍は固まったままのダニー様に聞いている。
「多分出るだろうな」
と、側に来たミカエル様が答える。
「それって、文章問題より難題になります」
と、向かいに座ったミカエル様に藍が言っている。
「アカデミーの説明は後にして、アイ今から父 ロビンに会いに行くけど一緒に行くかい?」
と、藍の都合を聞く。
隣に座っているダニー様に視線を向ければ、
「僕は、さっきは止めたけど、アカデミーの事は又後でも説明するから、父上に会ってきた方が良いよ」
と、少し落ち着いたダニー様が言う。
「そうですね。散々ダーニーズウッド家にお世話に成っているのに、家長のロビン様とはご挨拶が遅くなっていますし。
ロビン様だけですか? 奥様のカリーナ様は?」
と、藍は聞いてくる。
「今は父だけだな。義母には後で会わせるよ。多分楽しみにしているはずだから」
と、ミカエル様が言うと、ダニー様も頷く。
テーブルの上はそのままで、藍がルカに聞く。
「ルカ! ロビン様にこの格好で大丈夫?」
と、館に着いた時は普段着だったのを、メアリー様が選んでくれたサックス色のドレスに着替えてある。
ロビン様の帰宅に慌てて身支度を整えようとした藍は、貧血を改善されぬままでは脳貧血を起こしても仕方ない。
一瞬だが目眩で傾いた身体をメアリー様が気が付いた。離れていたルカも藍の顔に赤みが無くなるのを見ていた。
他の人は少し前に動いたようにしか見えなかったが、側にいたメアリー様は藍の無意識に身体を守りに入った動作を知っている。
前回は訳が分からなかったが、藍は意識がなくなっる手前に防御の型を取る。それから反撃するなり躱すなりの動作に移るのだ。
「アイ! 今一瞬、意識が飛んだでしょう。お父様を出迎えなくても後で紹介するわよ。大人しく座ってなさい」
と、メアリー様が言えば
「メアリー様の仰る通りです。誤魔化しても無駄です。まだ、休憩は必要です」
と、ルカも言ってくる。
「姉上、アイに僕の教科書は、どれくらい必要かな?」
と、ダニー様が部屋を覗きに来た。
メアリー様とルカが、藍が出迎えると言うのを止めていた所に、
「アイ、ドレスと同じ顔色になっているよ。アイには似合っているけど、せめてもう少し顔色が良くなってからでもいいと思うけど。
そのままだと階段から落ちたら怪我をするな。寝込む処じゃ済まなくなるね」
と、入口でダニー様が聞こえるように言ってくる。
「ほらみなさい。ダニーだってアイの顔色が分かるのよ。休めは回復するんでしょう?」
と、メアリー様がルカを見る。
ルカが藍の手を取ると、
「そうですね。もう少し休んだ方がいいようですね」
と、判断される。
「一瞬目が眩んだだけなのよ」
と、藍が言っても3対1では、勝てる訳がない。そんなやり取りが合って休憩をはさめば、ダニー様が御自分の教科書を持って説明されていた時に、ミカエル様が誘ってくれたのだ。
「父は僕の部屋にいるから、ルカ、後でアイを迎えに来て」
と、ミカエル様が藍を立たせる。
「分かりました。一刻程で迎えに行きます」
と、ルカもミカエル様の考えが分かっている。
部屋の片付けやルカが、館でしなければいけないことを、この館の執事ルクールに確認をしたり少し離れる時間も必要だった。
ダニー様が藍に説明されている時間を使うつもりだったが、ミカエル様が確実な時間を作って下さった。
「何かあれば、呼ぶよ。ルカも休憩するんだよ」
と、ミカエル様と藍が部屋を出る。
「さて、アイ。アイの母上と僕の父上は従甥姪になるけど、僕とアイは従甥姪孫になるな」
と、ミカエル様が歩きながら藍に聞こえるギリギリの声量で言ってくる。
「私の国では、6親等です。身内と呼べる最後ですね」
と、前に考えていた事を思い出して答える。
「アイの中でも親族に成っているんだね」
「駄目でしたか? 身内呼びは失礼ですか?」
「反対だよ。公に言えないことが残念だけど、アイが身内で僕は覚悟が出来たんだ。いろんな意味でね」
と、ミカエル様が言って部屋の扉にノックをする。