馬車の中
王宮で御夫人達が、談話と言う花を咲かせてお茶をしている。
それぞれ侍女が側に付き、持ち込んだお茶の説明にお菓子の好みを打ち明けて、腹の探り合いも年期のいった技術が必要になる。
比較的に若い年回りになる我が妻は、御夫人達の輪に入ること無く窓辺にたたずんでいたが、私が迎えに行くと侍女が気づく前に、綻んだ笑顔を向けて側に行くまでを、待てを教えられた犬の様に見えない筈の、大きく振っている尻尾があるようだ。
大公爵夫人と公爵夫人がいつも気にかけて、カリーナに寄り添ってはくれるが、今回の長い会議期間では、流石に話題もつきたようだ。
部屋の中は、御夫人方の笑い声が聞こえていたが、会議終盤となればそれも無い。
読書に刺繍や数人の輪が、各々の位置が出来てくる。
まだ、部屋に残っていらっしゃる夫人は、カロリーナ·セルリアート公爵夫人とロッサム·ボドール辺境伯夫人に我が妻 カリーナに義姉妹になるコニー·カーディナル夫人にマリーネ·ユールチードゲ侯爵夫人の五人の夫人が、夫君閣下達を待っている。
ロビン·ダーニーズウッド辺境伯であれば、シアン国王陛下の身内筋ばかりで、挨拶無しではお暇出来ない。
「御夫人方、長い会議にお付き合い頂き、そして妻のカリーナを気にかけて頂きまして、感謝致します」
と、ロビンは仰々しく挨拶をすれば、
クスクスと笑って近付くカロリーナ公爵夫人が、
「まぁ、ロビン様はわざとらしいですわ」
と、カリーナの手を取り慰めるように撫でる。
「こんなにお待ちになっているのに、先に妻にひと言あってからで、宜しいのよ」
と、カリーナの気持ちを言ってくる。
「いえ、私はロビン様のお邪魔にならないようにするだけですから、カロリーナ様やお待ちの奥方様にお挨拶が先になさっても問題はございません。いつもお声掛けありがとう存じます」
と、カリーナがカロリーナ様にお礼を伝える。
「では、カロリーナ様のご忠告通りに、カリーナ待たせたな」
と、ロビンが声を掛けてカロリーナ様に礼を取る。
他の御夫人方も、
「カリーナ様、御機嫌よう。またの機会に」
と、挨拶が続けばお暇となる。
王宮を後にして馬車に乗り込めば、思わず溜め込んでいた息を長く静かに出していく。
「疲れただろう。悪かったな遅くなった」
と、ロビンは自分の疲れよりもカリーナを気遣う。
「私は、望んでロビン様の側に居るのです。煩わしいことも初めから教えて頂きました。
覚悟してお側に居ることを愚痴れば、私の思いは軽くなってしまいます。
それにロビン様は、私という問題児を受け入れて下さったじゃないですか」
と、カリーナは言ってくる。
「散々 逃げまくった後だがな」
と、ロビンは答える。
「それも、私が無知故のこと、今ならロビン様の仰った事も分かりますのに、恋は盲目と言います。
盲目でも頑張れる事はございますので、今の私がいるのです。周りの御夫人方は気長に教えて頂きました。これもお義母様の為さり様のお陰です」
と、カリーナは領地にいる母上に感謝の言葉を言う。
……母 メリアーナの若い時には、父 カールの貢献度に妬まれて、出身地でいわれ無き不遇を味わっていた。ダーニーズウッド家に嫁ぎ祖父 祖母の庇護のもと自分より地位が低い者を率先して矢面に立つそんな母を尊敬するが、その前を守っていた父の偉大さを痛感している最中だ。
「カリーナ、アカデミーが始まるまでにケビンの事を話し合いたいのだが、ミカエルを入れて現状を把握したい」
と、領地からの苦言めいた報告書の事を話す。
「ロビン様はお疲れでしょうに。私が話をしますが」
と、カリーナがロビンを気遣う。
「我が子のこと、王都に置くならばミカエルの忠告も周りからの評価もケビンは理解しなければならない。
それはカリーナも同じ事だ。そなたか苦労してきたことを、今年から成人するケビンは理解することは、大事な事だと思う」
と、ロビンはカリーナを諭す。
「分かりました。ロビン様がそう判断なさるなら、でも…………それだけじゃないようですね。
ロビン様は、嘘が下手ですから」
と、カリーナがシアン国王陛下と母 メリアーナに指摘された事を言ってくる。
「私はそんなに分かりやすいのか?」
と、カリーナに問う。
「他の貴族の方よりかは、という程度ですよ。身内であれば隠し事も疎かになるというものです。
出来れば隠し事が無いに越した事はないですが、領主という立場上内密で有ることも理解しております。
その点で言いますと、義息子 ミカエルはとてもロビン様より適してらしゃいますね」
と、カリーナは次期領主予定のミカエルを評価する。
「私は、ミカエルに色々押し付けていらるからか、気が引ける所があるのだ」
と、ロビンが言ってくる。
「…………?、何のことでしゃうか?」
と、カリーナはミカエルともよく話をするが、ロビンに対して気負うような事を言われたことが無い。
「ミカエルが33歳になっても、身を固めないのは、そなたを思ってのことじゃないのか?」
と、ロビンは周りの噂やミカエルの行く末を案じての想いで言ってみる。
「…………プッ……………………クスクス」
と、カリーナは口許を隠しながら、肩を震わせて笑っている。
「カリーナ、何を笑っている?」
「散々、私にミカエルの方がいいぞと、押し付けようと為さってましたよね……プッ」
「それは、私とは歳が離れておるが、ミカエルとは二つしか変わらぬではないか。世間ではミカエルと義親子にならなくても、仲が良ければ夫婦になっても可笑しくはない」
と、ロビンは答える。
「私とミカエルが仲が良かったのは、どうやってロビン様を落とすかを、画策していたからですわ」
と、カリーナは笑いながら答える。
「とてもそうには見えなんだが」
「ロビン様の寝室に忍び込む手配をしてくれたのもミカエルですよ。既成事実を作れと父は逃げきるぞと脅されましたし」
と、カリーナは打ち明ける。
「はぁ~~っ!」
「そもそも、どうしても振り向いて貰えないと諦めかけていたのを、発破をかけていたのはミカエルですよ。散々振られまくって落ち込んで泣いていても、父はメソメソしている女は好みではない、挫けない向かってくるのが好むから笑えとお構い無しで、本心で味方になってくれました。
お陰で今があるのですから」
と、カリーナは思い出しながら答える。
「しかしな、ミカエルが独り身なのも心配ではあるし、周りの噂は酷いものだぞ」
と、ロビンはゲンナリしている。
「そうですよね。私だけでも噂の元になりますのに、ミカエルの好む女性はどのような方を望むのでしょうか?」
と、カリーナは首を捻って考える。
「ミカエルには、ダーニーズウッド家に政略的な婚姻は必要無いから、自分に合う人を選べばいいと、言った手前な」
「そう言えば、メアリーからはセリーヌ嬢をミカエルにお薦めしていると聞きましたが、ロビン様はお聞きではないですか?」
と、カリーナは苦虫を噛み潰したよう顔をしたロビンに聞く。
……それも問題だった。オリゾーラル公爵閣下は、最近代替わりをした若い側近だ。先代よりも忠誠心を顕にする方ではないが、シアン国王陛下を敬愛している忠臣の一人だ。
そこのご令嬢がミカエルに熱をあげていると噂が合ったが、ミカエル本人が自分にはもったいないので、ダニエル王太子殿下のお妃候補にされるべきだとお断り入れた経緯がある。
これは馬車の中で話してもいいことではない。ダーニーズウッド家の使用人が聞いた話を漏らすとは思えないが、周囲に知れている過去の話しなら支障は無いが、領土からの報告では問題しかならない。
「さて、ミカエルの好みの女性か~~、領主となるミカエルの伴侶になってくれるものな~~」
と、考え出したら沼になってきた。
「ロビン様! ミカエルが好む女性が現れたら今度は私が力になります。
義母として友人として、ミカエルの幸せになるよう協力を惜しみません」
と、ダーニーズウッド家の別邸が馬車の窓から見えて来た時に、カリーナは義息子の為、まだ見ぬ義娘獲得に心が弾む。
「カリーナ。ほど程にな、後の三人が困らないように」
と、ロビンは妻に釘を差す。