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竜の傭兵と猫の騎士  作者: たぬぐん
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第十三話 簒奪

 戦闘開始と同時に、抜き放った刀をシューネに向かって構えたシルに対し、シューネもまた腰に帯びた騎士剣を抜き放つ、ことは無かった。

 シューネは手を目の前の虚空へと伸ばす。

 

「来て」


 シューネが呼ぶと、どこからともなく現れた物干し竿くらいの長さの棒がシューネの手に握られていた。

 一見すればただの棒。しかしその異質さが、それがただの棒でない事を物語っていた。


(存在するだけで周囲を威圧する強大なオーラ……! やはりそうか……!)


 棒の放つ威圧感を、シルは先刻体験している。

 そう、放たれているのは、先刻対峙した破竜と同様の威圧感。世界への怒りと、万物への憎悪が込められた怨念の一端が、シューネが握る棒から漏れだしていた。

 この状況から導き出される結論は一つだ。

 

「これが私の竜具」


 最後にシューネが棒を一振りすると、棒の先端から婉曲した刃が出現し、ついにその全貌が明らかになった。

 その禍々しい姿は、まさに農民が芝刈りに用い、魂を刈る死神が携えると言われる大鎌に違いなかった。


「【簒奪の大鎌】だよ」


 シューネが竜具を手にした瞬間、今まで好きに騒いでいた周囲の野次馬が息を合わせたように、しんと静まり返る。

 レイやノルノも例外ではない。この場の誰しもが、竜具の放つ威圧感に、そして竜具を握った瞬間に変質したシューネの雰囲気に気圧されていた。

 約一名を除いて。

 

「——美しいな」


 それは心からの本心だった。

 風になびきながら月明りを反射して輝く白髪。そしてよく手入れが行き届いた艶のある毛並みで覆われている耳と尾。

 何よりこれ程の神秘的な特徴を持つのが、すれ違う誰もが思わず振り返ってしまうであろう絶世の美女であるというのだから、まさに非の打ち所がないとはこの事だろう。

 神々しき美しさを持ちながら大鎌を携えるシューネの姿は、まさに死神の名に相応しかった。


「相変わらず口が上手いね」


「俺は、星の美しさを語る自分に酔っているどこぞのナルシストじゃないんでな。思ったことを口にしただけだよ。綺麗になったな、シューネ」

 

「もう、褒めても負けてあげないよ。その代わり良い事教えてあげる」 


 シューネはシルの賛美に顔色一つ変えはしない。

 少し褒めたくらいで勝ちを譲られても、それはそれで困るのだが、今も想い続けている元恋人に好意をスルーされるのは少々寂しい。

 

「良い事? 俺にとってお前に出会えた以上の良い事なん……って⁉」


 懲りずにシューネへ愛を囁こうとしたシルの言葉を、目にも留まらぬ速さで振るわれた大鎌の一閃が遮った。

 しかし、シルも本気でシューネを口説こうとしていたわけではない。当然完全に油断していたわけではなく、最低限の意識をシューネの動きに向けていた。

 シルの予想通り、シューネは驚異的な瞬発力で地を蹴り、急速にシルとの距離を詰めてきた。急に仕掛けられてしまった事には驚いたが、最も想定していた動きであったため、辛うじて迫りくる大鎌と自身の間に刀を割り込ませる事に成功した。


「危な……!」

 

「無駄だよ」


 安心したのも束の間。間一髪で防がれたと思われたシューネの一撃は、まるでそこに何も無かったかの様にシルの刀を素通りしたのだった。


(なんだ……それ……⁉)


 未知の竜具を前に様々な能力を想定していたが、すり抜ける刃はシルの想定外であった。

 こうなってしまっては、刃が体に届くのをただ待つしかない。一応シルは体を魔力で防御してはいるが、そんな事はシューネも百も承知なはず。

 ほぼ間違いなく無駄な抵抗になると確信を持ちながらも、シルは身に纏う魔力の量を増やした。


(対竜具戦において重要なのは、いかに相手の能力を素早く正確に理解するか。とにかく今は情報の蓄積だ。多少の痛みは我慢するとしよう)


 竜具持ちと戦う時、特に竜具同士の戦いは情報戦だ。

 たった一つの勘違いや、一瞬の能力把握の遅さが死に直結する。

 能力の攻略なんて二の次だ。能力の概要すら把握できなければ、スタートラインにすら立てていない。

 シューネのこれまでの言動と性格から鑑みるに、この一撃で勝負が決まる事は無いだろう。だからシルは、今から味わうであろう痛みを、シューネの竜具の能力を推測する情報収集として割り切った。


「ぐっ……!」


 鮮やかに振るわれた大鎌の軌跡が、シルの身体を真っ二つに両断した。

 それは、間違いなく決着がつく致命傷を与える一撃。


「——無傷……? いや違う……これは……」

 

 しかし、それは大鎌に殺傷能力があった場合の話だ。

 間違い無く刃が通ったシルの体や服には、一つもの傷も見当たらなかった。

 一見無害に見えたシューネの刃であるが、その刃がシルの体を通り抜けた瞬間、シルの全身を不気味な感覚が走り抜けた。

 つい勘違いと切り捨ててしまいたくなる程度の微量な違和感であったが、シルはすぐにその正体に辿り着いた。

 その感覚の正体は、大切な何かを失った喪失感。そしてその失ったものとは、魔力だ。

 

「なるほど、簒奪か……確かにこの能力なら、いずれその刃は俺に届く」

 

 この現象と、竜具が冠する簒奪の名、この要素からシルは瞬時にシューネの竜具の能力を導き出した。

 シルの推理が当たっているなら、確かにシューネにも十分勝ち目があり、シューネの余裕にも納得がいく。

 

「結構最初は見落とす人が多いんだけど、さすが察しがいいね。たぶん正解だと思うけど、一応答え合わせする?」


「竜具で攻撃した対象から魔力を奪う能力だろ? その物騒な鎌の刃は、何も傷付けない代わりにあらゆる物をすり抜け、その瞬間に魔力を奪う。まさに命を刈り取る死神だな」


 魔力は人が生まれながらに持つ権利と言ってもいい。

 生まれ持った魔力が多ければ、それだけ身体に纏える魔力が増え、それは身体能力の上昇を意味する。

 同じ身体能力を持つ人間同士でも、魔力量に大きな差があれば、魔力が多い方が身体能力で圧倒的に上回る事になるのだ。

 減少した量は、シルの保有する魔力の一割にも満たない。

 だが何度も同じように魔力を奪われ続ければ、徐々に両者の魔力量の差は縮まり、ついには逆転する事になるだろう。


(速いうえにすり抜ける攻撃なんて防げるわけないだろうが……! シンプルな能力だが、故に汎用性も高い。これは思ったよりも厄介だな……)


 余裕な態度とは裏腹にシルの胸中は、それほど穏やかではなかった。

 想定していたよりも、シューネの能力がシルの長所を的確に潰し、かつ防ぐ事もまた難しいものだったからだ。


「すごい、大正解。すり抜けも見抜くなんてさすがだね。これで私も気兼ね無く、正々堂々戦えるよ。」

 

「——わざわざ能力を開示してくれるのは、お前が俺の能力を知ってるからか?」

 

 元恋人を前に終始砕けた態度を取っていたシルであったが、シューネの『正々堂々』という言葉を聞き顔色を曇らせた。

 シルが竜具を手に入れたのは、十年前の事だ。その場には幼き日のシューネも同席していたため、シューネはシルの竜具の能力を知っている。

 それに対し、シューネはシルと別れた後に竜具を手に入れた。そのためシルはシューネの竜具の能力を一切知らない。

 自分だけが相手の能力を知っているアドバンテージと、正々堂々と戦う騎士としての矜持を天秤にかけた結果、シューネの天秤は後者に傾いたのだった。


「そうだよ。私は騎士だもん。騎士と言えば、正々堂々でしょ?」


「——随分舐めた真似してくれるじゃない……か‼」


 正々堂々と言いながらも、敵に塩を送るような行為。それは挑発とも取れる行いだ。

 つまりシューネの今の行為を要約するなら『このままだとお前に勝ち目無いから、手の内見せてやるよ。ほら、これなら勝てるかな?』である。

 少なくともシルはそう解釈し、一瞬で足に魔力を集中したシルは、目にも留まらぬ速さで地を蹴った。


「俺はもう、あの頃の甘っちょろい俺じゃないぞ……!」


 湧きあがった怒りを魔力と共に刀に籠め、かつての想い人の頭上へと振り下ろす。

 それは脅しでも警告でも無い。確実に敵を仕留めるため本気で振るった一撃だった。


「おっと」


 決闘を観戦する十数人の騎士達も、果たして何人がシルの動きに反応できただろうか。

 常人が受ければ、反応する間でもなく一瞬で肉塊と化す強烈な攻撃を、シューネは軽いステップで回避した。

 決闘が始まり、終始シューネは余裕の態度を崩さない。実際余裕なのは事実なのだろうが、シューネの行動には、シルに向けたとある感情が見え隠れしていた。

 

「私が舐めてる? 先に侮ってきたのはそっちでしょ? 私だって、もうあの頃の私じゃないんだから」


 シューネが抱いている感情、それはシルへの侮蔑だ。

 そして挑発的なシューネの態度に怒りをあらわにするシル。

 かくして両者の敵意は交わり、お互いに目の前に立っている者を敵と認識した。

 ここに真の決闘が幕を上げたのだった。

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