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第九十六話『僕たちは寝転がる』

 鍵をさして捻り、ドアを倒れ込むようにして開ける。その後ろから千尋さんも勢い良く部屋の中に飛び込んできて、僕たちは揃って部屋の床に寝転がった。


 フローリングの冷たい感触が心地よくて、それだけで体の中にある疲れが少しだけ染み出していくような気がする。遊びの面でもお手伝いの面でも、これだけ派手に動き回ったのは本当に久しぶり――いや、もしかしたら生まれてから初めてかもしれなかった。


 一番遊び盛りになりがちな小学校も、僕は後者の中で色々とやってたことが多かったからなあ……ドッジボールとかサッカーとかは嫌いじゃなかったけど、どっちもボールが回ってこないのがつまらなくてやめた記憶があるし。生まれながらにしてインドアの適性が高い人間だったんだろうと、思い出すたびにそう感じさせられる出来事だ。


「……明日まともに歩けなくなっててもおかしくないな……」


 部屋に着いたことを察して多大な疲れを訴えだす体の節々を想いながら、僕はぼんやりとこぼす。気力と意志でどうにか保っていたのが大きすぎた以上、部屋に着いた途端こうなるのは割と自明の理ではあった。


「そうだね、紡君たくさん動いてたし。……あたしも、今年はかなりはしゃいじゃったなあ……」


 お互いに天井を見上げる格好で、千尋さんはしみじみと零す。この海に慣れている千尋さんでもそれぐらい疲れるぐらいにはしゃいでくれたのが、僕にとっては嬉しいことだった。


「それでも明日もきっと海に行きたいなってなるし、いざ着いたら筋肉痛の事なんて忘れちゃうんだろうけどね。……紡君、明日も一緒に来てくれる?」


「もちろん。千尋さんが連れて行ってくれるなら、僕に断る理由なんてないよ」


 一人で海に向かっても三十分ぐらいで撤退することになるかもしれないけれど、千尋さんがいるのならば話は大きく変わってくる。今僕を揺さぶるのは小説と千尋さんで、千尋さんは僕の小説にとても大きな影響を与えている。……とどのつまり、今の僕の行動原理は大体千尋さんがらみの事でできていると言ってなにも過言じゃない。


 そんな千尋さんと一日中一緒に居られるチャンスがあるって言うんだから、それを活かさない理由なんてないだろう。千尋さんが行きたいといった場所が明日の僕の目的地だ、とっくにそれは決まりきってる。


「勉強会は……できそう?」


「できなさそうかなあ、体力的に。明日できればいいけど、明日も帰るまでたくさん遊んでそうだもんね」


 僕がふと投げかけた問いかけに、千尋さんは軽く舌を出しながら返す。最初からそうなる気はしていたけれど、ここに到着した時点で『勉強会』という建前は完全に必要ないものになったようだ。……まあ、旅行ぐらいそういうのを忘れてはっちゃけたって悪くはないよね。


「あっち帰ったら勉強会の日数増やそうか。時間を増やすのでもいいけど、図書館は閉館時間もあるし」


「そうだね、どっかで取り返す計画立てないと。……うん、日数増やすのが良さげかな?」


 ふと思いついた僕の提案に、千尋さんは穏やかな声で返す。宿題がたくさんあることを思うと気が重くなるけれど、それを終わらせるために千尋さんと会えると思えば安いものだ。たとえ夏が課題と海とでほとんど終わるのだとしても、それを目一杯充実したものにしてやろうじゃないか。


「彼女と会える時間が増えるのは単純に嬉しいからね。……流石に他の人とも遊びたいって思うなら、もう少しぐらい削っても問題はないけど」


「大丈夫だよ、あたしもこの海と勉強会以外予定入ってないし。……まあ、来てるお誘い全部断ったりスルーしたりしてるだけなんだけどね」


「……それ、皆から何か言われたりしないの?」


「最初は『淋しい』とか『返事はしてほしい』って言われてたかな。……だけど、今じゃもう誰もそんなこと言わなくなっちゃった。あたしはそういうタイプで来てくれたら超ラッキーって、それぐらいの存在で認識されてるのかもね」


 さすがに心配になった僕の質問に、千尋さんはどこか寂しそうな答えを返す。なにも言われなくなったことが千尋さんにとっていいのか悪いのかは分からないけれど、その変化は多分千尋さんに何かをもたらしたんだろう。


 だけど、それを無理に質問することはしない。……別に聞かなくてもいいかと、そう思う自分もいた。


「……紡君、もう立てそう?」


「ううん、全く。……だからさ、このまま寝転がってしばらく話さない?」


 体はしばらく動く気はしないけれど、話したい事はたくさん――本当にたくさんある。だからこんな時間も、言葉を交わす時間に変えたかった。


「うん、あたしもそれに賛成。折角のお泊りだし、できる限りゆっくりのんびりしなくちゃね」


 幸いなことに千尋さんもそれに応えてくれて、僕たちは天井を見上げながらのんびりと時間を過ごす。外が完全に暗くなってしまうまで、僕たちの話し声は途切れなかった。

 海辺の夜は更けて、二人にものんびりとした時間が訪れます。その思い出が二人に何をもたらすのか、この夏休みを通じて変わっていく二人をぜひご覧いただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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