謁見 1
城壁に護られた王城は、高い位置からカーディナル王国の王都を見渡せる造りになっている。
三つの城門を護っている近衛騎士は、シアン国王陛下が乗っておられる馬車が門を潜り通過するのを見送る。
王宮には定例会議を終え、王太子ダニエル殿下の御前に御挨拶をして、四大側近と四方侯爵辺境伯閣下達の情報交換の場となっている。
各々招待された大公爵閣下、公爵閣下、侯爵閣下とご挨拶をすれば、いよいよ帰領出来る算段になるが。
ロビン·ダーニーズウッド辺境伯は、先程御挨拶して、御前を他の閣下達と一緒に離れて王宮に備えてある個人の部屋へと戻ったところに、王太子ダニエル殿下の侍従 トミールが部屋を訪ねてきた。
「ダーニーズウッド辺境伯閣下、お疲れのところ申し訳ないのですが、殿下から個人でお会いしたいと言付けにてございます」
と、文官に案内されて部屋に入って来たトミールが言ってくる。
「それは今からと仰っておいでか?」
と、ロビンは問う。
「出来ればお願い致します」
と、トミールは手を扉の方へ示す。
……困ったな……オリゾーラル公爵閣下からも招待されているのだが……
「アニール·オリゾーラル公爵閣下から先にご招待を承けているのだが……」
と、ロビンは順番で言えば、公爵閣下が先に声をかけて了承している。
でも、立場で言えばダニエル殿下のご招待を承けない訳にもいかぬ。
「そうでしたか、オリゾーラル公爵閣下には、私の方からご説明致します。ご理解下さい」
と、トミールは引かない。
「オリゾーラル公爵閣下にご連絡をお願い出来るのであれば、御前に参ります」
と、ロビンは返事をする。
陛下が暮らしておられる王宮殿は、シアン国王陛下と王太子ダニエル殿下の住まいだ。
シアン国王陛下には、妃どころか側妃もお迎えで無い為に側妃宮は、今はその役目がないので自由に面談や談話室として、使用されている。
一番奥の部屋に向かっているが、王太子ダニエル殿下と面と向かっての対談は今のところ機会はなかった。
今回の定例会議後には、四大側近の閣下や宰相殿下と会合は各々あるが、議題の擦り合わせや情報交換の場で、会議がゆっくり進んでいたお陰で領外の揉め事もなかった。
……ウチ以外は…………毎日届くダーニーズウッド領土からの書簡という報告書だ。
前領主で父 カールからと、次期領主予定の息子 ミカエルからと領主邸を仕切っている執事 ニックからに、母 メリアーナまで。
主治医をしているノーマル家からは依頼書だったが。
こんなに毎日別邸に報告書が届くことなんて、今まで無かったことだ。
「ダニエル殿下。ロビン·ダーニーズウッド辺境伯閣下をお連れいたしました」
と、トミールが扉を開けてくれる。
「ロビン、急に呼びつける事になって悪かったな」
と、独り掛けのソファーで王太子 ダニエル殿下がお待ちになっている。
「お待たせいたしました。殿下、お呼びと伺いましたが、どのような用件でございますか?」
と、ロビンもトミールに案内された場所に腰をおろす。
「一度ちゃんと聞いてみたいことが有ったのだ。義父上のことを」
「シアン国王陛下の事と仰いますが、陛下は問われたことに対して真摯に答えてくださいますよ。私の存じております事など対して殿下と変わらないかと」
と、ロビンは答える。
「それはそうなんだが、義父上のお歳を考えると後どれくらいの時間を側におれるか、幾ら同世代の者より若く見えようと、義父上の身内は従兄弟位しかおらぬであろう」
「まぁ確かに、私の父も齢70歳になりますね。元気ですが」
「義父上は、率先してダーニーズウッド領地に赴くが、先の会議でも聞いたが何か特別なことがあるのではないか?」
「殿下も一度、シアン国王陛下に連れられてダーニーズウッド領地に滞在されましたね。ご存知の通り何も無いところで、殿下は退屈されてましたね」
と、懐かしく思い出す。
「四五歳の時であろう。ロビンの子もいたが女の子で一緒に遊べはせぬ。
確か男の子が私に付いて回っておったが、使用人の子であったか?」
「殿下に付けるとしたら、ルカという使用人だと思います」
「今思い出しても、義父上はただゆっくりしたいだけだったのか?」
「私の母の話では、父が母と婚姻を結んだ時から私が六七歳の時まで、ダーニーズウッド領地には滞在されておりません。
シアン国王陛下が従兄弟の父に遠慮されてのことでしょう」
「そんなことが有ったのか? 毎年の事だと思っていたが」
「ダニエル殿下は、シアン国王陛下の母君のことは?」
「あぁ、知っている。義父上の異母兄である二人の血が私には流れているからな。義父上から宰相であり祖父であるリックに聞くように言われて話は聞いた」
「ダニエル殿下がご存知無いのかと思いましたが、それでしたら只幼少期に過ごされた場所に他は無いと……これは今私から話すことか判断しかねる事が1つございます」
「ロビン?」
「シアン国王陛下が、直接お話になる筈ですので私からと言うのは……」
「義父上が話す筈なら、先に知っていても良かろう。何か有るなら教えてくれないか?」
「殿下もご存知の様に、私は領地から定例会議の為に王都に参りました。
その間は、父 カールと息子 ミカエルに任せております。報告は随時されてはおりますが、今一つ理解が及ばない事柄が有りまして、シアン国王陛下から知己の孫娘をダーニーズウッド家で預かる算段になっております」
と、ロビンは報告した。
「義父上の知己の孫娘?」
「はい、父からの報告では外国で知り合った命の恩人の孫娘らしいのです。私も面識はございませんが、領地を任せております二人の報告が一致しておりますので、間違いないかと。
息子のミカエルが王都に戻りましたら、私も詳細な報告を受ける予定なので、今殿下に問われても内容はわかりかねます」
と、ロビンは答える。
「そうか、義父上の若い頃の話など、ロビンの家位しかわからぬな。義父上が戻られたら教えて頂くとして、又時間を取ってくれないか。
義父上がロビンの家族と親しくしている話は聞くが、先頃は訳も知らず勝手に囀ずっている者が要るらしい。義父上が健在である内に私とも好意的な形を取れば違うであろう」
と、王太子ダニエル殿下は仰る。
「御気遣い、有り難くお受け致します」
と、ロビンは礼を取る。
世代が替わり王宮での役職達も自分より若くなっている。シアン国王陛下が退位されるまでに、四大側近や四方侯爵辺境伯の代替わりもされていくだろう。
今まではシアン国王陛下の四大側近への配慮は陛下の御兄姉妹への配慮と言える。
ダーニーズウッド辺境伯領土では、シアン国王陛下の叔母に当たる、私の祖母が当時の国王陛下の側妃の不祥事に逃げ場が無かったシアン王子を庇い愛おしく接していたと聞いている。
王宮殿、側妃殿では異母兄姉がシアン王子を気に掛けていたらしい。異母姉に至っては嫁いだ後からでも度々ダーニーズウッド辺境伯領地に訪れて叔母 シモーヌに交流を兼ねた異母弟 シアン王子の様子を見に来ていたと、ニックからも聞いている。
シアン国王陛下の異母兄姉への愛情は深く、分け隔てなく接して来られた。
だが我が母は、件の側妃の出身地であるブーゲンビート辺境伯の娘。シアン王子と同じ言われ無き不当な扱いをされていたが、それこそ祖父の判断で父との婚姻を受け入れて今に至る。
問題が無いわけではないが当事者が、恩に感じて恩恵を与えていることに、事情を知らぬ者が有らぬ噂を立てていると、心配してくださる大公爵閣下に公爵侯爵閣下。
私の世代はまだいいが、ミカエルの世代になると殆どが知っていない。
シアン国王陛下の意向で、歴史上は習うが詳しくは説明されない教育方針だ。
そうなると、今アカデミーに在籍しているメアリー達が要らぬ妬みを買っていると、兄 ダートルが教えてくれた。
兄 ダートルは勉学が好きで領地運営には端から放棄してきた。私も好きで領主というお役目を担っているわけではないが、兄よりはましだと思う。
次男 ダニーは気質が兄に近いのか、王宮の研究所に興味が有ると報告を受けた。
そんな甥を心配してか手紙を部屋に寄越して来た。
……会って話してくれてもいいのに……母 メリアーナが臥せっていると報告したが、歳だから仕方ないと返事が来たぐらいだ。
王太子ダニエル殿下の謁見が終わり部屋にたどり着けば、シアン国王陛下付き侍従 ルトーニが扉前で待っている。シアン国王陛下に付いてる侍従の中で、それこそ代替わりした口だ。ミカエルと歳は変わらない。
「ダーニーズウッド辺境伯閣下、お疲れのところ申し訳ないのですが、シアン国王陛下が接見依頼がございます」
と、事情を知らない若い侍従は、言ってくる。
……感情が、顔に出ておるぞ……先程まではダニエル殿下に謁見の場に居たことは分かって居て言って来るか……
「シアン国王陛下は、ご無事に帰都されたのだな。私共よりシアン国王陛下がお疲れではないのですか? お時間でしたら後でも私は参上致しますが」
と、ロビンはお疲れの陛下を気遣う。
「私はお止めしたのですが、シアン国王陛下のご意向でしたので、伺いました」
と、ルトーニが言ってくる。
「シアン国王陛下のご意向であるなら、御前に参ります」
と、返事をして先程とは違う王宮殿に向かう。