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第八十九話『僕は行動で示す』

 普段の千尋さんはどっちかというとかわいらしいって感じで、天真爛漫という言葉がよく似合う女の子だ。もちろんそれがある程度意識的に振る舞われているものであることも知っているけれど、本質は多分そっちなんだと思う。


 そんな風に考えて今日まで生活していたのだけれど、今日この時を以て考えを改めなくてはいけないだろう。……目の前にいる千尋さんの水着姿は、あまりにも綺麗で美しかった。


 透き通るような白い肌に、淡い色遣いのビキニ。腰回りには半透明のパレオが巻き付けられていて、それがまた千尋さんの透明感ある雰囲気をさらにブーストしている。露出度は多くてかなり大胆な恰好ではあるはずなのに、千尋さんから感じられるのはとても上品な雰囲気だった。


「……どうかな、紡君?」


 僕の目の前まで駆け寄ってきた千尋さんは、水着をアピールするかのようにくるりと回る。その最中に真っ白な背中が僕の視界に映し出されて、それがまた僕をのけぞらせた。


 ダメだ、本当の本当に想像を超えすぎている。どんな誉め言葉も今の千尋さんの前では霞んでしまいそうで、満足に形容できる気がしない。身に着けても身につけても語彙力というのは足りない物なのだと、僕は今この瞬間にありありと思い知らされている。


「……紡、君?」

 

 あまりの綺麗さにショートする僕を、千尋さんはどこか心配そうに見つめている。視界の端で亜子さんが『言わんこっちゃない』と言わんばかりに首を振っているのが、なぜかとても遠くで起こっていることのように見えた。


「似合わない、かな……?」


 あまりの綺麗さに言葉を失っていることにも気づかないまま、千尋さんの表情が心配そうに曇る。似合ってないなんてこと絶対にないから心配しなくていいのに、千尋さん自身は少し不安を残しているようだった。


 なんにせよ、千尋さんをこれ以上心配させるわけにはいかないだろう。それがどれだけ千尋さんの綺麗さを形容するのに不十分だと知っていても、何も発さないよりはよっぽどマシだ。


「……ううん、そんなことないよ。すごく綺麗でびっくりしちゃって、言葉を失ってるだけ」


「ほんと……? 大人っぽい水着を選んだのが初めてだったから、ちょっと不安なんだよね……」


「英断だと思うよ。まるで妖精みたいに綺麗というか、妖精も思わずのけぞるぐらいに綺麗って言うか――」


 ああくそ、千尋さんの綺麗さを完全に形容する言葉が見つからない。これまで綺麗な情景も美人なキャラもたくさん描写してきたはずなのに、それが全部実力不足だったことを僕は今リアルタイムで突き付けられている。本当に綺麗なものを見た時、人ってのは今までの価値観をぶっ壊されてしまうものなのだろうか。


「……えと、ちょっと待ってね。うまく表現できない自分が恨めしいんだけど、千尋さんはすごく綺麗で、水着ももうばっちり似合ってて――」


 あたふたと言葉を並べながら、僕は千尋さんの綺麗さに相応しい言葉を必死になって探す。だけどそのどれもがなんか不十分な気がして、ありきたりな言葉しか口にすることが出来なくて。こんな僕にさぞ呆れているのだろうと、千尋さんの方を向き直ると――


「……ふふっ、その反応が見られれば十分かな。普段はたくさん言葉が出てくる紡君が言葉を失っちゃうぐらいなんだってだけで、あたしはもう大満足だよ」


「今のちーちゃんはどんな言葉も追いつかないぐらいに綺麗だからねー……下手に一言で済ませようとしてたらそっちの方が心証悪かったかもだ」


「……そ、そういうものなの?」


「そういうものだよ、言葉なんてどう頑張っても百パーセントの気持ちを伝えられるわけじゃないんだから。だからいろんな言葉とか表情とか態度とか、そういうのを積み重ねてどうにか百パーセントの気持ちを伝えられるように努力するの。ちょうど、今の照屋君みたいにね」


 予想外に好感触な二人のリアクションに呆気にとられる僕に、亜子さんはにっこりと笑って頷く。その言葉はなんだか妙に僕の中にすっと入りこんで、心の中に染みわたっていくようだった。


 言葉では伝わらないこともある。確かに分かっていることだったけど、今までどこか向き合うことを避けてきたようなことな気もする。どうにかして言葉だけで全部を表現しようとして、そうしなければいけないのだと思っていて。――そんなことを考え出したのは、一体いつからだったのだろう。


 感情を表現する方法は、言葉以外にもたくさんある。言葉じゃなきゃいけないなんて道理はなくて、いくつかのものを組み合わせちゃいけないなんて決まりもない。……だからきっと、言葉にできないこの感情は行動にして伝えるべきなんだ。


「……千尋さん、行こ」


 近くにある千尋さんの手を取って、僕は砂浜の端っこの方目指して歩いていく。……千尋さんめがけていくつかの視線が投げかけられているのが、なんだか嫌でたまらなかった。


「……うん、紡君と一緒がいいからね!」


 そのことに気づいているのかいないのか、千尋さんはにっこりと笑って僕の手を握り返す。つないだ手から鼓動が早まっていることに気づかれないか心配だったけれど、それよりも一緒に居られる嬉しさの方が勝ってしまって。


 人気の少ない方にたどり着くまで、僕たちは言葉を交わさなかった。……だけど、僕にとってはそれでも十分だった。……千尋さんもそう感じてくれていたらいいなと、心から思った。

 紡がまた一つ自分の事に気づきながら、海デートは加速していきます! 二人が刻む楽しい思い出、ぜひぜひ皆様も見届けていただければ幸いです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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