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第八十五話『僕は絡まれる』

「おじさんが若い頃はトレンディドラマ全盛期でな、ドラマみてえな恋愛には常々憧れてたってもんだ。んでな、そんなおじさんからの質問なんだが――」


 手に持ったグラスの中身をグイッと飲み干しながら、新谷さんはいっそ痛いぐらいの勢いで肩を組んでくる。食卓の上の料理もなくなり始めた今、雰囲気はすっかり宴会ムードへと切り替わりつつある中で――


「……ちーのこと、どうやって落としたんだ?」


――僕の決めた覚悟が揺らいでしまうぐらいに下世話な質問が、顔を赤くした新谷さんの口から飛び出してきた。


 千尋さんの話だと今から新谷さんたちが経営を手伝っている海の家にお手伝いに行くという話だったはずなのだが、どう見ても新谷さんは酒を飲んでいる。おまけに酔っている。それも思いっきり絡み酒だ。


「ちょっとおじさん、そんなこと聞かれるのは恥ずかしいよ……⁉」


「そうだよお父さん、まだお昼なのにお酒飲んじゃダメ!」


 絡まれている僕を見つめながら、千尋さんと亜子さんはどうにかして新谷さんを止めることが出来ないかと必死に声をかける。だがその言葉も、首をぶんぶんと勢い良く横に振る新谷さんの前ではあっけなく受け流されてしまっていた。


「これが飲まないでいられるかよ、ちーに彼氏ができたんだぜ⁉ 去年からの様子じゃ想像もつきやしねえ大ニュースだ! 亜子、お前もいろいろと聞きたいことがあるんじゃねえのか?」


「確かにあるけど……あるけど、お酒飲みながらこんな形で聞いちゃダメ! もっと仲良くなってから、ちゃんとした姿勢で聞かなくちゃダメだよ!」


「うーん、それでもやっぱり恥ずかしいなあ……」


 少し的を外した亜子さんのフォローに、千尋さんがたははと笑みを浮かべながら軽ーく突っ込みを入れる。千尋さんに彼女が出来たというのは、新谷一家にとってとんでもない大事件らしい。


 ちなみに少し前まで新谷さんの奥さんもこの食卓に居たのだけれど、ちょうどお酒を飲みだしたぐらいのタイミングでお客さんが来てそそくさと席を立ってしまった。……いなくなった瞬間お酒を注ぐスピードが加速していたような気もするし、多分ストッパーは奥さんなのだろう。


「ちーは昔から人見知りでな、一定以上の距離に他人を近づけない子だったんだよ。そんな中で坊ちゃんがどんな風にちーの心を奪ったのか、俺は気になって仕方がねえ!」


「それは私も気になるけど、今はダメ!」


「気にはなるんだ……?」


 酒の勢いで色々と問いかける新谷さん、少しずれたストップをかける亜子さん、そしてそれにおずおずと突っ込む千尋さん。その三人のやり取りを見つめながら、渦中にいる僕はただひたすらに新谷さんに絡まれている。千尋さんが恥ずかしがっている手前全部を赤裸々に話すわけにもいかないし、いかんともしがたい状況がこの短時間で発生してしまっていた。


 酒が入っているというのもあるけれど、新谷さんは本当に賑やかな人だ。それが千尋さんにとっても居心地のいい場所になっているのだと思っていたし、事実そうなんだと思う。……『酒を飲んでるとき以外は』って注釈を、今から何処かに着ける必要があるとは思うけれど。


「本当の娘じゃねえけどな、ちーと亜子のことを俺ぁ本当の姉妹みたいに思ってた! そんな姉ちゃんの心をわしづかみにした男がいるってなりゃあ、酒の力を借りてでも色々と聞きたくなるのが親心ってもんだ!」


「お父さん、それは親心じゃなくて親父心だと思うの……‼」


 ぐわしと肩を掴んで相変わらずしゃべり続ける新谷さんに、娘からのそれはもう辛辣な突っ込みが返ってくる。しかしそれにダメージを受ける様子がないあたり、酒は新谷さんにとって無敵アイテムのようなものなのかもしれない。


「……ごめんね紡君、おじさんいつもよりヒートアップしてるみたいで……」


「僕は大丈夫だよ、別に迷惑してるってわけでもないし。……まあ、質問に答えづらいってのは間違いないけど」


 僕だけならまだしも、千尋さんがいる前で色々と話すのはお互いのダメージがでかそうだしね。もう少し僕が年上だったら一対一で酒を飲むこともできたのかもしれないけれど、それだとそもそも千尋さんとの出会いがないからよくないし。


 それに、こうして絡んできてくれることで僕の肩に入っていた力が少し抜けたような気がしないでもない。それを見越して新谷さんはここまで酔っ払ったのだ……なんてのは、少し新谷さんのことを評価しすぎてるかもしれないけど。


「なあなあ坊ちゃんよ、トレンディ不足のおじさんにときめきをくれよ! 高校生時代にしか味わえないような、それはもう輝いた青春のエピソードを――」


「ねえねえおじさん、それってあたしから答えてもいいやつ?」


 僕たちのテンション感をよそにワイワイと騒ぐ新谷さんに、千尋さんが素ッと手を挙げてそう呼びかける。それに気づいて新谷さんは動きを止めると、期待のこもった視線を無言でそっちへと向けた。


「あのね、紡君は凄くキラキラしてるの。大切な物がちゃんと心の中にあって、そのために全力で行動できる。……それにね、あたしのことを『忘れたくない』って言ってくれた。特別だって、ちゃんと知正面から言ってくれたんだよ」


 その視線に応えて、千尋さんは滔々と馴れ初め――というか、付き合いだす直前に交わした言葉を口に出す。今思い出すと顔から火が出そうなぐらいにきざな言葉だったけれど、それを言ったことに後悔はない。……千尋さんの隣に一生居たいという思いは、日が経つにつれ強くなるばかりだ。


「あたしにとって紡君は特別で、紡君もあたしのことを特別だって思ってくれてる。それが今あたしたちが一緒に居る理由で、ここに連れてきたいって思った理由。……どうおじさん、青春の味はする?」


 にっこりと笑みを浮かべて、千尋さんは新谷さんの質問に完璧な答えを返す。……それを真っ向から受けた新谷さんは、何か本当に衝撃を食らったかのようにのけぞっていて。


「……おっさんには、甘すぎるエピソードだぜ……」


 まるで降参を告げるようにそう言って目を瞑ったのが、なんだかとても面白かった。

 色々と千尋さんの過去は見えてきつつありますが、それでも海編の本質はにぎやかなバカンスです! カップルで行く勉強会――もとい旅行にどんなイベントが待ち受けるのか、次回以降もぜひお楽しみに!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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