出発
「虚弱体質巫女ですが 異世界を生き抜いてみせます」の続編になります。
前の作品から読んで下さる奇特な方々や、この作品から読んで下さる方々が、何か興味、共感が持てる物になるように、頑張りたいと思っておりますので、少しの間お付き合い下さい。
「(うぅ〰️〰️……うぅ〰️〰️っ、もう……む……り)」
と、馬車の中で藍が死にかけている。
「(どうしたものか……まだ半日も馬車に乗ってはおらぬぞ)」
と、祖父 碧は膝枕をしてやっている孫娘に言う。
「(馬車が……こんなに……揺れると……知って……いたなら…………)」
と、藍が泣き言を言い掛けて止めた。
碧の手が優しく藍の額を、撫でる。優しく優しく続きの言葉が出ないように。
わたし、辰巳 藍は23歳。今年一年多めに通った大学を卒業して、祖母 千種が宮司を務めている白彦神社に正式な巫女として採用された。採用されたとはいえ試験を受けたわけではない。ありがたい身内雇用だ。
不採用通知ばかりもらう、何処にも就職出来なかったわたしを、祖母と次期宮司の伯母 翠が当てがってくれた。
そこに行く着くまで、わたしなりに就職活動やエントリーシートを出したり、大学の先輩を頼ったりしてみたが軒並み全滅だった。
成績や人となりで不採用になったわけではないと思うが、嘘偽りなく虚弱体質を明記すれば、仕方ない。
虚弱体質……体質 (極、極、極虚弱)
病弱、虚弱は病気ではない。
病気になりやすい、病気にかかりやすい体質のことを表すだけである。
日に当たり、肌が赤くなるか、黒くなるか、直ぐに元に戻るかと、いう体質と同じ。
世の中 虚弱な人は沢山いるけど、それでも程度があるらしい。
3月下旬の白彦神社の社務所で、わたしは穴? 穴に落ちた?
白彦神社は御神体 白竜様 白蛇様を1000年以上祀っている祟敬神社のひとつ。御神体はご先祖様が許しを得てセイ様とお呼びしている。
セイ様曰く、わたしの極虚弱体質は母 朱里が、従兄 浅葱を身籠った伯母 翠を助けたい一心で自分の加護を胎児にあげてしまった。
白彦神社を護る一族瀧野家は、男子が産まれないはずの長子 浅葱。母 朱里はわたしを産んでくれたが、妊娠時に問題がなくても出産後からのわたしは、極虚弱で病弱で、加護なしのいつ死んでもおかしくない乳児。
そんないつ死んでもおかしくない乳児を、献身的に慈しんで育ててくれた。父 辰巳 誠、母 朱里。父方 伯父 剛、従兄 要。
母方の祖母 千種、伯母 翠、伯父 修次、従兄 浅葱と修次の兄 賢一が、主な藍の身内だ。
辰巳家と瀧野家以外で、瀧野家代々の主治医を担っている香山家。
香山 宗一、千種とは年の離れた幼馴染みで、藍の初めの主治医。この妻 峯子は、千種と中学生時の同級生で、助産師。二人の息子 順一は、藍の今の主治医。順一の妻 加奈(故人)交通事故死。順一と加奈の子、長男 樹、次男 湊、三男 司が、藍にとっては身内同然の存在。
身内と、身内同然を捲き込んで作られた藍を守る連絡網が、《ガーディアン》で携帯アプリで統一されている。意味は、保護者や庇護者となっているが、過保護の集まりである。
後は、地域の商店街や馴染みのお店、有志の人達からなる《スペア隊》も存在する。
白彦神社の御神体様に導かれて、祖父 碧が居る異世界に転移させられる。藍の加護無し状態では後数年しか生命維持が出来ないと、碧の側に居ることで身内の加護をもらいつつ虚弱な身体に加護を貯めていき、少しでも健康に近づきたいと奮闘している。
セイ様に誘導されて転移した場所は、カーディナル王国 ダーニーズウッド辺境伯領土内、ダーニーズウッド辺境伯領主の敷地内の礼拝堂の中だった。
礼拝堂を領主邸侍従をしている、父親 アートムに命じられ同じく侍従 息子 ルカが清掃をしている時に藍が転移してきた。
突然現れた藍を警戒するルカにより拘束されたまま、後に藍の親戚と分かる前領主のカールと次期領主のミカエルとお館内の使用人 執事のニック、侍女長 ノアに出会う。
しかしながら、藍は冷えた礼拝堂にいたせいと、精神疲労で虚弱体質を悪化させ、高熱を出して倒れてしまう。
そこで出会うのは、ダーニーズウッド辺境伯邸の主治医であるノーマン家、先代グローと息子のディービスに妻の看護師 ロッティナが、虚弱な藍を診察治療に、赴く。
ダーニーズウッド邸の生活は、使用人達の面識を増やしていき、侍女 カルマにナリス、庭師のルックに妻のクルナと息子のアイルと関わっていく。
前領主 カールの妻 メリアーナと、交流が持てるようになると、カールの孫 メアリー、ダニーとケビンと関わっていく。
藍がダーニーズウッド邸に転移した時期は、このカーディナル王国の第175代 シアン国王陛下が休暇静養に逗留されて、従兄弟のカール邸で滞在期間と重なり、巫女姿のまま転移して言葉も通じない世界で、唯一日本語を話せるシアン陛下が、藍の庇護者となってダーニーズウッド家で保護されることになった。
シアン国王陛下の協力で、言葉や習慣を教わり藍の見張り兼護衛のルカと共に、虚弱な身体と向き合いながら導き手である、携帯を依代にしたセイ様の助言で乗り切るつもりである。
セイ様の思念は藍にしか届かないし、聞こえない。セイ様が藍に救済を施すには理由がある。セイ様を長年祀っている一族であることと、過去にセイ様と言葉を交わして後に自分の子孫が、セイ様の慰めになることを願ったからある。
終わりなき時の中に存在するセイ様にすれば、理に抗い倣い生きる人間に興味があったのだろう。
セイ様の救済で祖父 碧は日本の瀧野家で生活するも、碧は地球の加護を持たずして年々弱る。二人の子と妻を残したまま、もとの異世界にと帰還せざることになった。
44年が経ち、巫女姿の藍を見て碧は自分の縁者だと思い当たり、従兄弟のカールに依頼して保護、庇護するも藍の虚弱さに本心を隠しつつ探れば、藍への親愛は深まるのに身内としての確信は薄まる過程になる。
碧は、藍が孫娘と分かってからは遠慮することは止めて、庇護してきた費用を借金として返済を求めた。
こじつけ紛いの理由であろうと、藍を側に置きたいシアン陛下の願いに、カールとダーニーズウッド家に関わるもの達が、国王陛下の孫である藍の秘密を守ると誓い協力する。
藍の容姿は、過小評価で普通だと信じていたが、現日本でも飛び抜けて整った美人に入る。
周囲にいる人たちが概ね容姿端麗だった為に、自覚に欠けていることに気付いていない。
藍が転移した世界では、黒髪、黒目は珍しく危機感が無い藍を危惧する周りに対して、藍は生命維持の為に加護を収集して元の世界に戻るために、積極的に動くつもりである。
異世界転移して、二月にして祖父 碧と、生活するために王都に向かう馬車の中、普通の乗り物でも乗り物酔いを起こす事を、すっかり抜け落ちた状態で出発したダーニーズウッド家から、数刻で体調不良を起こした。
「(……馬車ってこんなに揺れるんですね……)」
と、藍が青ざめた顔で言ってきた。
「(藍、顔色が悪いぞ。もう少し身体を楽な体勢をとった方が良いぞ)」
と、碧が気遣う。
「(……そうしたいのですが、どんな体勢になっても改善するとは……思えなく……て)」
と、正直に話す。
……めまいに、吐き気もしてきた。馬車から降りたいって、いつ言うようか…………
「(藍、こちらに来て横になるが良いぞ。少しは楽になるかもしれぬ)」
と、碧が言って、側にあるクッションを除けて場所を開けてやる。
「(はい。そうします)」
と、祖父の膝枕で数刻過ぎても、改善されず藍の限界が来ている。
孫娘の頭の重さに幸せを感じている碧であるが、益々顔色を悪くする藍を見るに馬車の外にいるルカに声をかける。
「ルカ、側におるか?」
「はい。シアン国王陛下、お呼びですか?」
「アイが限界に来ている。馬車を止めて休憩をさせてやりたい。場所を見つけてくれないか?」
「わかりました。馬車止めて休憩出来るところを直ぐに探します」
と、ルカが言って離れる。
馬車が止まって車内の藍は、吐き気と耳鳴り目眩に耐えていた。
「(慣れぬ馬車でなくて川を下れば良かったな)」
と、碧が言うが、
……多分、舟も同じだから気にしないで……と、言いたいが、耐えているだけで精一杯。
「シアン国王陛下、少し風に当たりませんか? アイが横になれるように場所を整えました」
と、一緒に同行しているミカエル様が言ってきた。
「どうする? 外の空気を吸って横になるか?」
と、シアン国王陛下がアイに聞く。
「……そうしたい……です……」
と、何とか声に出す。
藍は、シアン国王陛下の膝から頭をあげて身体を起こそうとするが、目眩に思うように動けない。
シアン国王陛下が馬車から、藍を横抱きにして降りてきた時の陛下付きの侍従達が、どよめいた。
流石にそのままでは、不味いとミカエル様とルカが藍を受け取り、整えた場所に移す。
外の光が藍の顔色を、はっきりと浮き出せば頗る悪い。
シアン国王陛下がルカを呼び、最寄りの薬屋か医師を探す事を検討していたところ
「どうかされましたか?」
と、旅の格好をした少年が馬車から声を掛けてきた。